第35話 民衆の抗議と唯一の救い

「——んだよ……この音は……」


 明朝。俺は騒がしい音で目が覚めた。


「……イベントでもしてんのか……?」

 

 いまいち覚め切らない意識の中、古びたカーテンを開いて外を確認してみると、そこには大勢の人々が俺が泊まる宿の前で何やら叫び声をあげているのが見えた。

 中には見知った顔の冒険者の姿も散見されたが、俺が認識していない人の方が明らかに多い。

 俺は大切な睡眠を妨害されたので、文句の一つでも言ってやろうと窓を開けた。


「——おい! あいつだぞ!」

「よくもまあ、のうのうと生きていられるな! 人殺しが!」

「決闘とはいえ人の命を容易く奪うなよ! あん時みたいに俺らの意識を奪っても無駄だからな! 大人しくしろ!」


 大勢の人々は俺がいる部屋を目掛けて石を投げ、暴言を吐き、怒り狂ったような顔つきで俺のことを睨みつけていた。


 なんだよこれ……。


「どうしてドウグラスを殺した! そこまでする必要はあったのか!」


 一人の男が叫んだ時、俺は全てを理解するとともに冷静になった。


「ああ、そういうことか……まさかこんなに早いとはな」


 ここに集まった大勢の人々は俺がドウグラスを殺したと勘違いしているのだ。

 見覚えのある冒険者はコロシアムで決闘を観戦していた者たちだろう。

 現地にいた彼らがあることないこと噂を広めることで、無知な群衆が列をなして俺のもとへと抗議にやってきたってわけだ。


 近いうちにこうなるだろうとは思っていたが、まさかこんなに早く広まるとはな。


「なに平然としてやがる! 彼女らの気持ちにもなってみろ!」


 大勢の人々の中央にいた気の強そうな女が引っ張ってきたのは、どこかで見覚えのある二人の女性だった。

 女性は二人とも全身の至る所に痛々しい包帯を巻いていることで、ドウグラスから与えられた傷の程度が窺える。


「君たちは……」


「返……て……! 私たちのドウグラスを返してよっ!」


 片方の女性が杖をギュッと強く握りながら泣き崩れると同時に、それに共鳴するように人々も抗議の声を上げた。


 くそ……埒があかないな。

 むしろ俺は巻き込まれた側だってのに、こんなんで罪を着せられたらたまったもんじゃない。


「……」


 何か言い返してやろうかと思ったが、俺はうまく言葉が出てこなかった。

 ここで無駄な言葉を吐いてしまえび、ますます誤解を生んでしまうような気がしていたからだ。

 大勢の人々の俺に対するヘイトは、もうどう足掻いても抑えられないだろう。


「……くそ」


 俺が大勢の人々を見ながら頭を抱えていると、見知った気配が静かに接近してくるのがわかった。


「——街が騒がしいから駆けつけてみましたが……皆様、いったいこれは何の騒ぎですかな?」


 艶のある革靴をコツコツと鳴らしながら大勢の人々に声をかけたのは、しっかりとした正装を着こなしたアウタートさんだった。

 その背後には少数の武装した兵士たちの姿もあることから、緊急で駆けつけてくれたのだとわかる。


「アウタートさん。話を聞いてもらっても?」


 アウタートさん御一行が現れることで大勢の人々は一斉に静まり返ったので、俺はその隙に乗じてアウタートさんに声をかけた。


「おや? ここはゲイルさんが泊まる宿の前でしたか。話ならいくらでも聞きますので、下へ降りてきてください。民衆は我々が鎮圧しておくのでご安心を……」


 すると、アウタートさんは少し驚いたような様子を見せたが、すぐに兵士たちに小声で指示を出し始めた。


 助かった……アウタートさんが現れなければ、俺の今後はどうなっていたことやら。


「ま、待ってください! いくらあなた様の指示とはいえ、ボクたちがそれを聞くことはできません! それにこいつは犯罪者で——」


「——黙りなさい。確証もない情報を信じることが愚かなことだといい加減気づきなさい。彼の善悪は国が責任を持って判断します」


「うっ……!」


 一人の野太い体躯をした男が声を荒げたが、アウタートさんは冷静な声色でそれを制した。

 男と他の大勢の人々は完全にその勢いに気圧されたのか、それから口を開くことはなかった。


「行きますよ、ゲイルさん」


「ええ……今行きます」


 俺はすぐさま窓から飛び降りてアウタートさんの元へ向かった。


 どういう方法で善悪を見定めるかはわからないが、今は目の前にある唯一の救いに縋るしかないだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る