673日目(残り57日)「感情が大事だったのよ!」

「感情が大事だったのよ!」


紗奈はベッドに立ち上がり、天井を見上げて唐突にそう言った。

僕は椅子を回転させて振り返る。

「どうした?」


紗奈が唐突なのはいつもだけど。

紗奈はふっふっふと不敵な笑みで笑う。


紗奈が楽しそうでなによりだ。

「颯太、颯太」

その紗奈が嬉しそうに僕を呼ぶ。


はいはいと紗奈を真似てベッドの上に立つ。

すると紗奈は嬉しそうにえいっと僕にしがみ付く。


「エモーショナル、要するにエモいということがとても重要なのよ。

つまり感情。

感情を揺り動かすからこそ、その作品が面白いとなるの」


「なるほど、なるほど。

テンプレは寝取り、ハーレム、浮気、ザマァ、転生最強ヤッタァ、どれも分かりやすく感情を動かすわけだね」


「そうなのよ、現代のネット社会は文体とか世界観とかではなく、分かりやすい即効性を求めるの。

頭では分かっているつもりだったけど、改めて言葉にして2年越しでようやく開眼したわ」


キラキラした目で紗奈は実に魅力的だ。

僕はそのまま押し倒したい衝動に駆られながらもグッと我慢する。


「例えば私たちが673日目にしてようやくもきゅもきゅした場合、とても感情が揺さぶられるはずなのよ。

ついにやりやがった!って。

テンプレはわかりやすくそれだけを狙ってくるの。

だからこそ小説に慣れた人は違和感を感じやすい。

だって読み方が違うもの」


紗奈の顔がだんだん近づいてくる。

口を奪って良いのだろうかと思いつつ僕は話を続ける。


「なるほど……。

以前、誰かがエッセイで言ってたね。

多くの人は分かりやすく感情を求めていると。

SNSなどでも映えというものは瞬間的な感情を揺さぶるかどうかだ。

だとするとそれこそ書き方が全く違うね」


吐息が掛かるほどに、紗奈はさらに顔を近付ける。


「さらに例えば、私たちが夫婦でもカップルでもないただの幼馴染でこんなに顔を近づけていたら、感情を揺さぶるちょっとドキドキなシーンになるのよ。

……今度、ゴキュゴキュで書いてみよう。


でも私たちはもう夫婦だから、その感情では足りないのよ」

散々もきゅもきゅしたから、むしろ今ここまで近付いてもきゅもきゅしてない方がおかしい気すらする。


「まさに日常系小説で目指すべきところがここにあったのよ。

1話ごとに感情を揺さぶるの。

例えば……

颯太、舌を出して?」


言われるがままに舌を出す。

紗奈の喉が緊張で動くのが見える。

何をする気なんだ?


紗奈もゆっくりとその綺麗で美味しそうな紗奈の舌を出して。

僕の舌にゆっくりと……くっ付ける。


くっ付けたまま紗奈は赤い顔で僕を上目遣いで見つめる。


それから触れ合った舌を動かして紗奈は自分の舌で僕の舌をじっとりと舐め上げる。


これをなんと言って良いか、僕の頭は沸騰して言葉を見出せない。

人によってはこの感触はおぞましさを感じるだろう。

だけど僕には……僕らには耐え難い快感で、美味だった。


そのままゆるりと紗奈は舌を離し、赤い顔で下を向く。

僕は自分の顔を押さえる。


「……これは、危険ね」

「エロ方向に感情を揺さぶるとか……」


なんてことを。

紗奈はエロ方向を書きたくないんじゃなかったのか?

これは普通の小説では書けないだろ!?


「……もう何というか、ダメね。

スイッチが入ったから、ちゃんとした検証はまた今度」

モジモジしながら、紗奈はスイッチが入ったと言う。


それはつまり……、そういうことだ。

「……頂きます」

「……うん」

僕はそれに誘導されるように紗奈の腰に手を回し、口を重ねる。

もきゅもきゅもきゅもきゅ……。

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