第12話 テグミンと新しい勇気
夜も更け、街からもすっかり明かりが消え失せていた。
テグミンと2人、月明かりを頼りにして街から出てオピリオ達のいる古城へと向かう。
テグミンが修道院を脱出したのと同時に、キオネはゴットフリードの街に残っていたウードの手下へ金貨を握らせ、クルマエビを帰らせたらしい。
そのおかげでオピリオ達はこちらのことを街から逃げ出したと思い込んでいる。
そしてそれは、カルキノス家や周辺諸侯に、ゴットフリードに違法薬物の製造に関わる拠点があると知らしめられることを意味する。
彼らは街の衛兵を古城に呼び戻し、急ぎ脱出の準備を進めていた。
他の街へと設備を移転させるつもりだ。
だが運び出しの準備には時間がかかる。
周辺諸侯から兵を差し向けられるまで時間がかかるだろうと高をくくっている今が攻める好機だ。
丘の上にある古城にたどり着く。
既に廃城となっているため城壁は打ち壊されていたが、建物そのものは月明かりの中悠然と佇んでいた。
そして廃城のはずなのに、所々から明かりが漏れている。
キオネの情報はまたしても正しかった。
彼女は今、テグミンがしたためた書簡を手に、アクベンス領の衛兵へと協力要請に出向いている。
キオネのことだからきっと上手くやってくれるだろう。
声を出さずにテグミンと身振り手振りでやりとりをする。
城の大まかな構造は事前に説明されていた。
テグミンは裏口を塞ぎに。
こちらは側面から、直接製造中枢へと強襲をかける。
テグミンが移動完了しただろう頃合いを見計らって、腕だけカニ化。
古城の窓へと爪先を引っかけてカニ化解除。引き戻された腕によって、窓へとよじ登る。
一瞬城の中を確認。
大広間にたくさんの人。彼らは大きな鍋や製造道具などを木箱に押し込む作業の真っ最中だった。
そして部屋の奥に、見覚えのある姿を見た。
ローブを纏い、深くフードをかぶり顔を隠した男。エビ養殖場で会ったあの男だ。
「そこまでだ!」
威勢良く声を上げ、窓から室内へ。
同時にカニ魔法を行使。天井までのサイズでカニ化して、ハサミを真っ直ぐにローブの男へと向ける。
『観念しろ。
悪事はもうおしまいだ』
「あの時の完全カニ化能力者か。
相手をしてやれ。ここから先に通すな」
ローブの男はそれだけ告げると、自身は身を翻して広間の奥へと向かう。
『待て!
また逃げるつもりか!!』
声をかけてもローブの男は反応しない。
目の前には、それぞれ武器を構えたり、カニ化、エビ化した男達が立ち塞がる。
どれも魔力量はそう多くない。
『道を開けろ!
開けないなら――』
彼らもローブの男から命令を受けたとあって、逃走できない。
むしろ我先にとそれぞれの獲物を構えて襲いかかってきた。
『急いでるんだ。
手加減するけど怪我しても恨むなよ!』
ハサミを振り上げ、向かってくる敵に向けて振りかざす。
それでも敵は引くことはない。
ローブの男を追うため、襲いかかる敵をなぎ払いながら強引に前進を開始した。
◇ ◇ ◇
突然の敵襲。
ローブの男は広間を出ると、そこで騒ぎを聞き駆けつけたオピリオと合流した。
「場所がバレた。直ぐに脱出する」
「はっ。仰せのままに」
即座に了解を返すオピリオ。
だがローブの男は手にしていた杖でその機先を制した。
「待て。
先日からどうも不自然にこちらの居場所が割れすぎている。
エビ養殖場、修道院、そしてこの古城。
偶然か?
