第34話 ドウグラスの思惑
コロシアムからアノールドへ帰還した俺はユルメルの工房に足を運んでいた。
今日は色々と精神的にも肉体的にも疲弊してしまったので後日が良かったのだが、今後のことを考えると、早い段階でユルメルに俺の考えを伝えたほうがいいと考えたからだ。
「それで何があったの? ゲイルがこの前話してたドウグラスさんっていう人はどうしちゃったの?」
薄暗く、しんとした静かな空気の中、ユルメルは口を開いた。
コロシアムにいる時はドウグラスについては触れていなかったが、ユルメルも薄々感づいているのかもしれない。
「リング上の惨劇を見て気がついているかとは思うが、ドウグラスは死んだ」
俺は一切誤魔化すことなくユルメルに教えた。
「……そう。でも、どうして? 悪魔と何か関係しているの?」
ユルメルは分かってはいたみたいだが、少し目を落としていた。
名前しか知らない他人の命をこうも感受性豊かに思えるなんて、ユルメルは本当に優しい性格なんだろう。
「ああ。ドウグラスは力を欲して悪魔と契約を結んでいたらしい。だが、契約を守ることができずに、俺の目の前で殺された」
俺はそれを口にしている時に、ドウグラスの最後の言葉と、ボルケイノスと結んだ契約の内容が頭の中をよぎっていた。
「……」
ユルメルはどう言う言葉をかけたらいいかわからないのだろう。
口を真一文字に結んで黙り込んだ。
「だが、一つだけ気になることがあってな」
「気になること……?」
「ドウグラスの最後の言葉だ。あいつは死ぬ間際までずっと”殺しあい”とか”本気”とか、勝てないのを理解しているのに血生臭いセリフを連呼していたんだよ。おかしくないか? 終いには”早く殺してくれ”って言ってたんだ。どこか引っかかる気がしてな……」
今思い出してもそうだ。あいつは、ドウグラスは、最初からそんな言葉を強調していた気がする。
まるで自分のことを早く殺してほしいかのように……。
「それは決闘だからじゃない? 力を欲していたなら、本気で戦ってもおかしくないと思うけど……」
ユルメルはそんな俺の言葉を軽く一蹴したが、問題は他にもあった。
「そうだな。だが、ボルケイノスと結んだ契約内容によってはこんな推理もあるかなって思うんだが……」
俺は無意識に顎に指を添えていた。
こんなに深く思考したのはいつぶりだろうか。
「どんな推理?」
「まず、ドウグラスがボルケイノスと結んだ契約の内容についてだ。俺の聞き間違いじゃなければ、確か『二人の女を差し出すこと』だったはずだ」
ボルケイノスはドウグラスに力を与える代わりに、自身の力の糧となる二人の女を欲していた。
しかし、ドウグラスはそれを守ることができなかった。
「うーん……それがドウグラスさんの言葉とどう関係しているの?」
ユルメルは小さく唸って考えていたが、まだ答えは見えてこないようだ。
「……ユルメルにはドウグラスに二人の魔法使いの仲間がいた話はしたよな?」
俺はユルメルに答えから最も近いヒントを提示した。
ユルメルにはドウグラスと俺の揉め事を全て話したはずなので、おそらく知っているはずだ。
「うん。理不尽な扱いを受けてボロボロになってたっていう二人だよね……あっ!」
ユルメルは腕を組みながら首を数回縦に振っていたが、途端に気がついたことがあったのか閃きの声を上げた。
「気がついたか?」
それを見た俺は薄らと口角を上げながらユルメルの目を見た。
「うん! もしかして、ボルケイノスが欲した二人の女って……ドウグラスさんの仲間の……」
「そう考えるとドウグラスの言葉にも納得がいくだろ? 大切な仲間を渡したくないからこそ、わざと二人の仲間を厳しい仕打ちに合わせて、自分のもとから離れさせようとしたんだ。まあ、俺はその二人の仲間の性別は覚えていないから、なんとも言えないけどな……」
ただの仮説だ。当の本人であるドウグラスもボルケイノスもいないので、正しいかどうかは一生わからない。
ましてや、俺は二人の仲間の魔法使いが女かどうかも覚えていないので、胸を張ってこれが真実だとは到底言えないだろう。
「うーん……続きは?」
話の途中でユルメルが悩ましい声をあげたが、俺は話を続けていく。
「ああ。ドウグラスはそこで自分も死ぬ気でいた……だが、そこで不幸にも俺が現れてしまったため、失いかけていた命を救われてしまったんだ。だから俺に濡れ衣を着せて決闘を申し込むことによって、合法的に自分のことを殺させようとしていたんだろうな」
こう考えれば辻褄が合う気がする。
契約を結んだ本人が殺されれば、契約は強制的に破棄されるからこそ、ドウグラスは早い段階で死のうとしていたのだろう。
だからこそ部外者であり自身よりも強いと確証が持てる俺を標的に選んだんだ。
決闘という名目なら死んでもおかしくはないからな。
「で、でも! 契約がお互いの条件に合致しなかったら、そもそも断るんじゃ……」
「考えてもみろ。相手は悪魔だぞ? 契約に従順とは口では言うが、信じるだけ無駄だ。後から色々と条件を突きつけた可能性だってあるからな」
俺は話が良すぎるせいで納得がいっていないユルメルを咎めるように言った。
口も悪く、あまりいいイメージのないドウグラスの美談のようになったせいで、いまいち信じきれていないのだろう。
「別にこれは俺の妄想だから信じなくてもいい。口にしていて気分が悪いが、悪魔と契約を結んでしまったあいつの自業自得だしな……」
結果的にドウグラスは二人の仲間を助けたが、無関係な俺を巻き込んだ上に悪魔まで呼び寄せてしまったのだ。
俺がボルケイノスよりも強かったからなんとかなったが、そうじゃなかったら今頃アノールドは危機を迎えていたに違いない。
「……そっか……」
「ああ……俺はもう帰るよ。またな」
フッとため息をついて心を落ち着かせたユルメルを置いて、俺は外へと続く扉に手をかけた。
心身ともに疲れているため、これ以上話がしたいとも思えなかった。
「ばいばい。また何かあったら協力するね」
「……」
俺は小さな手をひらひらと振るユルメルに軽い笑みを返してから外へ出た。
「結局、何も得られなかったな……」
俺は満月を見ながら呟いた。
明日からは普通の生活に戻ることだろう。そこでまた一からやり直すとしよう。
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