第5話 終焉の時

「どういうことだ……?」


 俺は先程まで傷だらけだった自分の体の状態を確認して驚いていた。

 脇腹にあった二十センチほどの深い斬り傷は傷跡こそあるものの完全に治っており、不思議と不快な気怠さも解消されていたからだ。


「俺は肉を食っただけだよな……? それで傷が治ったのか……?」


 俺はコカトリスの肉を食っただけ。それだけだ。

 これまでにもモンスターの肉ならいくらでも食べてきたが、傷が治るなんてことは一度もなかった。

 仮にこれで傷が治ったのだとしたら、とんでもない事実を発見したことになる。


 なぜなら——


「——これでいくらでも戦える」


 こうなるに至った原理こそ不明だが、これまでのように傷を癒すために休む必要もなくなったわけだ。

 今の俺は今までにないくらい強い。そう断言できる。

 コカトリスとの死闘を制し、更には傷を治す術まで得てしまったからだ。


 俺は戦える! 俺はまだ舞える! 俺は強くなれる! 


 これからもっと下に潜ることで訪れるであろう今以上の死闘を想像するだけで、己の心の奥底にある闘争心が燃え上がってくるのがわかる。


「ふふ……」


 思わず口角が上がり、心を落ち着かせるように血濡れた刀をブンっと勢いよく横に振るった。

 振るわれた刀は風をおこし、斬撃を飛ばし、安地から外へと続く道を強引に創り出した。


 やがて空気がしんと静まり、聞こえるのは高鳴る俺の鼓動の音のみになる。


「これからのことを考えるだけでワクワクしてくるな」


 俺は天井から差し込む光に照らされてキラリと光る愛刀を眺めながらニヤリと呟いた。





「……」


 索敵を行いながら無言で刀を振るっていく。

 通りの角から現れたばかりの醜悪なモンスターは俺の姿を認識する間も無く肉片と化す。

 

「このフロアにもう用はないな」


 俺はモンスターを斬り捨てた刀を小さく振るうことで血を落とし、そっと鞘に収めていく。

 このフロアにはもう俺に敵うモンスターが存在しないことが分かったからだ。


「……」


 フロアの探索が終わり、安地へ向かう道中。

 俺はフッと気を抜いて息をつこうとするが、どうも気持ちが落ち着かない。


「ここにきて四年……か」


 これまで積み重ねてきた膨大な努力のことを考えるだけで、思わずため息が溢れてくる。

 

 俺がダンジョンに篭り始めてから四年——つまり、あの日のコカトリスとの邂逅から三年の月日が流れようとしていた。


 俺なりの冒険は順調に進んでおり、今日まで何度も危険な目にあったが、そこは不屈の精神で乗り越えてきた。

 だが、その冒険も今日で終わるかもしれない。


「……この溢れ出る膨大かつ濃密な殺気……これはいよいよかもな」


 俺は下を見て、眉を顰めた。

 これまでにもただならぬ気配を感じたことはあったが、これに関しては桁が違うとはっきり言える。

 フロアが違うというのに、その殺気にやられてしまって俺の腕は小さく震えているのがわかる。


 恐怖。武者振るい。興奮。様々な感情が入り混じる俺の心を表現することは難しいが、これだけは言える。


「楽しみでならない」


 今の俺はおそらく不敵な笑みでも浮かべているのだろう。

 コカトリスとの邂逅以来、俺はそうなってしまったのだ。

 自分より強いものを見ると戦ってみたくなるのだ。


 あの日のコカトリスに始まり、数々の格上のモンスターと戦ってきた。

 そして、そのたびに生と死の狭間を行き来し、討伐したモンスターの肉を喰らう。

 それを繰り返すことで着実に実力をつけてきた。


「……長いようで短かったが、それも今日で終わる……」

 

 これまでの出来事を懐かしんでいるうちに安地に到着したので、俺は戦闘の準備に入った。


 瞑想をするように目を閉じることで精神を統一し、心が乱れないようにゆっくりと刀を鞘から抜いていく。

 そして下から感じる気配を頼りに索敵することでモンスターの位置を割り出し、グッと刀を握る両腕に力を込める。


 運が良い。下のフロアのどこかで待ち受けるモンスターは安地の真下にいるみたいだ。

 それに——


「——大物だ」


 俺は一気に溜め込んでいた力を解放するように目を開き、刀を振り上げ、下方向を目掛けて斬撃を飛ばす。

 以前とは桁違いな威力にまで成長した斬撃は軽く安地を吹き飛ばし、真下へ続く道を強引にこじ開ける。


 それを見届けた俺はすぐに刀を鞘に収め、次の行動に移っていく。

 崩れていく安地だった瓦礫は自由落下を始めるが、俺は瞬時に瓦礫を足場にしてスピードを上げ、割り出したモンスターを目掛けて勢いよく宙を駆けていく。


 宙に浮き、逆さの状態でいる間は目を閉じ続け、左手で鞘を支え、右手で刀をグッと握り、次に繰り出す一撃を放つ準備を始める。


 やがて周囲の音は俺の耳に入らなくなり、頭の中にあるのは俺とモンスターの位置のみになった。

 モンスターの位置は安置の中心から横に三メートルほど進んだ先。こちらに気がついてはいるものの、呼吸や空気感から察するに何が起きたかは理解できていないようだ。


 一撃だ。全てを込めろ。四年の経験、努力、成果を思い出せ。


「……フゥ…………」


 体内の空気を出しきりより集中することで、コカトリスとの邂逅や、その後の数々の難敵との死闘が鮮明に思い出され、次々と頭の中で再生されていく。


 そして最後に頭の中で響いたのは俺がここに至る原因となったあの言葉だった。


『お前を【月光】から追放する』

『お前の境遇には笑っちまったよ!』


 その言葉を吐いたのはケタケタと悪い笑みを浮かべるマクロスだ。


 俺は刀を握る手に血が滲むほど力を込めた。


 そして、カッと目を見開き、驚きの表情を浮かべる巨大なドラゴン種のモンスターの首元を見据える。


 背後にある瓦礫を足場にすることで、よりスピードを上げ、横をすり抜けざまに空気を斬り裂くように刀を抜いた。


「——ここまで強くしてくれてありがとな……ッ!」


 俺の刀はやつの首を一瞬のズレもなく綺麗に斬り裂いた。


 斬り離された首は宙を舞い、静かに着地をした俺が刀を鞘に収めると同時にぼとりと落下した。

 それから数秒後。やっとのことで己の死を認識した胴体だった肉塊が、使い手失った人形のように崩れ落ちることで、俺は見事勝利を収めると同時にダンジョン生活の終わりを迎えたのだった。

 

 

 

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