第36話 アウタートの策
「どうぞ。ここには感情に左右される者は誰一人としていないので、席にお掛けになって楽にしてください」
「ありがとうございます」
アウタートさんは俺のことを以前と同様の客室に通した。
「それで……わたくしも詳しくは把握しておりませんので、ゲイルさんの口からお聞かせ願いますか?」
俺が席に着くと同時に、アウタートさんはまたもや謎の薄い板を懐から取り出してテーブルに置いた。
だが、その行動や視線には特に疑いの感情を孕んではいなかったので、アウタートさんは対等な視線でものを考えてくれていることがわかる。
「はい。アウタートさんもコロシアムにいらしていたので既にご存知だとは思いますが、俺の決闘の相手であるドウグラスが死にました」
「本当に死んだのですか?」
「ええ。ですが、厳密には俺の目の前で殺されました……」
俺は頭の中でドウグラスが
同時に元凶である悪魔ボルケイノスの笑みも思い出される。
「殺された……? それはゲイルさんではなく、第三者が、ということですか? 一体誰が……」
アウタートさんは俺のことを疑う様子もなく、目を細めて自身の髭を撫でると、謎の薄い板に目をやった。
「悪魔ですよ。悪魔ボルケイノスです。ドウグラスは悪魔と契約を結んだ結果、身を滅ぼされたんです。コロシアムにボルケイノスの死体はありませんでしたか?」
俺は疑われないようにボルケイノスの死体をあえてコロシアムに残しておいた。
それがあれば、もしも俺が疑われても弁明することができると考えたからだ。
「悪魔……ですと? そのような死体は見受けられませんでしたが、キメの細やかな砂はコロシアム上にありましたね。風に流されて散りばめられていましたよ」
死体はなかった……というよりも時間と共に消えた、いや、砂になったという考えの方が正しいか。
どういう原理なのかは不明だが、死体がない以上、そうじゃないとおかしいからな。
「そうですか。となると今一番怪しいのは……俺……ですかね?」
俺はアウタートさんの顔色を伺いながら言った。
色々と考えを巡らせてみたが、第三者視点で考えてみれば俺が一番怪しい存在だろう。
情報に踊らされた無知な民衆が起こしたあの行動にも少しは納得がいく。
「確かにそうかもしれませんが、わたくしはゲイルさんが殺したとは考えていないので安心してください」
「本当ですか? 自分で言うのもなんですが、今の話は何の信憑性もないですよ? 俺が嘘をついている可能性だって大いにありますし……」
予想外のアウタートさんの答えに俺はやや前傾姿勢になりながら言った。
こうまでして俺のことを信頼する理由がわからないからだ。
「いえ、ゲイルさんはわたくしとの会話で一度たりとも嘘はついていませんよ……その証拠に、ほら? これが光を発していないでしょう?」
アウタートさんはこれまで度々視線を送っていた謎の薄い板を手に取って見せてきた。
「光……? それは一体なんですか?」
「これは相手の嘘がわかる優れもので、嘘をつくと光るんです。例えば、#国民なんて大嫌いだ__・__#……と言った感じです」
アウタートさんが棒読みでそれを口にすると、薄い板が淡い光を発し始めた。
これはすごいな。何年も冒険者をやってきたが嘘がわかる道具があるなんて知らなかった。
「ということは、前回の時も俺が嘘をついていないとわかっていたんですね?」
「ええ。そして今回も嘘はついていませんでした。なので、ゲイルさんの決闘相手を殺したのは悪魔ボルケイノスで間違い無いでしょう」
アウタートさんは俺の目を見ながら薄らと笑みを浮かべた。
「……安心しました。これで何とかなりそうですね」
それを見た俺は肺の中から濁ったような冴えない空気が全て出ていくような感覚を味わっていた。
なにはともあれ、これでアノールドには身の危険を感じることなく滞在できそうだな。
「いえ。これはわたくしの予想ですが、ゲイルさんはもうアノールドには今までのようには身を置けないと思います」
だが、そんな俺の期待を裏切るようにアウタートさんは言葉を返した。
「え……? ど、どうしてですか? これで疑いが晴れたわけですから、今すぐにでも国から声明を発表してくれれば——」
「——いえ、先ほどの民衆の声はそれだけでは確実に収まらないでしょう。国からの声明とはいえ、民衆がそれを絶対に信じるわけでありません。中には疑いにかかる人もいるくらいです。それにゲイルさんも知らなかったように、民衆は”コレ”の存在を全くと言っていいほど把握していませんしね」
アウタートさんは焦る気持ちを表に出していた俺の言葉を遮ると、それを落ち着かせるようなトーンでゆっくりと淡々と言葉を並べていった。
「それでは、ギルドカードで悪魔を討伐した証明をするというのはどうですか?」
ギルドカードには討伐したモンスターの名前と数が自動的に記される。
どういう理論かは不明だが、これなら証明できるかもしれない。
「それも可能です……しかし、冒険者よりも一般人の方が多いことを忘れてはいけません。それに、国からの説明もギルドからの説明もそう大差はありません」
唯一俺が思いついた提案だったが、アウタートさんは首を横に振ってすぐに却下した。
「……では、どうすれば?」
ここにきて冷静さを取り戻した俺はアウタートさんに聞き返したが、何かこれ以上の策があるとは思えなかった。
「ふふっ……ゲイルさん、お忘れですか? わたくしとの約束を……」
「約束……ですか?」
アウタートさんはらしくない不敵な笑みを溢すと意味ありげなことを言い出したが、俺には何が何だかわからなかった。
「ええ。前回お話しした際に約束をしたでしょう?」
「前回……約束……あっ! 名も無き領地の件ですか? ですが、それについてはもう終わったはずじゃ……」
ここで俺は閃いた、というより思い出した。
名も無き領地についての件は既に達成できなかったものとして俺の中で処理されていたので、まさかここにきてその話をするとは思っていなかった。
「終わりだなんてとんでもない! ゲイルさんは人類共通の敵とも言える悪魔を単独で討伐し、人々の命を救ったのです。そのお礼として、わたくしから個人的に悪魔を討伐したことへの感謝を示す報奨金に加えて、約束通り名も無き領地を譲渡することに決めました」
「……え……?」
アウタートさんの言葉に、俺はその場で口をあんぐりと開いて固まってしまったのだった。
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