内通者がいるのではないか?」
問われるオピリオ。
彼は真っ直ぐにローブの男へと視線を向けて返答する。
「そのようなはずは有りません。
衛兵は長く付き添った者ばかりです」
「だとしたら、相手に情報収集に特化した能力者がいる。
カルキノス家に該当者は?」
「いいえ。
4女のテグミンはカルキノス家内部で味方が少なく、旅立ちに従者すらつけられないほどです。
貴重な能力を持つ者が味方に居るとは――」
そこでオピリオは言葉を切った。
先を促すようにローブの男が杖を持ち上げる。
「先日エリオチェアでテグミンの荷物を盗んだ泥棒が、小型のカニを召還し市街の様子を探っていました」
「小型のカニ?」
ローブの男は杖を軽く振ってオピリオの羽織っていたコートのポケットを叩く。
オピリオも慌てて、ベルトにぶら下げた革袋を探る。
そして、1匹のカニが袋の中から飛び出した。
「やってくれたな」
ローブの男は逃げようとしたカニを踏み潰す。潰されたそれは光の粒となって空気に融けた。
天然のカニではない。何者かによって召還されたカニだ。
ローブの男は足早に城の出口へと向かう。
オピリオは他にカニが潜んでいないか確かめると、小走りでそれに追いついた。
「そこまでです」
城の裏口。
厨房の勝手口を塞ぐように、テグミンが立ち塞がっていた。
手には鉄顎を持ち、緋色の瞳で刺すように2人を見つめる。
「郷、突破を」
オピリオが協力するよう告げたが、ローブの男は拒否した。
「切り札というのは最後までとっておくものだ。小娘に始祖の力を使うまでもない。
それに貴様の不始末だ。尻拭いは自分でしたまえ」
一方的に言い残し、ローブの男は踵を返して別の出口へと向かう。
「逃げるつもりですか!」
テグミンが声をかけても反応しない。
追いかけようとすると、その行く手をオピリオが塞いだ。
「ここから先には――いいや、もう何処にも行かせはしない」
オピリオが腰に下げていたメイスを引き抜く。
先端に突起のついた重量級武器。敵の兜ごと頭蓋骨を叩き割る凶器だ。
それはカニ化した甲殻すら扱いようによっては破砕する。
「本当に、あなたはそちら側の人間だったのですね」
テグミンも鉄顎を構える。魔力を練り臨戦態勢。
深紅の魔力がテグミンを中心にして渦巻くが、オピリオはそれを見ても動じることはない。
テグミンは問う。
「毒を入れたのはあなたですか?」
「そうだ。
飲んでいれば、苦しむこともなかったというのに」
幼少の頃より親しくしていたオピリオが、本当に自分に対して毒を持っていたとは。
信じたくない気持ちで一瞬手に込めた力が弱まる。
しかしテグミンはしっかりと鉄顎を握り直した。
ローブの男と、違法薬物の製造拠点である古城に居合わせた。
もうオピリオが帝国の、そしてカルキノス家の敵であることは疑いようのない真実だ。
「あなたは愚かです」
テグミンは言い放つ。
されどオピリオは不敵に笑い、言い返した。
「愚かなのはそちらだろう。
貴族でありながらその使命を果たせない愚かな女。
お前が余計な行動をしなければ全て恙なく事は運んだのだ」
貴族でありながらという言葉に、テグミンは感情を逆なでられて言い返す。
「運ばなくて結構。
騎士という身分にありながら、皇帝陛下が禁じた薬物の蔓延に手を貸し、民を苦しめたあなたよりはずっとマシです。
何故このような悪事に手を染めたのですか?」
問いかけに、オピリオは真っ直ぐに答える。
「騎士だからだ」
「一体何を――」
まるで回答になっていない。
テグミンが首をかしげると、オピリオは感情を露わにしながら続けた。
「貴族の家系に生まれ、強力な能力を身に宿した。
だが妾の子だからと言う理由で、無能に後継者の座を奪われ、騎士という肩書きしか与えられなかった。
無力であるのに貴族を名乗る貴様には、この苦しみは理解できまい。
自分は自らの力で貴族になる。
そのために古き秩序を破壊し、新しい秩序を作り出す必要があるのだ」
オピリオの身体を魔力が覆う。
赤黒い魔力が渦巻き、全高3メートルはあるカニの姿になった。
暗赤色の甲殻。前向きに折れ曲がった脚部と、長く鋭い一対のハサミ。左のハサミにはメイスが握られている。
巨大なカニを見てもテグミンは恐れない。
戦う勇気は既にある。
相手が誰だろうと、逃げることはない。
「自分の境遇を呪うことしか出来ないあなたには何も作り出せない。
わたくしは、貴族としてあなたを止めて見せます!」
『出来るものなら止めてみろ!!』
オピリオは右脚部を前に。左脚部を後ろに。
そして勢いよく床を蹴りつけ、強烈な回転運動を開始。
巨大な身体。長い左腕。遠心力によって威力を増大させたメイスの一撃がテグミンを襲う。
「ぐぅっ!!」
テグミンは両腕を目の前で組み甲殻化を発動。
だがメイスの一撃は、甲殻にヒビを入れ骨を軋ませた。
テグミンは威力を殺しきれず後ろに弾き飛ばされる。
石造りの壁に勢いよく背中からぶつかり、衝撃で肺の空気を全て吐き出す。
床に倒れ、血の混じった咳を吐くテグミン。
『絶対防御と呼ばれたカルキノス太公四女も、我が攻撃の前には無力のようだな』
オピリオは勝ち誇り彼女を見下した。
だがテグミンは鉄顎を床に突き立て、よろよろと立ち上がる。
咳き込みながらも、緋色の瞳でオピリオを睨むと告げる。
「――無力ですって?
