恋人と同じ値段の高級メロンを貪り喰らう
朝霧
血液混じりの飴玉の味≒恋
恋人はクローンだった。
単価はたったの十五万円、しかも龍を殺すための兵器を起動させるために作られた消耗品。
真っ青な大男にぶん殴られて絶命した小さな龍の死体に腰掛けて、笑いながら彼奴はそう言った。
もうすぐ死ぬのだという、あと一ヶ月も経たないうちに、兵器を動かす動力源として肉のカケラどころか髪の毛一本残さず消費されるのだという。
常日頃から囁かれていた『忘れないでね』と『憶えていてね』という何気ない言葉がとんでもない呪いの言葉であると気付いたのはその時だ。
なんという傷を残してくれたものだと気が狂いそうになった、知られたからにはもう二度と会えないという別れの言葉よりも、常日頃から掛けられていたその呪いの方がよほど酷いものだと思う程度には。
その日、小さな迷子の少女と出会った。
公園のベンチで突如クビを切られたリーマンのような格好で俯いている時に、その小さな泣き声が聞こえてきた。
顔を上げて真っ先に後悔したのは、小さく泣きじゃくるその少女とバッチリ目があってしまったからだ。
年齢はおそらく五歳くらいだろうか? 真っ青な薔薇の髪飾りをしたその小さな女の子は私の顔を見てボロボロと涙を零す。
ふざけんなよ、泣きたいのはこっちも同じだっての。
そんなことを思った直後に右目から一粒の涙が、つられてしまったのか抑えが効かなくなったのかあるいは両方か。
気がついたら両目から涙が溢れて止まらなくなっていた、声だけは必死で殺して、顔を両手で覆った。
「おねえさん。だいじょうぶ?」
いつの間にか泣き止んでいた少女が私の頭をぽんぽんと撫でていた。
「あー……泣いた」
二十分ほどでようやく涙が引っ込んだ、迷子らしき少女は私の隣にちょこんと座っている。
「悪いねえお嬢ちゃん。おねーさんちょっと前に大事な人からとんでもない裏切りを受けて傷心状態でね」
「……?」
「あー……すきなひとにいやなことされてこころがいたいいたいなかんじだったの、おけー?」
「おけー……」
子供にもわかりやすい言葉で伝えたら、少女はこくりと一回だけ首を縦に振った。
「お嬢ちゃんは迷子かな?」
「うん……」
少女は小さく頷いた、その後話を詳しく聞いてみると、どうも友達の家に遊びに行った帰りに迷ってしまったらしい。
この公園には時々遊びに来たことがあるけれど、ここから家への帰り道はわからないそうだ。
「それは困ったね。おうちかおうちの人の電話の電話番号とか、住所とかってわかる?」
少女は首を横にふるふると振った。
まあ確かに覚えていなくてもおかしくはない年頃だろう。
「うーん……お巡りに頼るのが無難、かなあ……それかおうちの人が探しに来るのを待つか……」
交番に届けてあげるのが一番無難なんだろうけど、交番に連れて行くところでこの少女の保護者にでも行き合って誘拐犯にでも仕立て上げられたら面倒だ。
簡単に誘拐犯に仕立て上げられるような容姿はしていないつもりではあるけど、世の中にはおかしな人がたくさんいるのである。
本当は放置したい、けど私が放置してこの少女が本物の変質者にでもちょめちょめされたら一大事だ。
うーん、こういう時ってどうすりゃいいんだろ、110番かけるのは大袈裟な気がするしなあ。
と、思ってそういえばと端末を取り出した。
「何番だったっけな……」
通報 するまでもない、と検索したらすぐに出てきた。
「しゃーぷの9110、か……お嬢ちゃん、今からお巡りに電話するけど、おけー?」
「……お、おまわりさん?」
少女の眦からじわりと涙が、何故に。
「なんで泣くのさ。大丈夫だよ、私じゃあお嬢ちゃんのおうちわからないし探し方もわからないから、それができる人を呼ぶだけ。お嬢ちゃんも早くおうちに帰りたいでしょう」
「…………わかった」
「おっしゃ」
端末を操作して例の番号繋ぐ。
「もしもし、すみません、迷子の女の子を保護したのですが……」
現在地である公園の名前を伝えると、すぐに来てくれるとのことだった。
「はい、よろしくお願いいたします……すぐきてくれるってさ、よかったね」
通話を切って少女に笑いかけると、少女はぎこちない笑顔を浮かべた。
それから数分後にお巡りの人がやってきたので、少女を引き渡した。
「それでは私はこれから用事があるので、失礼します。……お嬢ちゃん、早くおうちに帰れるといいね」
そう言って手を振ると、少女は控えめに手を振り返してくれた。
用事があるというのは全くの嘘だった、それでもこれ以上関わるのは少しだけ面倒だったので足早に立ち去ってしまった。
本当は用事があるはずだった、ここ一週間の中では一番大事になりそうな予定が一件だけ入っていた。
だけど反故にされたので予定は消えた、どうしてくれようか彼奴め。
「あーあ」
家に帰る気も起きなくて、それでもどこにも行きたくなくてただ彷徨うように町を歩く。
つまらない、こころがからっぽ、なんにもない。
しねばいいのに、しねばいいのに、しねばいいのに。
歩きながらそう呟きそうになって、慌てて口の中に大きな飴玉を放り込んだ。
ごろごろとザラメ塗れのそれを口の中で転がして、また泣きそうになった。
