草の根国際交流・その三
そんなこんなの過程を経て、この世で最も苦手とする英会話を、多少なりとも補強することが出来た私だった───が、それは余りにも頼りない基礎に、付け焼刃の
けれども、万金に値する貴重な経験を得た。
一:来日された方は、片言英語であっても、話をした方が安心する。
二:アプリによる翻訳は、ほぼ直訳なので意味が読み取りにくいが、それでも全く通じないより役に立つ。
三:コミュニケーションは度胸と勢い。お互いに伝えようという意欲があれば、お互いに片言でも意外と何とかなる。
そんなある種の悟りを開いた私は、その後も果敢に会話(雑談)にチャレンジした。コロナ禍以前の私の生息区域は、一年を通して観光客が多く、国際会議やビジネスマンも多いので、チャンスには事欠かない。
韓国から商談で来られた方は、ホテルから御取引先に招待された料亭まで行くことに困難を覚えていらしたが、行き先を伺うパターンは、英会話を習う前からマスターしていたので問題無し。ただ、料亭の場所まで多少距離があったので、お互いに間が持たない。なので、カナダ人の先生から教わった技を、自分の通常トークと組み合わせて使ってみる。
「W
「
「
ここまで成立すればこちらのもの。私のタブレットには、せっせと世話をしているバラの写真が、山のように記録されている。
大きいバラ、小さいバラ、その色が素晴らしいこと。育てるのが大変なこと。その分、咲いた時が嬉しいこと。バラの名前にはロマンがあるということ。
その私の話に対して、韓国からのお客さまは、自分が観葉植物を育てていることや、家で飼っているペットが可愛くてたまらないことなどを話してくださった。勿論、お互いに片言の英語や、アプリを使いながらの会話である。
そうやって、楽しく話をしている間に、目的地に着くことが出来た。
他にも各国の方々と、映画の話や、世界に誇る日本のアニメの話、我が街のグルメであればどんなものを食べたら土産話になるかなど、楽しくも他愛のない話を沢山することが出来た。
そしてまた、別の所でも役に立ったりしたのである。
疲れやストレスが溜まると、私はすぐに食欲不振に陥る。摂食障害の一種ではあるのだが、食欲はあるが食べる事に罪悪感がある拒食ではなく、お腹が減ったという感覚すらなくなる
そんな私をいつも救ってくれるのが、唯一焼酎のボトルを入れている店で、家から徒歩圏にある一人で入れる居酒屋だった。そこの大将は、和食の店と寿司屋で修行した料理人で、いつも私の食欲の活性化を助けてくれる店なのだ。
ある夜、自分でもどうしようもなく疲れが溜まり、何を食べても美味しいとは感じなくなった時に、いつものようにその店を訪れた。
連れが居る時はともかく、一人の時は常にカウンターに座る。そして、オーダーを済ませ、唯一の料理人である大将がせっせと調理に励んでいるのをのんびり待っていたのだが───どうもいつもと違う緊張感が漂っている。小さなお店ながら、お客さんが多いのはいつものことだが───お通しをアテにちびりちびりとやりながら、何があったのかと様子をみていたら、私の真後ろのテーブル席に座っているカップルさんがどうも東洋系海外の人で、彼らもまた困っているように見えた。
政令指定都市とはいえ、繁華街から離れた端っこの方は、普通の住宅街&田舎町である。繁華街や歓楽街のお店のように、外国語に対応したスタッフが居る筈もない。
「大将、もしかして困ってる?」
「困ってます」
カウンター故の距離の近さと、馴染み客の気安さで訊くと、余裕のない表情で大将が答える。ここは一肌脱がねばなるまい。いつも、私の胃袋と体調を救ってくれる店なのだ。
「
と、取り敢えずやってみた。
すると、「Yes」の返事と共に非常に友好的に招かれたので、自分の飲み物を持ってテーブル席に移り、片言英語とアプリを使って訊くと、注文をしたい物がある&これまでに注文したものが全部来たのかどうか判らない───ということだった。
男性の方が、「これを注文したい」と指差すメニューには、二通りの味付けがあった。先程から注文しようとしていたのは聞いていたので、味の説明が出来なくて注文が通らなかったのだと理解する。
「
「
「大将、オーダー。手羽先を照り焼きで」
と、テーブル席から通るように言うと、「了解、手羽一丁!」といつもの威勢のいい返事。カップルさん、拍手をありがとう。
厳密には、照り焼き味と醤油味は違うのだが、
「大将、杏仁豆腐が来てないって」
「すみません、終わりました」
料理でてんてこ舞いの大将はカップルさんに説明している暇がなく、新人アルバイトさんは気が利かなかったということだろう。
「
敢えて、繰り返し述べておきたい。私の英会話は、単語や熟語、文法的には決して正しくない。ただ、自分の知っているフレーズや単語で、相手に意味が伝わるようにしているだけなのである。
食事をしながらの雑談によると、カップルさんは台湾からのお客さんで、色々アジアの国を回りながら、街中ではない所も探検しているとのことだった。成程、それでこんなところにまで……。
乗り掛かった舟だった為、会計を済ませるところまで付き合い、自分達で帰れるということなので、「
一連の出来事は、いつもお世話になっている大将への御礼だったのだが、御礼の御礼に私が大好きな大将の料理を一品、御馳走になった───という円満なオチ。
ここまで語ると、私の英会話がすっごく上達したように聞こえると思うが、決してそんなことはなく、度胸が付いただけなのだ。特に、ヒアリングとなると、会話の数倍は怪しい。
それなのに、こんな事もあったのである。
とあるビジネスホテルに予約でお迎えに行った時、私より先に別件で来ている同じ会社のタクシーがいた。車を停めて雑談をしながら待っていると、先に来ていたタクシーのお客さまが出て来られた。若いお母さんと幼稚園ぐらいの娘さんの二人組である。
別営業所の顔も知らなかった同僚が、お客さま方のスーツケースをトランクに乗せている間、動き回るお子さんを構いながら、お母さんと話をしたのだ。
「
そう訊いたのは、娘さんの小さなスーツケースが『アナと雪の女王』だったからである。
とたんに、お母さんは怒涛のように話して来た。
「そうなんですけど、行ったらこの子が興奮して、走り回って、はしゃいではしゃいで───
と言って、もたれ掛かって来たので、それは大変だったでしょうと労りを籠めて、軽く二回背中を叩いた。
お察しの通り、最後の一節以外は全く聞き取れてはいなかったのだが、ほぼ誤解無く伝わることもあるから不思議だ。
ともあれ、英語のテストも英検も無理で、TOEICなんてとんでもないという私でも、案外コミュニケーションだけは何とかなるものだ───というお話。
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