とあるキノコの山
それは、私が現在の職場に就職して、一年と少し経った頃の話である。
当時所属していた営業所で、私を『嬢ちゃん』と呼ぶ大先輩方が多々いた。本当に嬢ちゃんだった頃にも、そう呼ばれた事が無い私は大いに戸惑ったが、見回してみれば、私が『嬢ちゃん』に見えても仕方がない年代の方ばかりで、しかも女性が圧倒的に少ない職種の為、渋々ながらもその呼び名を甘受していた。
その頃、私の勤務体制は、二十四時間働いて+明けの日が二十四時間でワンセット×四。五回目が公休日で、この同じワンセットが休みになるという、隔日勤務というシフトに従事していた(因みに現在は労基が厳しくなり、二十四時間というのは認められていない)。
この場合、朝の七時に出動すれば、翌朝の七時に帰庫するというのが普通であるが、多少他の人と時間をずらす人もいる。タクシー業界アルアルなのだが、活動時間帯が違う同僚とは、全く会う事がなかったりもするのだ。何年勤めていても、全く会った事が無い人が居る───というのは、かなり不思議な感覚だった。
その頃の私は、会社の支援を得て、ヘルパーの資格を取得する為の講習を週一で受けていた為、前日はいつもより早く戻って来て、そのまま講習に出ることがあった。
そして、いつもより早く終業すると、普段は会わないメンバーに会うことになる。
性別も含めて、自分が異質な存在であることを自覚していた私は、それなりに広い乗務員室の中で、四人でわいわいやっているおいちゃん達とは離れた対角線上にあるテーブルで、楽しく会話しているおいちゃん達の邪魔をしないように、大人しく集計作業を行っていた。
それでも、まだ帰庫していないメンバーがほとんどの状況で、おいちゃん達の話は否応なく聞こえて来る。
何の話しで盛り上がっているのかと思えば、キノコ自慢の話だった。それが何のキノコであるかは、お察しいただきたい。少なくとも、実際にキノコの名前を連呼していたのは本当だ。
俺のマツタケは凄いぞ。いやいや俺のマツタケの方が凄いぞ───とまあ、そんな話である。
椅子に座っている二人がマツタケ自慢をしていて、側に立っている二人がそれを煽っている状態だ。
お前のどこが凄いんだ?
俺は傘が凄いんだ。お前はどうなんだよ。
俺のは幹が凄いんだ。
───と、そんな会話である。
正直なところ、本当に他愛もない話でもあり、耳に入っても(小学生かい?)と思っただけで、私は聞いても聞かぬ振りをしていた。
すると、立ったまま煽っていたおいちゃんの一人が、ふと私の事を思い出したらしく、「嬢ちゃんがいるところでする話じゃない」と言い出したのだ。楽し気に語っていたおいちゃん二人も、囃していたもう一人のおいちゃんも、四人全員の視線が私に集中する。
この会話を聞かれるのはOKなのかNGなのか───セクハラの境界線がよく分からない世代のおいちゃん達は、明らかに私の反応を待っていた。私個人としては、全くセクハラだとは思っていなかったが、西日本の血を引く者として、この絶好のシチュエーションでノーリアクションはあり得ない。
「……『へぇ、先輩のマツタケってそんなに凄いんですか?』と話しに乗っかって、パッケージを開けたらブナシメジだった場合、誰か責任を取ってくれるんですか?」
と、普通の口調で聞く。自慢話をしていたおいちゃん二人が、「うっ!」と同時に胸を押さえ、口々に「ほら、こういうことは自己申告制だから」とごにょごにょ。なので、少しだけ声の圧を高めてもう一言。
「そう……自己申告制なんですよね。だから、もしもっ! それがブナシメジですらなく、エノキダケだったらっ!! 品質表示法違反じゃないんですかっ?!」
ゴン───と、音を立てて机に突っ伏す二人。おいちゃんズは見かけよりデリケートなのだ。最初に私に話を振ったおいちゃんが、やれやれとばかりに首を振り───「嬢ちゃんがそんなことを言ったらイカン」と宣った。
けれど、その場にいた全員が同じだと思うのだが、ノリツッコミをせずにはいられない西日本の血脈に、ツッコミ所満載の話題を振った方も悪いのではないだろうか?
結局、講習を受ける為に急いでいた私は、傷心のおいちゃんズを置き去りにして帰宅。シャワーを浴びて着替え、そのまま八時間の講習を受けに行き、再度帰宅後、年下のルームメイトであるハナちゃんに一連の話を披露した。するとハナちゃんは───
「ねーさん、罪もないおいちゃん達をイジメちゃダメだよ」
「だって、この展開に乗っかったら、この返しでしょう? ちゃんと手加減したよ。武士の情けで『ホシシイタケ』とは言わなかったんだから」
全く───どこ藩の武士の情けなんだろう?
「ねーさん、ソレ言ったら致命傷っ!」と笑い続けるハナちゃんも、結構ムゴイ。
本来ならば、『ああ、今日もよく働いた。帰って一杯やるかぁ』の少し前のリラックスタイム───になる筈だった時間のお話。
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