第57話 ヤンデレニーフェは依存体質

「……私一人のためにこんな大層な事態に発展してしまって、本当に申し訳ありませんでした」


 ニーフェさんは座ったばかりの椅子から立ち上がると、長い髪を垂らして深く深く頭を下げた。


「ニーフェさん……その、大丈夫ですか?」


 それに対して、俺はどういう言葉をかけていいか分からなかった。

 別に迷惑だとも思っていないし、むしろラッキーなくらいだった。ウォーブルとの関係も持てたし、何より水問題が解決するので、俺は特に悪い事態ではないと思っている。


「私は……私は些か人を信用しすぎるのが早すぎるみたいです。今回の件も特になんの証拠もなかったのに彼のことを信用し、ゲイルさんのことを巻き込み、挙げ句の果てに一国の王の命まで奪ってしまうところでした。全て私の責任です。できることなら、なんでもおっしゃってください。この身を投げ出してでも責任を取る覚悟はできています!」


 ニーフェさんは今にも死んでしまいそうな絶望的な表情でツラツラと言うと、先ほどフリードリーフが眺めていた窓から飛び降りようとしていた。


「ちょ、ちょっと! ニーフェさん! 大丈夫ですって! 俺だって人を信じたせいで不幸な目にあったことはありますから! 無理に自分のことを責めないでください! わかりましたか?」


 俺は痛む全身に鞭を打って、すぐにニーフェさんの肩を掴み、危険な行為に及ぼうとしているニーフェさんに向かって全力でパッと頭の中に浮かんだ言葉をかけた。


 それにしても危なかった。ニーフェさんはかなり本気の形相だったな。

 というか、こんな人だったかな……。

 もう少し落ち着いているイメージを持っていたんだが、冗談にしてはやりすぎな気もするな……。


「……わかりました」


「わかってくれたなら何よりです。さあ、気を取り直して座ってお話でもしましょう?」


 俺は落ち着きを取り戻したニーフェさんに着席を促したが、ニーフェさんは座ろうとはしなかった。

 それどころか、まだ何か言いたげな表情で俺のことを見ている。


「どうしました?」


「……じゃあ、ゲイルさんが——」


 ニーフェさんは小声でぽつぽつと呟き始めた。

 下を向きながら言っているので、いまいち何を言っているのかが聞き取れない。


「はい? あの、少し目が怖いんですけど大丈夫ですか……?」


 俺はジリジリと小さく後退した。

 何かおかしな雰囲気を感じ取ったのだ。


「私が寂しくなったり、辛くなったりした時はゲイルさんのことを頼ってもいいですか? こんな私なんかでもゲイルさんは見限らないでいてくれますか? 私のことを裏切らないでいてくれますか? これからも私が死のうとしたら止めてくれますか? ずっと私のことを見ていてくれますか?」


「はぇ……?」


 俺は素っ頓狂な声を上げると同時に自然と首を振っていた。


 というのも、ニーフェさんは一切噛むことなく、息継ぎを挟まず、狂気的なまでの早口で捲し立ててきたからだ。

 黒より黒く、闇より暗い、深く底の見えないような目の色をしており、ハイライトは完全に消えていた。


「本当ですか!?」


「……」


 俺は再度無言で首肯した。

 さっきは意識的に首を振ったわけではなかったが、別に互いの欠点を支えあうことに関しては問題はないだろう。


 ニーフェさんの表情や口調が少し怖かったのでこの話を早く終わらせたかったというのが本音だが、そこは慎ましやかに隠しておくとしよう。

 あまり変なことを言うと、大変なことになる予感がしている。


「本当ですかぁ! ニーフェは嬉しいですっ! よろしくお願いしますね! ゲイルさん! ゆっくりとお休みになってくださいねー!」


 ニーフェさんは恍惚とした表情を浮かべると、蕩けるような口調で話しながら、うねうねと体を揺らして部屋から出ていった。

 最後は熱い眼差しで俺のことを見ていたが、俺は軽く手を振るに留めてニーフェさんのことを見送った。


「……ああ……そういうことか」


 途端にしんとした部屋の中で、俺は一人わかったことがあった。


 ニーフェさんは俗に言うヤンデレという部類だということだ。

 人を信用しやすいというあの性格とシェイクジョーによって乱された精神状態が特異な方向に働いてしまい、依存体質な心が出来上がってしまったのだろう。

 そう考えると、シェイクジョーのことを調べもせずに信用したというのにも納得がいくな。


「はぁぁぁぁぁ……」


 俺は深いため息をついてから、テーブルの上にあるグラスに口をつけた。

 先ほどの緊張感の漂う雰囲気で、知らず知らずのうちに喉が渇いていたのだ。


「……」


 まあ、いい。あの様子だと、これからも俺に協力してくれるだろうし、うまく付き合っていけばそれほど問題はないだろう。


 俺は特に眠気もないので、朝が来るまで目を閉じて横になって日の入りを待つことにした。


 

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