第11話 選帝侯令嬢と帝国騎士④
「うおおおおおおおおお!!」
テグミンが幽閉された修道院の正門前。
全速力で走り込みながら、衛兵達の直前でカニ魔法を行使。
全高6メートル。巨大なカニの姿となった。
『道を開けろおおおおお!!』
カニの口から威勢良く声を出し衛兵達へと警告。
門前の見張りについていた衛兵達は、戦おうともせずその場から逃げ出した。
やっぱりキオネの言ったことは正しい。
今この修道院にオピリオは居ない。
頼りになる、そして上司に当たる帝国騎士が居ない状態で、衛兵達の士気は低く、自ら危険を冒して戦おうとはしなかった。
正門前の敵を一掃。
修道院の扉に合わせてカニの身体を小さく作り直し、ハサミの先端で扉を丁寧に開ける。
修道院の中へ。入って直ぐは礼拝堂のようだった。1階の大部分を使った、広々とした部屋だ。
衛兵が集まってきていたが、横歩きで扉を通り抜けていくと、彼らも蜘蛛の子散らすように逃げ出していく。
「とんだ根性無しどもだ。
敵が完全カニ化能力者だろうが戦い方はあるだろう。
まあ良い。
昨日会ったガキだな? 悪いがここから先は通せない」
ただ1人。大男が目の前に立ち塞がった。
昨日、盗賊団と共に居た男だ。
『どうしてテグミンを狙う』
「そりゃ、人の仕事の邪魔をするからだろう」
『違法薬物の製造なんて、止められて当然だ!』
「こっちはどんな手段を使ってでも金を集めないといけねえんだ。
良い子ちゃんのお説教なら余所でやりな」
大男が振るった右腕に魔力が渦巻く。
その瞬間、爆発するように腕がカニ化。
撃ち出されたハサミが襲いかかる。
――速い。
金属光沢のある鋭利なハサミ。
それは咄嗟にかざしたこちらの左ハサミを捉えた。
攻撃の勢いを押し返そうと力を込めるが、それよりも敵の挟み込む力の方が強い。
『ぐぅっ!!』
咄嗟にハサミを引き戻し後退。
追撃に備えて右ハサミを振り上げると、大男も後退した。
攻撃を受け止めたこちらの左ハサミの甲殻には鋭い切れ込みが入っていた。
傷ついたハサミからはしゅうしゅうと音を立てて魔力が漏れる。
その魔力によって傷口は塞がるが、余計な魔力を消費してしまった。
「なかなかいい甲殻だ。
大顎のトラウデンと呼ばれたこの俺の一撃をいなすとは」
大男――トラウデンはカニ化させていた右腕を元へ戻す。
そして弓を引くように、右腕を引いて構えた。
――戦い慣れている。
衛兵や、先日戦った盗賊団とは明らかに違う雰囲気。
能力は部分カニ化能力。右腕だけカニのハサミに変化させられる。
そのハサミは斬ることに特化した非常に強力な物で、カニ化したときのリーチは今のこちらよりも長い。
能力が限定されているが故に、その部分だけをとにかく強く強く研ぎ澄ましている。
攻撃力においてトラウデンが優勢だ。
総合力ではこちらが上。
だとしてもそれは能力の話だ。いくら能力が優れていても、使いこなせなければ無いのと一緒だ。
能力はどう使うかがだ。
キオネの言葉を思い出す。
自分の能力を使ってどうやって勝つのか。考えなければいけない。
そして時間的猶予はほとんど無い。
「次で決めさせて貰うぞ」
トラウデンが走り出す。
まだ右腕は引いたまま。
先ほど見たから原理は分かる。腕を振る速度とカニ化する速度を合わせて、瞬間的に超高速の一撃を繰り出しているのだ。
今の自分の能力では、その攻撃軌道にハサミを盾のように掲げるので精一杯。
だけれどそれでは勝てない。
だったら――
魔力を増大させる。
膨れ上がった魔力によって、カニの身体は礼拝堂の天井近くまで達した。
ここまで巨大化すればリーチは互角。
『うおおおおおおお!
秘技、カニ工船!!』
両腕を広げ、足の力を使って回転運動
周囲を問答無用でなぎ払う。
礼拝堂の椅子が砕かれてバラバラになって飛散する。
「愚かなり!」
しかしトラウデンは攻撃を寸前でやり過ごし、次のハサミがまわってくるまでの隙を突いて右腕を振るった。
強烈な一撃が、カニ化した腹に突き立つ
外甲殻と違い、内側の腹部甲殻は柔らかい。
突き立ったトラウデンのハサミが甲殻を切り裂いていく。
――だがこれでいい。
『うおおおおおおお!!』
魔力を圧縮し身体を収縮させる。
同時に八本足で急ブレーキをかけ、急制動のエネルギーを使ってハサミを振るう。
自分のハサミは物を切断するような使い方は出来ない。
ずんぐりと太く甲殻の厚い、叩き潰す用途のハサミだ。
だからこそ、叩き潰すために使えば良い!
