転生勇者志願者
こうして文章を書いている私は、活字中毒者である。
いつからかと訊かれても困るが、小学校に上がる前から家にある本を片端から読んでいたし、小学生になった時には『図書室』なる宝部屋に感動を覚えた程だ。読む物の種類は、人生の時々でマイ・ブームがあるが、何も手元に無ければ新聞でもカタログでも約款でも読む。今のところ、読んでいて退屈なのは、法令関係と人生の指南書的な物だろうか。それだったらむしろ、広辞苑や歳時記の方が面白いと思ってしまう。
ついでに、漫画やアニメが大好きな世代でもある。
手塚漫画&アニメで産湯を使い、思春期に松本零士アニメやファースト・ガンダムが世間を賑わせ、やがて週刊ジャンプが大ブレイクを果たし、スタジオ・ジブリが……などと言えば、世代がバレるというものだろう。
そういうわけで、お客さまと漫画やアニメの話になる事も多い。
深夜に、繁華街辺りから乗車して来られた若い男性三人組の方とも、おそらくそんな話をしていたのだと思う。
すると、その中の一人が突然主張したのだ。
「運転手さん、聞いてくださいよ。オレは本気なんです!」
言うと同時に、残りの二人がどっと沸く。「さっきの話だな」・「聞いて貰え、聞いて貰え」ってな感じだ。
「はい、聞きますよ。何に本気なんですか?」
「オレは本気で、異世界に転生して勇者になりたいんですっ!!」
ふむふむ───作品紹介文を読んでも好みではないので、まるで手を付けてはいないが、『転生したらほにゃららだった』系なのだろう。このところ、本屋で平積みになっている本には、異世界・転生・チートなどの単語が踊っている。あとは、最強とか無双とかだろうか? ゲーマー系アニオタ類の弟がその手の話をしに来るので(他にその手の話ができる手近な人がいないらしい)、最低限の基礎知識と用語ぐらいは知っていた。
お客さまが酔っているのは大前提として───そうか、本気なのか……。それでは、年長者としての意見を述べよう。若者が大志を抱くのは、決して悪いことではない。『異世界』の部分に、多少の現実逃避の臭いを感じるのだとしても。
「本気なんですね?」
「本気です!」
「では、是非頑張ってなりましょう、勇者」
「え……?」
半分ノリと冗談、半分本気で、この手の話題を投げかけた人は、私のこういう返答に面食らう。もしくは絶句する。
おそらく、逆に私が逆の反応をすることを期待しての振りだろうが、オバサンを舐めてはいけない。ついでに、このオバサンは結構本気なのだ。
「異世界転生に関しては経験がないし、経験した人の話を聞いた事もないので、何のアドバイスも出来ませんが、勇者になりたいのであれば、転生しなくてもなれますよ」
「えっと……オレは……」
言い淀んだ勇者志願者の言葉を、友人二人が遮る。
「おお、良かったな。勇者になれるんだってよ」
「なっちまえよ、勇者」
「付け加えさせていただけるなら、私はガーディアンを継承しています。スキルはボディ・メカニックス。ユニークスキルは脳内図書館。簡単なものであれば、魔法も使えますよ」
「すげぇ、本当に?」
「本当ですよ。お客さんの想像しているものとは、少し違うかもしれませんが」
『魔法を使える』は、本当の事であり・本当の事ではない。解説すると長くなるので、ここでは割愛しよう。ちなみにこの場面でも、『思考誘導』という魔法を少しだけ使っている。
「けれど、勇者とは、また難しいものを選びましたね」
「やっぱり難しいですか?」
と、志願者。
「勇者は自ら戦うし、魔法も使いますよね? けれど、パーティーの中には、戦士・剣士・魔法使い・僧侶等々、戦闘のスペシャリストも魔法のスペシャリストも居るのが普通だと思います。では勇者は、彼らとどこが違うから勇者と呼ばれるのでしょうか?」
さあ、考えたことはあるかい?───と、ちょっと意地悪なオバサンは思う。
「それは、勇者は───勇者だから?」
「正解。そして不正解。お客さんには、この年配のガーディアンから課題を一つ差し上げましょう。『勇者は、他のパーティー・メンバーと何が違うから勇者なのか?』。それを考えることが、お客さんの勇者への道の第一歩です。是非是非、諦めることなく頑張ってください」
と、話を締めたところで、目的地に到着した。都合よく───ではなく、あらかじめ訊いていた目的地に着くまでに話を締めるのは、私の一〇八個の特技の一つである。
サラリーマンらしき若い三人組は、半ば盛り上がり、半ば困惑して降りて行った。
勇者への道は険しく厳しいものだろうが、本気でそうなりたいのであれば、本当に頑張って欲しい。この世界にも、勇者を必要としている人々は沢山いるのだから。
オバサンの気持ちを伝えるには少し足りなかった、およそ¥1700程の移動時のお話。
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