第5話 包囲
「ば、馬鹿な……。皇国の魔女がこんなところにいるはずなど……」
棚に背を預けてしゃがみこみ、恐怖に頭を抱える五十代の男性刑事。
彼はもう完全に置物と化しているので、
「メイフェンさん、逃げましょう」
「そんなことをしたら、殺される……」
優しく微笑みかける美空に、メイフェンが震えた声で呟く。だがその様子は心ここに在らずといった感じだ。
取り調べでよほど怖い目に遭ったのだろう。無理もない。
「お姉ちゃんっ! ここにいたらもっと危ないよ! だから一緒に逃げよう!」
すると、シェンリーが駆け寄ってきてメイフェンにぎゅっと抱きついた。
そのおかげか、メイフェンが少しだけ反応を示した。シェンリーは更に言葉を継ぐ。
「このお姉さんはね、美空お姉さんっていうの。お姉ちゃんのこと、助けに来てくれたんだよ! それでねっ、美空お姉さんすごいんだよ!」
「シェンリー……」
興奮気味に話すシェンリーに、メイフェンが名前を小さく呼ぶ。
「お姉ちゃんっ!」
それを聞いたシェンリーは、顔をパッと明るくさせた。再び話せたことが嬉しかったのか、それとも無事だったことに安堵したのか。お姉ちゃんお姉ちゃんと何度も口にしながら、ぴょんぴょんと跳びはねる。
「あの、あなたは……」
しばらく妹のことを見つめていたメイフェンが、美空に顔を向ける。
「その話は後で。とにかくここを離れましょう。他の刑事たちもすでにこの事態に気付いているはずです」
「で、でも……」
「妹さんの頑張り、無駄にするつもりですか?」
「っ……!」
美空は強引にメイフェンを立ち上がらせ、腕を掴む。
「シェンリーもついて来てください」
「うんっ!」
彼女たちを連れ、一刻も早く警察署を出なければ。
しかし、廊下には多くの刑事が集結し、行く手を塞いでいた。
「皇国護衛隊の魔女が、何の目的だ」
「その姉妹を引き渡せ。そうすればお前のことは見逃してやってもいい」
「君にとって、そいつらを助けるメリットは何だ? まさか、その女は皇国のスパイなのか? だったら尚のこと都合が良い」
早くメイフェンとシェンリーを寄越せと、大人数で圧力をかけてくる。
これは実力行使が必要か。
美空は二人に自分の後ろに隠れるよう合図する。だが、メイフェンが首を横に振った。
「もういいんです。やめてください」
「ダメだよ、お姉ちゃん!」
警察から逃れることは出来ないと諦めてしまっているメイフェンに、シェンリーが涙声で訴える。
美空もメイフェンに視線を向け、刑事たちに聞こえないように囁いた。
「大丈夫です。絶対に生きて帰れます」
「信じて、いいんですね……?」
不安そうに訊くメイフェンに、美空は力強く頷く。
すると、メイフェンはシェンリーと身体をくっつけて自分の背後に隠れた。
これで準備は整った。美空は一歩前に出て、刑事の問いに答える。そして、いくつかの質問を投げかけた。
「私は困っている少女を助けたかっただけです。それで、彼女が一体何をしたと言うんですか?」
「その女は、あろうことか就役前の空母を撮影したのだ。テンシャン人民軍の最高機密、絶対に他国に流出してはならない情報。それを撮影するなど、スパイ行為以外の何物でもあるまい」
「果たしてそうでしょうか? メイフェンさんの場合、たまたま写り込んだだけと考える方が自然では?」
「経緯は何であれ、撮ったことが問題だと言っている」
刑事の発言に早速矛盾が生じる。
これはつまり、不当な逮捕であると認めたに等しい。
「そうですか。あなたたちの言い分は分かりました」
「では、その姉妹をこちらに引き渡してもらおう」
こちらに伸ばした右手の指をクイクイと曲げ、早くしろと催促する刑事。
「……全く、誰が引き渡すなんて言いましたか?」
大きくため息を吐いた美空は、右手を刑事たちの方へ伸ばす。そして、目を閉じて神経を集中させた。
「魔法目録二条、魔法光線」
目を開き勢いよく光線を放つ。その瞬間、刑事たちは一斉に吹き飛ばされ床に身体を打ち付けた。だが、思ったよりも魔法の威力が強かったらしく、光線は廊下を突き抜けて警察署の壁に穴を開けてしまった。
「これは、少々やりすぎてしまいましたね……」
頭を掻きながら後ろを振り返ると、シェンリーとメイフェンは呆然とした様子で口をあんぐりと開けて固まっていた。
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