もしかして、今の攻撃が全力ですか?」
あおり立てる発言に、オピリオは再びのメイスによる一撃で応じた。
遠心力によって加速された攻撃は、テグミンの構えた腕をすり抜け脇腹にめり込む。
肋骨を軋ませ、テグミンは打ち捨てられたエビのように床を転がる。
だが両足で床を捉えそのまま踏みとどまった。
攻撃を受けてなお立っていられたテグミンは、再びオピリオを煽る。
「先ほどの攻撃より緩かったですね」
口元の血を拭い、テグミンは鉄顎を構える。
まだ戦う意思を捨てていない。
その姿を見て、オピリオは温存していた魔力を解き放った。
暗赤色のカニが古城の天井に届きそうなくらい巨大化する。
一度後退し、左のハサミで持ったメイスを大きく振りかぶる。
『そこまで死にたいのなら、直ぐに楽にしてやろう!』
「やれるものならやってみろ!!」
テグミンは鉄顎を構えたまま前に踏み出す。
対して、助走による加速も乗せて攻撃を繰り出すオピリオ。
帝国騎士オピリオの渾身の一撃。
テグミンは交錯させた両手を甲殻化させてそれを受け止める。
強烈な一撃に甲殻表面が弾け飛び、赤々とした魔力が血のように吹き出す。
腕がちぎれそうなくらいに痛みを訴え、衝撃を受け止めきれず床を転がる。
石壁がひび割れるほどの勢いで壁に叩きつけられ、体中が痛みに悲鳴を上げる。
それでもテグミンは鉄顎を手放さず、真っ直ぐにそれを構えると、立ち上がりオピリオを睨む。
『この死に損ないめ!』
オピリオが駆け出し、メイスとハサミによる連続攻撃を繰り出す。
テグミンはそれを甲殻で防ぐが、時折防御を抜けてダメージを受ける。
流れ出たおびただしい魔力が床を真っ赤に染めていく。
(そうだ。これでいい)
テグミンは内心笑いながら、オピリオの攻撃を受け止める。
(戦う勇気だけではダメ。
わたくしに必要なのは、自分が傷つく勇気です!)
攻撃を見て魔力量を調整。
重要な骨格、神経、血管、臓器を守りながらも、完全には防ぎきらずにダメージを受ける。
オピリオの攻撃といえど、テグミンには完全防御可能だ。
だが完全に防いでしまえば、戦う価値のない相手だと判断されて逃げられる。
オピリオをこの場にとどめておくには、“戦えば勝てる相手”だと錯覚させなければいけない。
時間を稼ぎ、魔力を消費させる。
そのためには傷つき、血を流す姿を見せるしかない。
激しい攻撃を受けて床を転げ回るテグミン。
体中ボロボロで傍目には死んでいるようにすら見える状態だ。
それでもテグミンは取り落とした鉄顎に手を伸ばし立ち上がろうとする。
『鬱陶しい小娘が!!』
彼女へと、容赦のない一撃が加えられた。
ボロボロだった彼女の身体は宙に打ち上げられ、天井に身体をぶつけるとそのまま床へと落ちた。
その瞬間。
オピリオの背後から膨大な量の魔力が爆発したように湧き上がった。
『オピリオオオオ!!
貴様ああああああああっ!!!!』
濃緑色の巨大なカニ。
ワタリが大きな寸胴のハサミを振り上げ、オピリオへと襲いかかった。
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