サブカル文化で産湯をつかい・その二

 手塚アニメで産湯をつかった最後の世代と推定される私は、やはり手塚治虫先生の作品でアニメと原作の違いを知った。

 私の生息区域では、私の世代の幼少期には子供向け再放送がやたらと流れていた。特に覚えているのは、『トムとジェリー』・『リボンの騎士』・『ジャングル大帝』の三作である。少し後になると藤子不二雄両先生の作品も増えたが、そちらはどちらかというと四歳年下の弟世代が観ていた(まあ、弟に付き合って一緒に観たのだが)。

 そして小学生になった時、現在でも同好の士である少し年上の従兄姉提供で、手塚アニメの原作───つまり漫画家・手塚治虫先生の作品を読む機会を得て、とてつもないカルチャーショックを受けたのである。

 現在でこそ、アニメの世界は広がり、人の暗黒面や物事の不条理さを描いた作品も多いが、当時のアニメはあくまでも子供向けで、当時の大人が「子供に見せるべきではない」と判断した部分やアンハッピーエンドは許されていなかった。だからこそ、『ジャングル大帝』も『海のトリトン』も『ミクロイドS』も、決して幸せなばかりの結末を迎えたわけではないと知り、子供だった私の脳味噌は唐竹割りを喰らい、何故かそのことをすんなりと受け入れた。

 それから機会があるごとに、無限にあるといっていい手塚治虫漫画を読み耽り、アニメや映画では語られないメッセージが、原作には多く含まれていることを知ったのだ。それ以来、アニメと漫画・映画と小説の組み合わせに拘らず、「原作を読まなきゃ始まらない」というスタンスを通している。


 そして現在に話を戻すと、ここ三十年ほど漫画界・アニメ界を牽引して来たのは、週刊ジャンプ作品と言ってもいいと思う。勿論、四大週刊少年漫画雑誌にカウントされる各社も頑張ってはいるが、世代を問わず・男女を問わずに楽しめるエンターテインメント作品となると、圧倒的にジャンプ作品が多いだろう。

 ただ、ジャンプ作品はとにかく話が長い。近年は十巻台・二十巻台で終わる作品も出て来たが、一つジャンプ作品を買い始めると、いつまで買い続けなければならないのか、読み続けなければならないのか、全く予想出来ないほど長いのが普通だった。

 それ故に、とある事件───もとい出来事が勃発したことがある。


 もう何年も前のとある日、会社から指示される予約を受けて、繁華街にあるファミリー・レストランにお客さまを迎えに行った。

 乗って来られたのは四人。三十歳前後の女性が一人と、十代後半から二十歳と少しに見える青少年三人。女性はきちんとしたビジネススーツ着用の方で助手席に座り、ラフなファッションの青少年三人は後部座席へ───その三人が話していた内容が私には楽しくて、ついつい話題に参加してしまったのである。

「つまり、戦隊ものは沢山あるけど、最初のゴレンジャーのアオレンジャーだけ衣装の色が違うんだって」

 おそらく、ファミレスから続いていただろう会話が、私の耳に入って来た。敏感に反応してしまったのは、アオレンジャーを演じていた役者さんは、子供の頃の私のヒーローだった仮面ライダーV3の役者さんと同じ方だったからだ。

「その後の戦隊ものの青の衣装は、ちょっと紫が入っているんだけど、アオレンジャーだけは純粋に青だったんだよ」

 ───と、まあ、熱く語られていたのはそんな話である。他の二人は、「え~、そうかなぁ」という反応だった。

 「確かにそうでしたね」と私が言うと、三人は俄然食い付いてきた。

「ゴレンジャーの時は、絵の具にあるような赤。青・緑・黄色・ピンクでしたが、その後メンバーが増えたり減ったりするうちに、多少変わってきたと思いますよ。それよりも私が気になるのは、アオレンジャーさんが今どうしているのかです」

 この話題の振りは、彼らに話しに乗ってもらう為の引っ掛けで罠である。まだまだ若い二十歳前後の彼らは、まんまとこのおばさんの話題に乗ってくれた。

「え、どういうことですか?」

「私が知る限り、アオレンジャーさんは、以前仮面ライダーV3さんだったんです。その時には、両親と妹を悪の組織に殺され、瀕死の彼は一号・二号という尊敬する先輩方に勝手に改造され、いきなり日本の平和を一人で任されるという重責を負わされたんですよ。多分、それで一人で戦うことが嫌になったのでしょう。次に登場した時には、ゴレンジャーというチームの一員になっていました。そして、個人任務とチーム任務の両方をこなして何かを得たのか、三度目に世界を守る為に現れた時には、快傑ズバットという『ズバっと参上・スバっと快傑・快傑ズバット』が決め文句の吹っ切れたヒーローになっていました。だけど、ヒーロー業でやりきれない何かがあったんでしょうね……次にテレビでお会いした時には、サスペンス劇場の殺人犯だったんですよ」

 青少年、大爆笑。

 勿論、役者さんなのだから、色々な役柄を演じているのが当然なのはお互いに判っている。判っている上での、視聴者側からの脚色を加えた見解だった。

「運転手さんすごい。そういうことに詳しいんですか?」

「詳しいって程では……」

「漫画とかも読んでいます? 僕たち、気になって読んでいる漫画があっても、仕事の関係で最後まで読んでないことがあって、移動が多いから買うのも難しいし───ジャンプとか読んでいますか?」

「好きなのは読んでいますね。訊いていただければ答えますが、ネタバレでもいいんですか?」

 それでもいいとおっしゃるので、話せるだけのことは話した。

 『ヒカルの碁』のラスト。『one-piece』の現在の展開。『NARUTO』の進捗状況。『SLUMDUNK』がどういう終わり方をしたか。

 車内は非常に盛り上がり、助手席の女性は笑いっぱなし。幸いにして、彼らの知りたいことはほぼ答えられた。

 目的地が放送局だったこともあり、到着する頃には、女性はマネージャーで青少年は芸能人ということは察していた。

 彼らは、三十分にも満たない乗車を楽しんでくれて、最後には彼らの決めポーズでお礼を言ってくれ、非常にドライバー冥利につきた。とてつもなく光栄である。


 ───が、どんなに漫画やアニメの話をしてあげられても、場合によっては映画の話と原作の話が出来ても、芸能界にとてつもなく疎い私には、彼らが何というグループなのかとうとう判らないままである。

 得意分野はどんなことでも覚えていても、苦手な分野は覚えられないというのは、私だけではない人の常。彼らが誰か判らなかったのは少し残念だったが、今でも元気でそれぞれに幸せでいて欲しいと思う───およそ¥1800程の道行みちゆきの、これはそんなお話。

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