遠回りラブレター

紫苑

遠回りラブレター

下駄箱の靴の上に置かれた薄っぺらいソレ。なんの変哲もないただの封筒。と言っても手紙用の封筒。

 なんでこんな物が、と思いつつ封筒をひっくり返し差出人の名前を確認するが何も書かれていない。


「……いたずら?」


 何か変な事書かれてたらどうしよう、例えばお前調子に乗ってんなよ、みたいな……


「三国?」

「わーー!!」

「おま、うるっさ……!!」


いきなり声をかけられ吃驚して大きな声が出てしまった。心臓がバクバクと激しく主張している。

掛けられた声の持ち主がいるであろう方へと顔を向ければそこに居たのは……


「なんだ、相田先輩か……」


相田先輩。同じ部活の先輩だ。

先輩は眉間に皺を寄せてため息を一つ。


「なんだ、ってなんだ」

「誰も居なかったんで、まさか声がかかるとは思わなかったんですよ」

「幽霊かと思った?」


 そういってニヤニヤと笑う先輩に今度はこちらがため息を吐く。


「バカ言わないでくださいよ、ただいきなり声がかかって吃驚しただけですー」

「なんだ、つまらん。んで? なんで下駄箱の前で突っ立ってるわけ?」


先輩の言葉で手に持っていた封筒の存在を思い出す。


「下駄箱に手紙が入ってて……」

「手紙?」


先輩にも見てもらおうと、手紙を渡す。

先輩は私と同じく後ろの差出人を確認しようとしたみたいだが、勿論そこに名前はない。


「差出人の名前がないな」

「そうなんですよ。それで開けるのも怖くて……悪口とかだったら嫌じゃないですか」

「よし開けてみよう」

「なんでそうなるんですか!?」


私にきた手紙なのに私の意見はまるっと無視する先輩。面白がってるのかなんなのか、中の手紙が気になるみたいだ。それでも悪口は見たくないし、それは私への手紙。よし、抗議しよう。


