第26話 盟主コルネフォロスと始祖の力
イビカ教徒を率いて、カーニ帝国内で違法薬物を製造し、選帝侯であったキオネの親を殺すなど暗躍してきた盟主コルネフォロス。
その彼が今、目の前に居る。
浅黒い肌に黒い髪をした大男。
彼は護衛も付けずにたった1人でこの崖の上の墓地に訪れていた。
「お前の目的は何なんだ」
問いに対してコルネフォロスは眉を上げ、それから答えた。
「イビカを迫害する帝国への復讐だよ」
「でもイビカ戦争は300年前のことなんだろ」
「そうだ。
300年前に帝国が国家ぐるみで迫害を始めた。
それは今でも続いている」
イビカ戦争は300年前に起きた事件ではない。
そこから連なる現在でも、イビカに対する迫害は続いている。
テグミンも言っていた。イビカは異端だと。見つかれば処刑されると。
「イビカを信仰したという理由で全てを取り上げられた。
故郷を焼かれ、家族を殺され、居場所を失った。
帝国をこのままにしておけば、イビカへの迫害は続く。
誰かが間違いを正さなくてはならないのだ」
コルネフォロスは自分の行動こそが正義だと、強い意志を持ってそう説いた。
情に訴えるような物言いではない。ただ淡々と真実を伝える、整然とした口調だった。
そして右手を真っ直ぐとこちらへと差し出してみせる。
「お前の目的は何だ?
騎士オピリオを倒すほどの実力者でありながら、騎士でも貴族でもない。
しかしこの国に居場所もない。ないのなら作れば良い。
我々は宗派を問わず、能力のある者は優遇する。共に新しい世界を作ろうではないか」
伸ばした手は仲間へと勧誘するためのものだった。
だがその提案を、首を横に振って拒否する。
「居場所を作るのは賛成だ。
でもそれは今居る人を追い出して作ってはいけない。
僕はこの世界で真っ当に生きたいだけだ。
だけど結果だけが欲しいわけじゃない。その過程も正しくなくてはいけない。
間違った方法で望みを叶えようとするあなたたちのやり方は間違ってる」
コルネフォロスは目を細め、こちらの言葉を軽くあしらう。
「帝国とて、エビ教徒を追い出し、土地を奪い取って成り立っている。
全てのものがそうだ。
生きるとはすなわち、他の誰かの居場所を奪う行為に他ならない」
「それでも、帝国で生きると決めた以上は帝国の取り決めに従う。
キオネだってそれを望んでいる」
きっぱりとコルネフォロスの言葉を否定した。
彼はやれやれと首を振り、マントを脱いだ。
薄い衣類からは、鍛え上げられた肉体の様子が分かる。ただの領主ではない。戦いにも精通している。
「そうか。
我々は手を取り合えると考えていたが、その考えは甘かったらしい」
コルネフォロスの周囲を漆黒の魔力が渦巻いた。
魔力量は墓地全体を覆うのではないかと言うほど多く、禍々しい雰囲気を纏っている。
彼はたちまち、全高8メートルにもなる巨大なカニへと変貌を遂げた。
漆黒のカニ。
右のハサミは何もかも叩き潰せそうな棍棒。
左のハサミは鈍く光る鋭利な刃物。
『この世に善も悪もない。
ただ1つ確かな真実は、勝った者こそが正義だということだ』
コルネフォロスの言葉に応じるようにこちらも魔力を行使する。
全高6メートル級の濃緑色のカニへと姿を変え、両のハサミを振りかぶり臨戦態勢をとる。
『勝ち負けで善悪は決まらない。
だけど、あんたがそうやって力で正義を訴えるつもりなら、止めてみせる!』
真っ直ぐに走り込み、右のハサミを殴りつける。
コルネフォロスの棍棒のような右手とぶつかる。
『ぐっ』
棍棒の一撃は重い。
体格差もあって押し込まれる。
力で勝てないのなら、機動力で勝つ!
続けて振るわれる左のハサミを8本足のステップで避け側面をとる。
無防備な横腹を――
『遅い!!』
コルネフォロスが半回転し、速度を乗せた右手が叩きつけられる。
右手を盾にして攻撃を受けたが、重い一撃にハサミが砕かれる。
更にコルネフォロスは飛び上がり、鎌のような脚部で襲いかかってきた。
慌てて後退したところに左のハサミを振り下ろされる。
構えた左手ごと、足も2本切り落とされる。
魔力量、能力、そして戦闘経験も負けている。
一度距離をとろうと下がるが、こちらは連戦で残りの魔力も少ない。
短期決戦で決めなければ勝ち目はない。
残っていた魔力を湧き上がらせ、失ったハサミを急速回復させる。
更に魔力を込め、一歩踏み出して渾身の一撃を繰り出す。
『秘技、カニ道楽!!』
助走と腕の振りを合わせ、更に瞬間的な魔力行使で巨大化させた右腕を砲弾のように繰り出した。
その一撃は正面を向いていたコルネフォロスの腹を捉え――
『この程度か?』
コルネフォロスの漆黒の右のハサミ。
棍棒のような形状をしていたそれが、繰り出したこちらのハサミをがっしりと掴んでいた。
『ぐあああっ!!』
力を込められると、右のハサミをすり潰される。
ハサミを失い後退。崖際に追い詰められていた。
それでも戦う意志を捨てない。魔力を込めて右のハサミを作り直す。
『その魔力量。
始祖を食べたな?』
コルネフォロスがくぐもった、重い声で問いかける。
『それが、どうした!』
事実を認め、ハサミを構えて臨戦態勢をとる。
コルネフォロスは徐々に徐々に、にじり寄るように距離を詰めながら言う。
『始祖を食べて得た力は真っ当なものか?』
『元居た国では普通のことだった。
お前だって、カニカマで得た力だろう!』
言い返すと、コルネフォロスは左のハサミを前に出して指を振るようにして見せた。
『残念だが、私はまだカニカマを使っていない』
『なんだと……』
こちらを圧倒する魔力量。
漆黒の、禍々しいカニ魔力。
これが、カニカマに頼らずに得られた力だというのか?
突きつけられた事実に、戸惑い、恐怖を覚える。
『何人たりとも、始祖そのものである私の力には及ばない!!』
コルネフォロスが大地を蹴り、一気に加速して距離を詰めた。
逃げ道はない。ここで戦わなければ死ぬだけだ。
覚悟を決めて魔力と、戦う勇気を湧き上がらせる。
ギリギリまで引きつけ、最後の一撃。残った力を込めた渾身の突きを繰り出す。
『うおおおおおお!! 秘技、カニ道楽!!』
左のハサミの根元を狙って一撃。
狙い違わず攻撃は命中するが、コルネフォロスは禍々しい魔力を解き放ち、攻撃によって受けた損傷を即座に回復させるとそのまま突っ込んでくる。
繰り出した右のハサミは切り落とされ、防御のために構えた左のハサミがあっけなく棍棒の一撃によって潰される。
コルネフォロスの右のハサミによる一撃は、こちらの正面甲殻さえ砕き、魔力を限界まで失った身体は急速にカニ化を解除させていく。
『冥土の土産に教えてやろう。
――この私は、始祖と人間のハーフだ』
突き出されたコルネフォロスの左腕。
鈍く光る刃物のようなハサミの先端が、腹部を貫いた。
「――それって、どっちが――――」
攻撃によって崖から放り出される。
カニ魔力も使い果たし、腹部に裂傷を受けた身体は、為す術もなく落下するしかなかった。
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