カニの身体が収縮したことで、腹部に突き立っていたトラウデンのハサミが抜けなくなった。
そしてそこを目がけて、両のハサミを叩きつける。
「ぐおおおっ!!」
両側からの攻撃で腕部甲殻を砕き、更に内側の繊維質まで叩き潰す。
すりつぶすようにハサミを捻ると、トラウデンのカニ化した腕はその半ばからねじ切れた。
灰色の魔力が傷口からあふれ出し、彼の腕は元の姿へと戻った。
腕からは際限なく魔力があふれ出ている。
カニ化した部分のダメージは、カニ魔力の流出という形で使用者に降りかかる。
保有する魔力以上のダメージを受けたら、もうカニ魔法は行使できない。
『勝負あったな』
「まだだ!
まだ終わってない!!」
トラウデンは苦悶の表情を浮かべつつ、左手で腰ベルトにかけていた布袋を開ける。
その場に倒れ込んだ彼は、布袋の中身を床にぶちまけた。
『○っぱえびせん――』
テグミンが調査している違法薬物。
依存性があり帝国内では禁止されているが、それには急速に魔力を回復する作用がある。
『バカな真似はよせ!!』
「バカかどうかは、これから決めることだ!!
トラウデンは左手でかっぱえ○せんをつかみ取った。
だが、それが口へと運ばれることはなかった。
背後から、後頭部へと強烈な一撃を食らったのだ。
トラウデンはその場に崩れ落ちて昏倒する。
「ワタリさん! ――ですよね?」
『テグミン! 良かった、無事で!』
こちらを見上げて笑みを見せるテグミン。
彼女はトラウデンの後頭部を強打するために使ったビンをその場に捨てると駆け寄ってくる。
彼女の背後から追ってきていた衛兵達は、こちらのカニ化した姿を見て後退していく。
「一旦キオネさんと合流しましょう――。
傷、大丈夫ですか?」
『まだ大丈夫みたい』
腹部に受けた傷からは魔力が溢れだし白い霧のように渦巻いていたが、魔力量には余裕がある。
時間は要するが傷口は直に塞がるだろう。
「では外へ。案内します!」
『え、でも――分かった』
事情の説明は必要ないのかと思ったが、テグミンはすっかり現状を把握していた。
彼女はローブ姿に旅行カバンを背負っていて、逃げ出す準備は万全と言ったところだ。
テグミンをハサミに乗せて修道院を飛び出すと、彼女の案内で街へと向かう。
途中でカニ化を解除し、ローブで顔を隠すと夜闇に紛れて市街へ入り、キオネが用意していた空き倉庫へと向かった。
◇ ◇ ◇
「ご苦労様」
外の様子を確かめながら倉庫の扉を閉めたキオネは素っ気なく声を投げかけた。
そしてこちらへと革袋を差し出す。
「キオネ――」
「何か言う前にこれ食べて。
あんた、普通なら行動不能になるレベルの魔力流出させてるのよ」
押しつけられた革袋の中身は干しエビだった。
実際、まだ少量ではあるが腹部から魔力が流出している。
言われるがままに干しエビを口に運び、無理矢理水で飲み込んでいく。
「キオネさん、本当にオピリオ殿が違法薬物の製造に関わっているのですか?」
テグミンに問われて、キオネは答える。
「製造に関わっているかどうかは分からない。
でもそれを行ってる連中と繋がりは有るでしょうね。
見た感じ、ローブの男が指示を出してるみたい。あんたが盗賊団の拠点で会ったあいつよ」
「それは事実ですか?」
テグミンが訝しむような視線を向けた。
キオネは平然と頷く。
「事実よ。
実際あのローブの男が渡した毒薬を、オピリオはあなたの食事に混ぜた」
「確かに毒は入っていました。
ですが――。いえ、キオネさんがあのタイミングでわたくしの食事に毒を入れる理由もありませんね」
「当然よ。
私ならもっと上手くやってるわ」
とんでもないことを平然とキオネは言ってのけた。
だけれどテグミンもそれには同意したらしく、「そうですよね」と頷いてみせる。
「オピリオ殿の行き先は把握していますよね?」
「街の北東にある古城ね」
問いに対してキオネは即答する。
テグミンは旅行カバンを広げ、ゴットフリードの街周辺の地図を取り出した。
それが倉庫の木机に置かれると、キオネは一点を指さした。街からはそう離れていない、 小高い丘にある古城だ。
「どうして分かるんだ?」
気になって問いかける。
しかしキオネはいつものように「秘密」と短く口にした。
「構造は分かります?」
