春の鯉

あれは初めての子どもを

お腹に宿した時


悪阻つわりが酷くて

何も食べられなくなったわたしを

心配した両親が

川魚料理の店へと連れて行ってくれた


店のそばには小さな川が流れていて

入口の横には小さな生け簀いけす

暫くして出されたのは

鯉こくに鯉の洗い


あれほど何にも食欲が湧かなかったのに

不思議と鯉こくの味噌の香りに

惹き寄せられてひと口、ふた口

鯉の洗いの清らかな舌触りに箸がすすむ


ホッとしたように両親が顔を見合わせて笑う

『鯉は特に妊婦さんには滋養になるからね』

窓からの微風そよかぜが気持ちよかった

桜の蕾がほころぶ、いつかの春



あの時、お腹にいた息子が

もう大人になって、わたしに笑いかける

「お母さん、今度、鯉料理を食べに行こう」

そうだねぇ、また行きたいね


あの店はまだあるだろうか

小さな川がそばにあって

入口の横には生け簀いけす

そういえば手作りの柚子胡椒が美味しくて


わたしに力をくれた春の鯉を想い出す

桜の花びらのひとひらにも似た



いつかの懐かしい春を想い出す

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