第78話 兄様!?

「本当に申し訳ありません。また後日、イグワイアにいらした時は精一杯のおもてなしをさせていただきます」


「気にしないでください。急な来客ですから仕方ありませんよ。それより、昨日は少し言いすぎました。謝るのは俺の方です」


 心配そうな表情を浮かべるクララ王女に対して、俺は心配を吹き飛ばすような明るい口調で言葉を返した。

 風呂から上がり部屋に戻ってから、自室で朝食を食べて、それからすぐにクララ女王は俺の部屋を訪ねてきた。

 何でも、昨晩突如として来客が決まったらしく、部屋を空ける必要があるらしい。

 だから、俺は午前中のうちにお暇することになったのだ。


「いえいえ! あれだけの正論を私に言ってくださったのはゲイルさんだけなので、感謝しています。みんな未熟で愚かな私に気を遣っているせいか、本音で話すことが少ないので、私は昨日の言葉で目が覚めました。ありがとうございました!」


 クララ女王はどういうわけか俺に感謝をしていた。

 自分で言うのも何だが、かなり強い言い方になってしまったし、一つ一つの言葉選びも失敗していた気がする。


「ところで……あそこに隠れている三人は……?」


 ここは王宮の裏口だし、表立った出発ではないはずだが、どうしてあの三人は扉の隙間から覗いているのだろうか。

 隠れるのが下手すぎて体が半分ほど出てしまっているが、女王の護衛がそんなんでいいのか……。


「三人? あっ! アルファとガンマとベータじゃない。いつからそんなところにいたんですか?」


「か、隠れてなんかいませんヨ……?」


 驚きを隠せないクララ女王だったが、それ以上にアルファが動揺している様子が容易に見て取れた。

 アルファの言葉にガンマとベータがこくりと頷いてはいるが、三人ともマントに仮面を装備しているので、表情に関しては全く読めない。


「嘘ね。アルファは何か隠しことがある時はすぐ言葉が詰まるから見抜くのは簡単です」


「そ、そんナ……」


「ふふん! あまり私を舐めないでください。何年一緒に過ごしてきたと思っているのですか」


 二人の仲の良い会話を、ガンマとベータが至近距離でうんうんと頷きながら眺めていた。

 俺はそんな光景を蚊帳の外から見ながら、仲間外れの気分を味わっていた。


「……それじゃ、帰りますね」


 まだまだ仲睦まじい言い合いが続きそうなので、俺は帰ることにした。

 態度からして、アルファは男としてクララ女王のようなか弱い女性が好きなのだろう。自分が好きなか弱い女性を合法的に守れるだなんて、護衛の仕事を楽しくできそうだな。

 

「ちょ、ちょっと待っテ! 兄様!」


 踵を返した俺の腕を握ったのは、まさかまさかのアルファだった。

 あれほど俺のことを嫌がっていたというのに、どういう風の吹き回しだ。


「に、兄様?」


 それに兄様ってなんだ……?


「ふふ……アルファったら兄様ですって。おかしいわね。姉様?」


「そうね。ベータ。きっと傷を癒してくれたお礼を伝えたいのに、以前までの態度が頭にチラついて素直になれないのね。全くしょうがないわね。私たちが先陣を切ってあげましょう」


 俺が突然のアルファの態度の急変に戸惑っていると、ガンマとベータが俺の前にやってきた。

 二人は特に俺に冷たいわけではなかったはずなので、身構える必要はなさそうだ。


「ゲイルさん。本当にありがとう。この前は暗いところでしか、私たちの素顔を見れていなかったと思うから、今ここで綺麗になった肢体を見せてあげるわね。ベータ、いくわよ」


「はい。姉様」


「待て、ガンマ! ベータ! 私が出にくくなるだろウ!」


 二人は先に仮面を取ってから目を合わせると、同時にフード付きのマントに手をかけた。

 首元から胸の辺りまで付けられたボタンを一つずつ外していく。

 アルファが止めようとしているが、そんなことは全く気にしていないらしい。


「どう……かしら? ベータ、少し恥ずかしいわね……」


「姉様、私、今、すごく恥ずかしいわ」


 やがてマントを脱ぎ終えて、脱いだマントをはらりと足元に落とした二人は、もじもじしながら俺に体を見せてきた。


「……見違えたな」


 俺は自然と言葉が漏れていた。

 以前見せてもらった古傷が完全に消えて無くなっており、白く美しい体になっていたからだ。

 外で露出することに俺は危機感を覚えていたが、二人はしっかりと肌着を着用していていたので良しとする。


「ちょ、ちょっと! 二人とも! 女の子がそんなはしたない真似をしたらことをしたらダメですよ!」


 俺がその体をじっと凝視していると、その間にクララ女王がぬるりと入り込んできた。そして、クララ女王はすぐさま足元に落とされたマントを拾い上げ、介護でもしているかのように、せっせっと二人にマントを着せていた。

