男女差別のとある形

 それが、どういう形で始まった話だったのかはっきり覚えてはいないが、女性の新人ドライバーが入社して来て、あれこれと仕事のレクチャーをしていた時のことだったと思う。

 一度に沢山の事を教えても、すぐに出来るようになるものでもないので、取り敢えずコレとコレは守ってね。それから、固定給が出る期間に(新人は数ヶ月間の保障給がある)コンサートやイベントが行われる大きな会場に行ってみること、よくお呼びが掛かる大きなホテルに並ぶ方法を見学に行くことを勧め、初の乗務に送り出した(いつもする事ではあるが)。

 すると、それら一連の指導を遠巻きに見ていた同僚のオイチャン達がぞろぞろ寄って来て、突然クレームを言い始めたのである。

「新人には随分優しいやんか」

「俺達には厳しいのに」


 当時の私は、単なる平の乗務員で、私が勝手にネーミングした『牧羊犬組合』の班長でも主任でもない。ただ、『最強のひら』を自認している頃だった。

 『牧羊犬組合』とは、本社と営業所を繋ぐ中間管理職である営業所の所長を含む管理職・2~3名を補佐する、管理職と乗務員(営業ドライバーともいう)の間を繋ぐ乗務員側から選出される学級委員のようなものである。どこの会社に行ってもそうなのだが、現場の社員と雲の上の方々の見解には大きな差異がある為、現場と上を繋ぐ安全弁一号が営業所の所長を含む管理職で、安全弁二号が主任・班長と呼ばれる乗務員だと言えるだろう。

 その主任・班長を敢えて『牧羊犬組合』と称するのには、それなりのイメージがあるからだ。一旦車庫を出れば営業車一台とドライバー一人で、各所でなんだかんだとトラブルを起こす面々の所に駆けつけ、事の収拾に尽力し、迷える子羊のごときオッチャン・ドライバーを追い立てて無事に会社に帰す役割を持つので、ついついそう呼んでしまうのである。


 今でこそ、現在の会社に長居をした為に、徐々に立場を押し上げられて主任を拝命しているが、当時の私はまだ平でしかなかった。その私に、突然何を言い出したのかと思ったら、「俺達にも、もっと優しくしてくれよ」という事だったらしい。

 『何を甘ったれたことを』というのが正直な感想だが、それをそのまま口にすれば角が立つ。なので、こう言ってみた。

「女性に優しくするのは、師匠の教えだから」

 とたんに、言葉にならないプーイングの嵐。だから、更に付け加えてみる。

「私の優しさの在庫にも限りがあるので、優先順位が決まっているの。第一が、大人の保護が必要な子供と動物。次が、御高齢の方と妊婦さん。更にその次が一般の女性なんだよ」

 このラインナップに動物が入って来るのは、私が無類の動物好きということで、ご容赦いただきたい。

 それを聞いて、周囲の男性陣のブーイングは更に大きくなった。曰く、「それは人種差別───いや、男女差別だ」とか、「男にも優しさを!」と、要約するとそんな内容だった。そういうわけで、もう一押し。

「では小父さま方、目を閉じて胸に手を当てて、しっかり想像してください」

 当時、ほぼ同年代の男性はいても、年下の男性同僚は居なかった。それだからこそ言えたことである。そして、決して口にはしないが、言われた通りに胸に手を当てて、目を閉じるあたりが、小父さま達のチャームポイントだったりもするのだ。

「いいですか、奥様でも彼女でもない異性の年下の同僚に、意味もなく優しくされて、ろくなことを考えますか?」

 目を閉じたままの小父さま方が、一斉に首を振る。

「正直で大変よろしいかと思います。だからこそ、成人男子の皆様には、厳しく・厳しく、所により飴を見せつつ、与えることはせずに厳しく接したいと思う次第です」

 おそらく、モヤっとしたものが残ったのだろう。三度目の大ブーイングが起こった。

「では、小父さま方、今後、ご自分を高齢者だと認識された折には、自己申告をお願いいたします。、優しくして差し上げますよ」

 そう言うと、今度は一転して沈黙。そして、各所でぼやきのような呟きが聞こえる。

 総括すると、「それはそれで腑に落ちん」ということらしい。


 まあ、普段から、男の面子や男のプライドなどを語っている面々だけに、『男女差別』を口にする前に考えて頂きたいものである。

 優しくされたい時だけ甘えたいというのは、余りにも都合が良すぎるということを。

 それでも優しくされたいのであれば、私はプロなので有料になっちゃうよ───というお話。

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