女王陛下のソウウツ

スリムあおみち

第1話

「一本鞭を買ってきて下さいな♥️」

私の鬱仲間の女王様の凜さんに、ロンドン土産に何がいいかと訊いたらこんな答えが返ってきた。


凜さんはSMの女王様。ボンデージファッションにサラサラの黒髪が素敵な長身の美女だが慢性的な躁うつ病に悩まされていた。


私も持病が双極性障害Ⅱ型なのでなんとなくお友達。女王様というと高飛車な怖い人という先入観を持たれがちだが実際に会ってみると「こんな優しくて気遣いのある美女が存在するのか!」と感動する。


ただ、「一本鞭って英語でなんていうんですか?」と訊いたらそそくさと友達に電話で問い合わせ、「ロングウイップで通じるそうです」と照れ臭そうに答えていたのが妙に可愛かった。


さて。ロンドンに来たのは初めてだがロングウイップなるものをどこで売っているのか分からない。ソーホーにアダルトグッズ店がいくつかあるので簡単に見つかるだろうと思っていたが、なかなか見つからない。


「そういえば凜さんはオーダーメイドらしき高価そうな鞭をいつもバッグの中に入れて持ち歩いていたけど、どうして素人の目利きも出来ない私にお使いを頼んだのだろう?」


そんな疑問はあったものの私は一本鞭を探した。彼女には猟奇趣味があり、ロンドン土産の第一志望は実は「白人少年の死体」だった。


冗談でなくわりと本気でお願いされたところを「キャリーバッグに入らないから駄目です、無理です」と説得して引き出した妥協案が一本鞭だったのだ。


しかし、私はその時彼女の思惑にまだ気付いてはいなかった。


地下にある店舗で明らかに違うブツを黒人の大男に売り付けられそうになり怒鳴り合いになったり、店員が全員ルーマニア人で英語すらよく通じない店で意志疎通に四苦八苦したり、気が付いたらゲイのハッテンバに迷い込み小柄なおじさんにナンパされたりしたが、一本鞭はアンサマーズというわりと有名な店にあった。


しかし有名店とはいえ高級店ではなく、凜さんが持ち歩いていた鞭に比肩するような立派なものはなかった。


「これで凜さん喜んでくれるかな......」


既に私は凜さんの手のひらで動いていた。女性はシチュエーションに凝るのか、「男に買ってこさせた鞭でその男を鞭うつ」という大変アダルトな世界を凜さんは思い描いていたらしい。


「ホントに買ってきてくれたんだ、デートしよ、デート!」

日本に帰ってきて凜さんに会った時彼女ははしゃいでいた。

こんな美人にデートに誘われるなんてこれまでの人生で無かった。しかし凜さんの場合鞭打つだけでは済まず、医療用針でグサグサ刺さすのが定番。本人が言ってたのだから間違いない。


「すみません、用事がありますのでこれで」

私は逃げた。


凜さんは猟奇趣味で妥協出来なかったからか独身で特に彼氏がいたとも聞いたことがない。ゆえにいつも寂しそうにしていたが、そう言えばジョン・ウエイン・ゲイシーなど殺人鬼情報に異様に詳しかった。


凜さんというのはもちろん仮名だが、彼女がモデルになった映画のキャラクターがあるレベルの有名人。この場を借りて「勉強になりました」とお礼を言っておく。

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女王陛下のソウウツ スリムあおみち @billyt3317

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