第10話 アリシアは錬金術を習いたい
「あの、トール様。実はわたくし、同年代の同性の友達が居ないのです。それでわたくしと間違えられたと噂のトール様なら今時の令嬢がどのような物に興味を示すかわかるのではないかと、そう思ってお誘いしました」
いや、僕はそれの一番対極にいるからな?
思わずため息をつきそうになるのを堪え、ふと出会ったことのある貴族令嬢を思い返してみる。
そしてすぐに気分を害した。
王国の貴族は選民主義で、平民を使い捨ての道具か何かと思い込んでいる。
洗脳に近い教育がされていて、それを信じた子がそれはもう手に負えない勘違いをしでかすのだ。
だから僕は一般的な見識よりも、今自分がどうありたいかを説く。
「アリシア、僕としてはアリシアはアリシアが思うままにするのが一番だと思うよ」
「わたくしの思うように、ですか?」
「そう。周りがどうだからと、それに自分を合わせていたらどこかで無理がかかってしまう。僕も同じ道を通ってきたからね、分かるんだ」
「そうですのね」
アリシアお嬢様はどこか物悲しげに俯いた。
どうやら僕になんでもかんでも頼るつもりだったようだ。
同じ背格好でありながら大人びている僕を眩しく思ったのだろう。
それかこの子の両親が過剰に絶賛したかのどちらかだな。
「では質問です。トール様はなぜ錬金術に着手しているのでしょう?」
「アリシアは錬金術は?」
「お母様から教えていただきましたが、さっぱりと」
「そう」
この子なりに自分に出来ないことができる僕はすごいと言う認識なのかな?
つい悪い意味で考えてしまうことだけど、それは僕の悪い癖か。
「アリシアにとって錬金術ってどういう風に見ているかな?」
「わたくしにとって、ですか? うーん、難しくてよくわかりませんが、人々の為になっている素晴らしい仕事ですわ」
良かった。もしここが王国なら、間違いなく貴族の落ちこぼれに与えられた侮蔑の言葉が添えられていたはずだ。
それを僕くらいの見た目の子が当たり前のように言う世界。
居心地が悪いなんてものじゃない。
僕に婚約を迫ってきたのもその類だ。
「うん、そうだね。僕はみんなの笑顔が見たくてこの仕事をしようと決めたんだ。試しに一つ僕の仕事を見せようか?」
「宜しいのですか?」
「この事はお父様とお母様には内緒だよ?」
「どうしてです?」
「僕の錬金術は他とはちょっと違うからさ」
「内緒……わたくしとトール様の秘密でございますね?」
「うん、守ってもらえる?」
「もちろん、お墓にまで持っていく所存ですわ」
そこまでしてしなくても良いけど、でも僕の錬金術は口では説明できないやつだからなぁ。
口外してくれなければそれでも良いか。
「じゃあいくよ?」
「はい」
掌を合わせ、広げた周囲に金色に光る魔法陣が展開していく。
それを床に置けば、床の上で展開し続けた。
マジックバックからポーションの材料をいくつか取り出し、魔法陣の一つの上から投下する。
そこに展開したのは風の魔法陣。乾燥と粉砕を同時にこなすものである。
ある程度粉砕されたのはそのまま僕の魔力をたくさん含んだ魔法水を特定の温度で留めた温水の中でくるくると踊っている。
煮溶けた薬液は水の中でキラキラと光り輝く。
それが次の魔法陣に移ると、不純物が取り除かれて透明度の強い液体だけになった。
その魔法陣は冷却の効果があり、薬液を急速冷凍させていた。
指で触れるほどに下がった薬液はそのまま大きな瓶に注がれた。
一連の流れを見ていたアリシアお嬢様は、ポカンとした後にパチパチと手を叩いて僕を称賛する。
「この状態は濃いから、ここから希釈するんだけど、味見するくらいなら大丈夫だよ。一口味見してみる?」
いまだ光り輝く液体を覗き見て、お嬢様はハイと大きく返事をした。
手の甲に一滴垂らし、それを舐めとるように口に入れて目を閉じた。
「ああ、これがトール様のポーションなのですね。まるで突如大自然に身を置いたような開放感と包み込むような暖かさを感じます」
「原液だからね。これでは濃すぎる」
「そうですのね。それでこのポーションはどのような効果が得られるのでしょうか?」
「うーん、アリシアは子供だからそれほど効果はないけど、筋肉の痛みや、目眩やふらつき、肩こりや神経痛、お腹の調子が悪いなどの健康被害が一掃されるんだ」
「よくわかりませんわ」
「そうだね。でもここのお屋敷で働くメイドさんは毎日あくせく働いているだろう?」
「ええ」
「彼女たちは毎日疲労を蓄積させている。そんな彼女たちの疲れを取り除いてあげるのがこのポーションの仕事さ」
「まぁ、素晴らしいのですね」
「だろう? 錬金術は素晴らしい仕事なのさ」
純粋な子供だからこそ、真っ直ぐな言葉が意外と嬉しい。
「それではトール様、改めてお願いさせていただきたいのですが」
「何かな?」
「わたくしに錬金術を教えてくださいませんか?」
「え?」
まさかそこまで気に入られるとは思わなかった。
しかし鼻息を荒くする彼女からはメリアさんの如き執念が渦巻いていた。
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