しねばいいのにもなにも、もうすぐしぬというから痛いんじゃないか。
最後の顔を思い出す、悲しそうだった、痛そうだった、苦しそうだった。
それでも歓喜が見え隠れしていた、その目の奥にはどうしようもない喜びの色がこびりついていた。
口の中でばきりと凄まじい音が、ほとんど無意識に口の中に放り込んだばかりの飴玉を噛み砕いていた。
砕けた飴玉の欠片が舌にでも突き刺さったのか、甘さの中に鉄の味が混ざる。
きもちわるい。
血の味のする唾液ごと砂糖の塊を衝動的に地に吐き捨てそうになったが寸前でなんとか思い留まる、流石にマナーが悪すぎる。
代わりに砕けた飴玉をさらに噛み砕いて、鉄の味が増した唾液とともに飲み込んだ。
これからどうしようかと自分で自分に問いかける。
当然、答えは決まっている。
復讐だ、報復だ、制裁だ、完膚なきまでに叩き潰して生き地獄を見せてやる。
口の中に広がっていた砂糖の甘さは、いつの間にか鉄の味に押し負けていた。
復讐のためになにをすれば良いのか考える。
終わりのシーンは決まっている、彼奴にどんな絶望を吐き出させるのかも今の案でほぼ決定案だ。
だけど、そこに至るまでの道筋が完全に不透明だった、霧がかかっているどころか真っ黒に塗り潰されているような状態だ。
どうすればいいと考える、そもそも現状では彼奴に接触すること自体が難しい。
考える、考える、空っぽの脳味噌で正しい結末に至るための方法を考える。
結論は出てこなかった、仮定すら導き出せなかった。
空っぽの頭では出せる答えもない、そもそも何も持っていないこの身でできることなんてなにもない。
なんにも、ない。
頭もない、力もない、金もない、権力もない。
掴んでいたはずのあの掌だけがあれば十分だった、空っぽの私にはたったあれだけで十分だったのに。
夕方まで町を彷徨って、帰路に立つ。
もうすぐ手持ちがなくなるので、駅のATMに立ち寄った。
記帳はせずに必要な分だけお金を引き出すだけのはずだった。
だけど引き出した時に画面に表示された残高の桁が何やらおかしいので、記帳してみることにした。
高卒の上に就活に失敗したフリーターな私の貯蓄額は基本的には六桁だ。
だけど先程画面に表示されていた桁はいつもよりも三つほど多かったような……?
通帳をATMに飲み込ませる、しばらく記帳していなかったので少し時間をおいてホカホカになった通帳が吐き出された。
記載された通帳のページを見た。
謎の口座から三億円が振り込まれていた。
頭に血が上った、もう少しで理性がブチ切れるところだった、思わず怒号をあげそうになった。
誰が私の口座に三億をぶち込んだのか正確なことはわからない、候補は二つほどあるけどどちらであるのかは現状では判断しきれない。
だけど『何故』であるのかその理由だけは理解できた。
口止め込みの手切金に決まっているのである、ふざけているのかぶっ殺してやる。
その後二十万円をおろしてデパ地下に直行し、ひと玉十五万のメロンを購入して今度こそ帰路に着いた。
自宅であるボロいアパートに無言で帰宅し、手洗いうがいをした後台所に直行し、まな板の上にメロン(十五万円(税抜き価格))を置いた。
棚からそろそろ砥がないとまずいくらい切れ味の悪い包丁を取り出して両手で握り、メロン(十五万円(税抜き価格))に向かって勢いよく振り下ろした。
彼奴の頭を真っ二つに叩き切るような気概で、全力で包丁を振った。
一刀両断するつもりだったが、刃はメロン(十五万円(税抜き価格))のちょうど真ん中あたりで止まっていた。
仕方がないのでメロン(十五万円(税抜き価格))ごと包丁を持ち上げ、まな板に勢いよく叩きつける。
結構な音が響いてしまったがもうどうでもいい。
メロン(十五万円(税抜き価格))は今度こそ真っ二つに割れた。
甘い香りがあたり一面に漂った。
タネを適当にくり出して片方はラップをして冷蔵庫にぶち込んだ、もう片方は適当な皿の上に盛った、というか置いた。
箸入れからデカめのスプーンを引っ掴み、皿を抱えて食事用のテーブルまで移動する。
割れない程度に乱暴に皿をテーブルの上に置いて、椅子に座ってメロンの果肉をスプーンでぐわりと削り取る。
削り取った数千円相当のそれを口の中へ。
しばらく咀嚼、飲み込んで一言。
「あまい」
高いものには理由があるのだという納得のお味、こんな状況でなければ馬鹿笑いしながら踊り狂ってる程度の甘さ。
流石十五万円(税抜き価格)。
果物の癖に彼奴と同じ値段の高級品なのだから、当然のように美味しい。
スプーンで一口目よりもさらに多めにメロンを削って口の中に押し込んで、ふと顔を上げた。
「随分と甘そうな夕ご飯だねぇ」
いつの間にか自分の正面に見知った顔の男が座っていた、なんか知らんがニコニコ笑っていた。
それの存在を完全に認識するまで三秒ほど時間がかかった。
幻覚である可能性を考慮したのはその2秒後まで。
いやこれ本物だと確信したその瞬間に私の口の中いっぱいに詰められていたメロン(グラム単位で割ったら多分数千円相当)がその男目掛けて発射された。
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