 金髪の少女が赤髪の二人の世話をしている。


「……ドラゴンの肉ってすげぇんだな」


 俺は身をもってその効果を体感していたが、改めて驚いていた。


「ぅぅ……もー……」


 そんな三人がわちゃわちゃとしている最中、アルファが俺の目の前にやってきた。

 まるで牛のように唸りながら、恥ずかしそうに小股で歩いている。


「なんだ? 別に男の裸体を見る趣味は俺にはないぞ? 治った報告なら口頭で構わない」


 願わくば、酷く歪んでいた仮面の向こうの顔の治り具合は確認してみたかったが、そこまで強要するのは酷なので控えておく。

 というより、肌大胆に露出した小柄な男の裸体など俺はあまり見たくはないので、できればマントを脱ぐのは控えてほしい限りだ。


「……」


「……わかった。お前がその気なら俺も受け止めよう」


 アルファがマントのボタンを一つずつ丁寧に、それでいてゆっくりと外し始めた。

 俺はノーマルだが、そこまで見せたいのなら仕方がない。


「どうダ……? ゲイル、ありがとう。お前のおかげで私は生きてる心地がする」


 アルファはマントをはらりと足元に落としてから、すぐに仮面を取った。

 赤らんだ顔で俺のことをチラチラと見てくる。

 いや、そんなことなどどうでもいい。なんだよ、これ。


「……アルファ。お前……女だったのか」


 俺は仮面を外したアルファの小豆色の長い髪の毛と、その女性らしい丸みを帯びた顔つきを見て驚愕した。

 ぽかんと口が開き、じっと見つめてしまう。

 まさかのアルファの性別が女だったとは……。その低く特徴的な声や俺への当たり方や口調から、勝手に男だと勘違いしていた。


「う、うん。と、というか、お前は私のことを男だと思っていたのか!?」


 アルファは俺の目の前までにじり寄ってきた。

 顔を赤らめながら頬を膨らませて、納得がいっていないというような表情をしている。


「ああ、すまん。全く気が付かなかった。にしても綺麗な顔になったな。頑張った甲斐があったよ」


「うっ……兄様なんか知らん! いくぞ! ガンマ、ベータ!」


 俺は素直な気持ちを口にしてアルファに微笑みかけると、アルファはぷるぷると体を震わせた。

 そしてすぐに、ガンマとベータを連れて、王宮の中へと続く扉へ走って入っていった。


「ちょ、待ちなさーい! もう……三人とも勝手なんだから」


「なんか、すごい自由奔放になりましたね」


「ええ。傷が治ったことを鏡で確認して以来、三人ともすっごく楽しそうなんです。それもこれもゲイルさんのおかげです!」


 クララ女王は置き去られた三人分のマントを拾い上げながら言った。

 これじゃあどっちが女王かわからなくなるな。


「それは良かったです。結構時間がかかってしまったので、俺はそろそろ行きますね」


 俺は改めて踵を返した。やや霧がかった空を見つめ、地面をグッと踏みしめる。

 空を駆けるモーションを頭の中に思い浮かべ、斜め上を目掛けて跳躍した。


「あっ、言い忘れてました! 今度会う時はもっと気楽に接してくださいねー!」


 高さ十メートルほどの位置に到達した時に、クララ女王が手を振りながら、中々難しいお願いをしてきたが、ここで立ち止まったら落下してしまうので、俺は咄嗟の判断で一度だけウインクをした。

 イエスでもノーでもない。難を逃れるための苦肉の策だ。

 まあ、何にせよ、ようやっと名も無き領地に帰還することができるな。

 帰ったらやることが山積みだ。ダンジョン攻略、領地の経営、食料と住民の確保。グスタフさんの言葉通り、少しの間はのんびりやっていくとしよう。

 

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