「調べるのには時間がかかるわ。大体、そんなの知ってどうするのよ。
こっちから近づくことなんて無いわ。
向こうも逃げる支度をしてる。
こっちも見つからないように凌いで、カルキノス侯へ連絡するだけよ」
「それではダメです。
わたくしは調査をすると言って出てきたのです!」
「調査は済んだでしょ。
製造拠点を突き止めた。それで十分だわ。
相手は逃げる準備をしてるけど、それはアクベンス家やカルキノス家の介入を恐れているからよ。
向こうには帝国騎士と、能力未知数のローブの男。衛兵もそれなりに従えてる。
こっちはへっぽこ貴族と中途半端な完全カニ化能力者。
意地を張るところじゃないわ」
キオネの言うことはもっともらしく聞こえる。
だけれどもテグミンは声を荒げて反論した。
「ですが今ここで取り逃がしたら追えなくなります。
キオネさんはどのくらいの期間彼らの足取りを追えますか?」
キオネは答えない。顔をしかめて、回答拒否を示した。
「永遠に追えるわけではないですよね。
ですからここで捕まえなければいけないのです。
彼らが野放しになれば、また違法薬物が蔓延します。
結果として多くの民が苦しむことになるでしょう。
それは絶対に阻止しなければいけません。
違法薬物の調査を行うと言って出てきた以上、この問題を完全に解決する義務があります。
わたくしは貴族として、戦いに行きます」
キオネは大きくため息をついた。
キオネの気持ちも分かる。でもテグミンの気持ちだって分かる。
テグミンは貴族としてこの問題について全ての責任を負わなければいけない。
たとえ道中で泥棒に荷物を盗まれようとも、護衛につくはずの騎士が裏切ったとしてもだ。
彼らの居場所を突き止めた。しかし彼らが逃げようとしている。
テグミンはそれを止めなければいけない。
キオネの言い分だってもっともだ。
相手には手負いとは言え騎士がついている。騎士ともなれば戦闘のプロだ。それに彼を操るローブの男もいる。
テグミンは本来味方になるはずだった衛兵を、オピリオによってごっそり向こう側へ持って行かれてしまった。
敵の目を欺き潜伏できている現状、こちらからわざわざ出向くのは状況を悪化させかねない。
「出来ないことを出来ないと認めるのも勇気よ。
いい加減、自分が戦えないことを認めなさい」
厳しいキオネの言葉。
自分が戦えないことを気にしているテグミンは俯きそうになる。
口を挟もうとしたがその必要は無かった。
テグミンは毅然とキオネの顔を見つめて言い返す。
「確かにこれまでわたくしは戦えませんでした。
ですがこれから先もずっとそうだとは限りません。
今日、ここで変わって見せます」
テグミンが戦えない自分と向き合い出した答え。
彼女の緋色の瞳は強い決意によって爛々と輝いて見えた。
キオネはその宣言を受けて、呆れたように深くため息をつく。
「強情で融通の利かない可愛げの無いお嬢様だわ。
で、あんたはどうするつもり?」
お鉢がこちらへと回ってくる。
考えるまでもない。
答えはもう決まっていた。
「テグミンが戦うなら手を貸すよ」
「軽く言うけど分かってるの?
戦うのはほとんどあんた1人になるのよ。
あんただって手負いなの自覚してる?」
キオネが重ねて問うが、それでも意思は変わらない。
しっかりと頷く。
「それでも戦う。
真っ当に生きたいんだ。
護衛対象を裏切って殺そうとする騎士なんて放ってはおけないよ」
キオネは辟易とした様子で「あんたはそう言うでしょうね」と呟く。
それからまたしても深くため息をついて、観念したように告げた。
「バカの説得ほど不毛な作業もないわ。
あんたら好きにしたら良いのよ。
失敗してろくでもないことになっても私は責任とらないし、1人で次の街に行くからね」
ぶっきらぼうに告げるキオネ。
だけれど彼女はきっとテグミンの力になってくれる。
そんな妙な確信があった。
「やるからには最善を尽くしましょう」
そう言って彼女は策を練り始めた。
何か手伝えることはあるかと問いかけたら「今すぐ寝て魔力を回復させろ」とのありがたいお言葉を頂いたので、言われたとおり倉庫の端っこで丸くなって眠ることにした。
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