第10話 積もる不安
「——うわぁぁ! すごーい! すごいよ! ゲイルさん!」
クララ王女は普段の五割ほどのスピードで走り続ける俺の背中の上で大はしゃぎしており、とても王女とは思えない欠落した語彙力で「すごい! すごい!」とひたすら言い続けている。
良くも悪くも素直な性格なのだろう。
「……」
そろそろだだっ広い草原を走り始めて十分ほど経過しただろうか。
既に返答の言葉が出てこない俺は、ただひたすら「いつ到着するかなぁ」なんてことを呑気に考えていた。
「あっ、もうそろそろ到着しそうですね」
「では、下ろすのは正門から少し離れた位置でいいですか?」
「え? どうしてですか?」
「俺なんかが王女を連れていたら明らかに怪しいと思うので」
国からすれば護衛までつけて出掛けていた王女が帰還していない時点で大騒ぎだ。
それに追い討ちをかけるように変な男——それもアノールドの人間が連れてきたとなると不自然極まりない。
「大丈夫ですよ! ゲイルさんは良い人なので! それに今日はもう遅いのでゆっくりしていってください! 部屋も用意させます!」
俺がクララ王女をその場に下ろそうと屈んだ時だった。
クララ王女はその細い体躯からは想像できないほどの力でガッシリと俺に捕まり始めると、早口で強引に俺の予定を決めたのだった。
「……わかりました」
正直不安しかないが仕方がない。
俺は王女らしく駄々をこねるクララ王女を背負いなおし、再びイグワイアへ向けて走り始めたのだった。
◇
「——クララよ。無事で本当に何よりだ。して……隣の男は何者だね?」
今この場にはピリついた空気が漂っている。
それもそのはず、自分の大切な娘が帰ってきたかと思ったら護衛も馬車もなく、いたのは薄汚い男だったのだから。
「お父様! 実は帰る途中で何者かに襲われてしまったんです! その時に護衛の方がやられてしまって死を覚悟していたのですが、ゲイルさんがヒーローのように颯爽と現れたんです! だからゲイルさんは悪くないんです!」
クララ王女は国王ににじり寄っていき、切羽詰まったような声で事情を説明した。
このクララ王女の態度から察するに俺への好感度は予想以上に高いらしい。どういうわけか随分と信頼されているようだ。
かくいう俺は穏便に済むように入室から今まで膝を突き頭を下げ続け一度も口を開いていない。
「ほう? ゲイルとやら……それは本当か?」
「……はい。俺はクララ王女を助けました」
突然話を振られた俺は焦りを隠そうと沈黙を挟んでからゆっくりと顔を上げて答えた。
もちろん国王と話すときの口調なんてわからないので適当である。
さらに俺は視線も特に合わせることなく、横にある窓から外を眺めていた。
薄くて綺麗な窓からはイグワイアの街並みが一望できる。
「ふむ……」
どうやら国王は俺のことを信用しきれていないようだ。
無論、それはこちらも同じだが。
どうもこの国王は胡散臭い。
娘が帰ってきたというのに感情の起伏も少ないし、どこか反応があっさりしている。
それに俺がいることに驚いてはいるものの、護衛が死んだことに対しては全く関心がない。
まるで全て知っていたかのように。
それが国王の素の姿と言ってしまえばそれまでなのだが、引っかかる部分が多すぎる。
面倒だが一度首を突っ込んだ案件だ。最後までとことん付き合うとしよう。
「お父様。それで一つご相談があるのですがよろしいでしょうか?」
ここで話がひと段落ついたと踏んだクララ王女が、一つ咳を挟んでから口を開いた。
「なんだ?」
それに対して国王は相も変わらず表情を一切変えることなく答える。
「こちらのゲイルさんに部屋を一つ用意していただきたくて」
国王のこの態度や雰囲気からすると断られてしまいそうだが、どうだろうか。
「……いいだろう」
国王は若干ではあるが顔を顰めて頷いた。
普通に見えは気づくことができない程度に。
「ありがとうございます」
俺は恭しく装いながら頭を下げる。
まさか承諾してくるとはな。
何か考えがあるのか? 俺のことを殺すためか?
それとも手の届く範囲で監視したいからか?
とりあえず警戒はしておいた方が良さそうだな。
「やったぁ!」
国王の言葉にクララ王女は素直に喜んでいた。
裏表のない素直な性格だからか、あまり物事に関して疑いを持っていないようだ。
まあ、普通に生きていたら当たり前か。
俺の考えすぎかもな。
「部屋は使用人に案内させよう。二人とももう行って構わない」
国王が二回ほど手を打ち鳴らすと、案内を担当するであろうメイド服を着た女性が扉を開いた。
彼女が使用人なのだろう。
「ゲイルさん! 早く行きましょう?」
クララ王女はすぐに扉の前に行くと、そこで待ちきれないといった様子で足踏みをしていた。
だが、少し待ってほしい。
「いえ。国王様と少し話したいことがあるのですが、少しお時間をいただいてもよろしいですか?」
これは割り切った話をできるチャンスだ。
俺は床についた膝を離してふらっと立ち上がり、国王の目をじっと見つめた。
こういう時はストレートに言葉をぶつけるに限る。おそらく何も知らないであろう使用人やクララ王女の前では、余程の理由でもない限り断ることができないからだ。
「……」
国王は沈黙した。
キッと目を細め、何かを考えているようだった。
「どうでしょうか? 少しでも俺の疑いが晴れるように弁明でもしようかなぁと思いまして」
「……よかろう。クララ。先に部屋へ行ってなさい」
俺の言葉に国王は目を閉じてゆっくりと頷いた。
いや、頷かざるを得なくなっていた。
「わかりました! ゲイルさん! また後で!」
クララ王女も二人だけで話すこともあるのだろうと察したのか、そそくさと使用人を連れて部屋を後にした。
俺はクララ王女に小さく手を振り、気配が完全に離れていったことを確認してから国王の方に向き直った。
「それで何かね? 話したいことというのは」
国王は悪魔でも何も知らないという
さあ、どこから攻めてやろうか。
確証はまだ掴めていないが、この質疑応答次第では何か別のことがわかるかもしれない。
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