「私宛の手紙なんで私が見ないと言ったら見ない−−」

「案外良いものかもしれないぞ?」


先輩はそう言って、笑みを浮かべながら手紙を差し出してくる。

先輩の言ってる事をよく理解できていないまま差し出された手紙を受け取る。


「良いものってなんですか」

「ラブレターとか? ま、開けてみなって」


 私にラブレター? 来る訳が無い。

 悪口が書かれていたら先輩にアイスでも奢ってもらおう、先輩が開けろって言ったから先輩の責任だし。

 そんな責任転嫁をしながら、封筒を裏返してとめてあった黄色い花のシールを剥がず。

 中の便箋を取り出し、悪口の事しか頭にない私は悪い意味でドキドキしながら開く。



 好きです。

よかったら放課後に校舎裏に来て欲しいです。待ってます。



几帳面そうな字でただそれだけが書かれていた。


「え−−」

これは−−


「お、本当にラブレターだ」


 真横から手紙を盗み見てきた先輩。


「いやこれ私の手紙なんですけど先輩覗きの趣味が……?」

「おいその言い方。ほら言っただろ? 良いものかも、って。返事、するのか?」

「まあ、そうなんですけど……差出人の名前がないので返事しようにも……」

「あーそうだったな。……とりあえず、校舎裏に行ってみたら? 放課後になって時間経ってるし、待ってるかもしれない」


行くように言ってくる先輩。けれど私は行く気にはなれなくて。


「お前が一人じゃこわい〜って言うなら近くまで一緒に行ってやってもいいけど?」

「こわくないですし、その気色悪いモノマネやめてください」

 先輩は私が行くまできっと私の邪魔をするだろうし、これはもう行くしかない。先輩の思い通りになってるようで腹がたつけれど。

「ああ、もう! とりあえず行きますよ!」

「そうこなくっちゃ!」




生い茂っている木々で校舎裏は涼しい。まだ初夏だけれど、それでも今日は暑い方だったため木陰はとても気持ちよかった。


「誰も居ないですね」

「誰も居ないな」

「先輩、近くまでって言いませんでした?」


 近くまで、と言っていたわりに先輩はいつまでも私の側にいる。


「心配すんなって。あっちの木の影で告白されてるところバッチリ見てるから」


 やっぱり覗きの趣味があるじゃないか、なんて思いながら辺りを見るも、やっぱり誰も居ない。


「ちょっと待ってみます」

「おー、そうしろ。じゃ、俺はあっちにいるからな」

「帰ってもらっていいですよ」


その言葉を無視して、先輩は少し離れた木に隠れた。こちらに向けてグッ、と親指を立ててくるが、頑張れとでもいうつもりなのか。

はあ、と溜息を吐く。今日は溜息ばかりだ。


「誰も、くるわけないのに……」




 あれから三十分は経っただろうか。よく待った方だと自分でも思う。

 いつまでこうしてればいいのだろうか。それにどういうつもりなのか。


「……先輩」

「おー?」


 呼びかければ先輩は木の影から姿を現す。よく飽きもしないでそこにいたものだ。


「どういうつもりです?」

「やっぱ告白シーン見られたくなくなっちゃった?」


先輩はふざけてそんな事を言う。本当は分かってるくせに。


「しらばっくれないでくださいよ。先輩どういうつもりで−−」

 待ち人来らず。当たり前だ。だってこれは—


「このラブレター、書いたんですか?」

 先輩が、書いたものなのだから。


「……あーバレちゃったか……なんでわかったの?」


こちらに歩いてくる先輩は観念したようで、頼りない笑い方をしていた。


「筆跡ですよ。……私が先輩の筆跡をわからない訳が無いです」


驚いた顔をする先輩。まさか筆跡でバレると思わなかったのだろう。


「じゃあ最初からバレてたってわけだ」

「そう、なりますね」


 最初から先輩が書いていたなんて事は分かっていた。それよりも私は先輩がなぜこんな事をしたのか、それだけが知りたい。


「それで、どういうつもりで書いたんですか? 私をからかうためですか?」

「いや、そういうつもりじゃ−−」

「私の事からかって楽しいですか!? 私が先輩の事好きだって分かってて、こんな事したんですか!?」


自分で思ってたより気持ちがぐちゃぐちゃだったようで、感情が熱を上げていく。


 大好きな先輩に、からかわれた。それが、それだけがショックで—


「ちょ、ちょっと待って!」

「先輩からしたらただのからかいの対象なんでしょうけど私は……!!」

「落ち着けって! それよりお前、俺の事好き、なのか?」

「……え?」


何かがおかしい。先輩は私の先輩への気持ちを知っていてこんな事をしたんじゃないのか? でも先輩は初めて知ったような反応で。


「私が先輩の事好きな事を分かっていて、からかうためにラブレターなんて書いたんですよね?」

「え、何、お前の中で俺ってそんな最低な男なの?」

「だって、先輩がラブレター書く意味がわからないですし、それになんでずっと知らないふりしてたんですか……自分で、書いたくせに」


なんだか泣きそうになって、涙を堪える。先輩の行動がわけわからないせいだ。


「あー……実は、お前の下駄箱に手紙を入れた後、先に校舎裏で待ってるつもりだったんだよ。なのに担任に呼ばれちまって。急いで向かおうと思ったら、お前がもうその手紙を手にしててさ。待ってます、なんて言った手前いないのはまずいと思って……それでその時はつい、知らないふりしちまって。んで、一緒について行って、本当は自分から切り出そうかと思ったんだけどさ……」


勇気がなくて、と気まずそうに訳を話し出した先輩。


その話を聞く限りでは先輩はまるで—

「本当に、私の事好き、なんですか……?」


 頭をガシガシとかいて「あー!」なんて声をあげた先輩は、私と目を合わせた。


「ラブレターも書いた。呼び出した場所にいる。こうなったらもうわかるだろ? 俺は−−」




お前が好きなんだよ!



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遠回りラブレター 紫苑 @shion_01

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