第58話 さらばウォーブルよ。

「——こんなに食料を貰っても良かったのか? 俺たちには何もお礼できることがないぞ?」


 俺は背中にあるバックパックを背負い直しながら言った。

 バックパックの中には国王が個人的に用意したという大量の食料が詰め込まれている。


「大丈夫だ。我が国は特筆した何かは他国に負けるが、安定性なら負けはしない。それにお礼を言うのはこちらの方だからな。こんなに盛大な出迎えをされるなんて、国王様も粋なことをするだろう?」


「そうだな。確かに凄い人数だ……」


 俺はゆっくりと首を動かして周りを見回した。

 明朝に出発すると言っていたとはいえ、まさかこれほどの出迎えがあるとは驚いた。

 フリードリーフが言うには、国王がすぐにギルドを介して国民に知らせを出したので当然だとかなんとか。

 それほど感謝をしているということだろうか。


「だろう? ウォーブルは平和が全てだからな。これしきのことは容易に行えるのだ」


「そうだな。他国よりも空気がうまいよ」


「ところで、こんな無駄話ばかりしていてもいいのか?」


 フリードリーフは俺から目を外すと、どこか遠くに目をやった。

 若干だがニヤニヤとしており、その顔は楽しそうにも見える。


「ん? ああ。そろそろ時間か。それじゃあ二人とも。早速帰ろう……って、先に行ってたか……ったく」


 俺がチラリと左右を確認すると、既にそこにはユルメルとニーフェの姿はなく、遥か後方で手を振っているのが見えた。

 どうやらフリードリーフは既にウォーブルから出て行ってしまった二人のことを見ていたようだ。


「はっはっは! ニーフェ殿は相当落ち込んでいたはずだったが、ゲイル殿と話すことで元気を取り戻したみたいだな。それにゲイル殿にあれだけグイグイ迫るとは驚いたぞ。我々にはほとんど口を開いてくれなかったからな」


 フリードリーフは腕を組みながら朗らかに笑っていた。

 朝起きて、食事をとって、出発するまでの間に俺がニーフェにくっつかれていたのを間近で見ていたからだろう。

 俺はニーフェのことをニーフェさんと呼べば「ニーフェです」と訂正され、目が合えば不敵に笑い、口を開けば俺のことを褒める。

 俺がニーフェの依存先に選ばれたことが容易にわかる行為が多々見受けられた。

 加えて、それを見たユルメルがかなり楽しんでいるみたいなので、火に油を注がないか心配だ。


「はぁ……まあいいや。それと、フリードリーフ。くれぐれもニーフェさんの詳しい事情については内密に頼むぞ?」


 俺はフリードリーフの耳元で囁くようにして言った。

 この件に関してはあくまでも秘密事項だ。

 幻の種族と言われる水精族が実在していたという事実は、絶対に他言するべきではない。


「わかっている。俺と国王様しか知らないから安心してくれ」


「ならいい。またな」


「一同敬礼! 正門が閉まるまでゲイル殿の背中を見届けよ!」


「「「はっ!」」」


 フリードリーフの言葉でより一層国民の声が大きくなると同時に、騎士たちが規則正しい動きで敬礼をしていた。


 俺はそんな姿を無言で数秒間見てから、大きく全開された正門へ向かって歩き出した。

 まずは先を歩く二人に追いついて、それから名も無き領地に帰る。

 それから改めて計画を立てるとしよう。

 未だにニーフェと詳しい話はできていないしな。








「づがれだぁっっ……! 慣れない環境に行くと大変だねー」


「ユルメルさん。その姿と言葉遣いは女の子らしくありませんよ?」


 若干弾力性のある床に倒れ込んだユルメルがだらしない声で言うと、それを見たニーフェが上品な口調で小さく笑った。


「いいじゃーん! 久しぶりの我が家だよ? っていうか、ニーフェはこれからどうするのさ? 森の中の湖だっけ? そこに戻るの?」


「いえ、私はもう既に行く当てがありません」


 ベッドで足をぶらぶらさせながら聞いたユルメルに対して、ニーフェさんは首を横に振って答えた。


「じゃあここに住むってこと!? ニーフェがいればお風呂にも入れるし、土地も潤うよ!」


「そうだな。俺もニーフェが良いならここに住んでほしいな。苦しい生活が続くとは思うが、確実に退屈はしないことを保証しよう」


 ニーフェさんがここに住むことはほとんど確定事項だろう。

 森の中にある湖に帰ろうにも、そこは既にシェイクジョーの自爆で再起は難しいほどに荒れているし、身がバレた以上中々住みづらいというのもあるしな。


「もとよりそのつもりです。だって、私はゲイルさんのモノですから……ね?」


 ニーフェさんは鮮やかな青色をしたロングヘアを揺らすと、あざといウインクを俺に見せつけてきた。

 ウォーブルから名も無き領地に帰る時も、今みたいな甘えたな口調や仕草を見せつけてきたので、既に俺はそれに対する耐性を得てしまった。


 対処法は簡単だ。全て受け止めれば良い。


「ああ。そうだな。お前は俺のモノだ」


「ふふ……またやってる……」


 俺が目を合わせて頷くと、ユルメルがその光景を見て笑っていた。

 棒読み一歩手前の感情を込めて言葉を伝えたことに笑っているのだろう。まあ、気にすることでもない。もう何回もこのやり取りをしているからな。

 それに、言葉を否定してニーフェに怒られるか、言葉を肯定してユルメルに笑われるかの二択なら、より安全な方を選んだほうが良いだろう。


「本当ですか! 嬉しいです!」


「……ニーフェがここに住むと決まった以上、やってもらいたいことがある。まずは、トイレと風呂を作ってほしい。土台はユルメルの魔法で作り、水源の確保はニーフェがしてくれ。できるか?」


 俺はキラキラとした瞳で俺の目を見つめるニーフェを軽くいなして、流れるように本題に突入した。


「はい! 任せてください! 行きますよ! ユルメルさん!」


「ちょ、ちょっとー! 手引っ張らないでよー! もうやるのー!?」


 ユルメルはフンっと鼻息を荒くして張り切っている様子のニーフェに外へ連れていかれた。

 おそらく、この家だけだと狭いので、新たに別の家を作るのだろう。

 俺がいない間に何か進歩しているかと思っていたが、あまりにも短期間だったということもあって、変わったのは床の弾力性と内部の装飾だけだった。


 まあ、二人の力が合わさればすぐに何でも作れるだろうし、別にいいか。

 その間に俺は計画を立てておくとしよう。

 酒の調達方法について、ドワーフがいる場所までの距離、道中イグワイアに寄るかどうか……色々とやることは山積みなので綿密に計画を練るべきだな。

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