第xxx話 あるはずの無い未来の話その前編

これはあるかも知れない可能性の物語。


細かな選択、ふとした出来事、思い出しもしない会話。

そんなモノで世界は変わっていく。

世界にもしもライトロウやダークカオス、そんな概念が有るとするのなら。

語られて来たショウマ達がその概念の中間、あるいは少しライトロウ寄りだとするのなら。

そんな風に仮定してみよう。

それがダークカオス寄りになったなら。

そんな仮定と少ない可能性の先にある物語。

起きる可能性より、起きない可能性の方が高い。

そんな夢のような、悪夢のような未来の物語。



ユキトは馬車を止めた。

ここは迷宮都市の入口。

数年前の迷宮都市からまた大きくなった。

ここから既に見える。

外壁。

『最も暗く深き迷宮』を覆う。

魔獣を溢れさせない為の壁。


「今日からここは『地底大迷宮』では無くなりましたよー。その名も『最も暗く深き迷宮』です。

 その最奥にいる“パンドーラの函”からのプレゼントです。受け取ってくださいですよ。魔獣の大暴走です。頑張って倒してくださいね」


その日、迷宮から魔獣が溢れ出した。

迷宮都市はその混乱から回復。

一回り大きな街へと復興を遂げたのだ。


ユキトはお客様を降ろす。

久々に会った彼女。

チャイナスタイルの服装。

身体にピッタリした薄い布の服。

ユキトは見惚れる。


それだけじゃない。

普通に考えたら激しい動きの妨げになる服装。

だが、その布地は『土蜘蛛の糸』製。

信じられない程の伸縮性で着る者は自由自在に動く事が出来る。

ミッシェルガンヒポポタマスの代表者が個人向けに作り下ろした服。

そんな相手に選ばれるのは彼女だけだとユキトは思う。


「ケロ子さん、着きました」

「ありがとっ、ユキトくん。

 ゴメンねっ、急に頼んじゃって」


「いえいえ、ケロ子さんのせいじゃない。

 カトレアさんのワガママでしょ」

「しかたないよっ。

 カトレアさん、『迷宮都市』冒険者の役員だものっ。

 気軽に迷宮都市を離れられないんだって」

 

「それを言うなら。

 ケロ子さんだって『大地の神は父さんだよ教団』の大僧正じゃないですか」

「アタシは代表者の仕事なんてしないよっ。

 勝手に動いていいって言うから引き受けたんだものっ」



彼女は既に一介の冒険者では無い。

『大地の神は父さんだよ教団』の代表者。

聖女エンジュの護衛戦士。

母なる海の女神教団と大地の神は父さんだよ教団を繋ぐ。

世界で最も強い闘士とすら呼ばれる。

拳で闘う者の憧れの女性。


懐かしい『地下迷宮』の入り口。

装備を整える冒険者の姿は無い。

既に『地下迷宮』では無い。

『地底大迷宮』ですら無い。

地下一階から六階まで、安全圏として開放されたのだ。

一階の入り口から六階まで転移昇降板で即移動可能。

冒険者達は六階で準備を整える。


六階から先へ、全部で何フロアなのかは誰も知らない。

噂では99階有ると言う。

何処かに近道、或いは転移装置が有りそうだがまだ見つけられてはいない。


クスッ。

ケロ子は笑う。

ショウマさまなら。

すぐ近道見つけちゃうんだろうな。

コレもしかして近道なんじゃない。

そんな場所にいきなり辿り着く。

謎の人が現れて、転移装置を教えてくれる。

そんな奇跡が日常的に起こりそう。


「何、笑ってんだよ。

 一人で気持ち悪りーぞ」

「良かった、ケロ子さん。

 来てくれたんですね」


ケロ子に声を掛けたのは。


逞しい女戦士

背中に担いだ弓。

使い込んだ革鎧。

誰の目にも歴戦の冒険者だ。


美しい白い衣、青いラインが入る。

首にはネックレス。

『海の女神の首飾り』

この世に一つしか無い、女神からの贈り物。


「カトレアさんっ、エンジュ。

 待たせちゃったかなっ」


女冒険者カトレア。

『不思議の島』を制覇したチームの一員。

弓戦士、弓士、弓聖。

弓使いの職業をコンプリートした女性。

三職業に就いた時点で弓の攻撃力、命中率は倍増。

弓使いの頂点。


聖女エンジュ。

引退した先代大教皇から引き継いだ。

唯一無二の女教皇。

『海底に眠る都』をケロ子と共に制覇した冒険者でもある。


「はいっ、カトレアさん。

 『闇梟の矢』」


ケロ子は特殊な矢をカトレアさんに渡す。


「おっ、サンキュー。

 お使い頼んじゃってすまないな」

「ついでだからいいよっ」


フワワシティでしか作れないのだ。

魔獣のドロップ品。

そこから特殊な武器を造る第一人者。

ルピナス・エインステイン。

彼女は帝国からフワワシティに移り住んでしまった。


帝国からは戻れと言う指示が何度も来てる筈だが。

ルピナスはシカト。


「だって、フワワシティは今や通行の要よ。

 『最も深く暗き迷宮』からも『海底に眠る都』からも。

 『不思議の島』、『鋼鉄の魔窟』、『竜の塔』『静寂の湖』。

 そしてもちろん『野獣の森』。

 何処からだって素材が入ってくんのよ。

 ここに居るのが一番研究が進むわ」


そんなこんなで特殊武器を提供してくれてるルピナスなのだ。



ケロ子達は地下六階まで転移昇降板で移動。

冒険者が多数いる。

七階へ降りる階段。

その前に広がった空間。

打ち合わせや、準備を整える者達。

彼らがざわついている。


「おい、アレ本物か?」

「当たり前だ」


「知らんのか、『最も深く暗き迷宮』攻略に乗り出したんだ」

「西方神聖王国迷宮冒険者部隊」


「さらに聖戦士の二人」


「聖戦士・槍、凛々しきナイトハチコ」

「聖戦士・弓、麗しのスナイパーハチミ」


「さらにレオン王子が加わると聖戦士、三人揃い」

「ケタ違いの能力を発揮するって言うぜ」


金属製の鎧。

時折、金色に煌めく。

ヒヒイロカネの鎧。

西方神聖王国第一王子レオン。

横にはブルーヴァイオレット、重戦士クレイトス等の姿もある。


ケロ子は冒険者達の中を進む。

ケロ子、エンジュ、カトレア。

その他母なる海の女神教団の選りすぐった戦士達のチーム。


声が掛けられた。

 

「ケロ子殿、エンジュ殿、ひさしぶりだな」

「ケロ子殿、エンジュ殿、お久しぶりです」


ケロ子は向き直る。

家族の様に一緒に暮らしてた二人。


「ハチ子ちゃん、ハチ美ちゃん。

 久しぶりっ、元気だったっ?」


「元気な訳は無い、元気である筈が無かろう」

「元気な訳は有りません、元気な筈が有りません」


素肌が透けて見えるチェーンメイル。

上に頑丈な胸当て。

スタイルは恐ろしく良い。

兜を付けていても美人なのが誰の目にも分かる。

白銀の美女、ハチ子。

黒銀の麗女、ハチ美。


「ケロ子殿、本当に我らに加わらないのか」

「ケロ子殿、本当に我らに加わらないのですか」


「うんっ。

 あの王子の仲間にはならないよっ」


ショウマさまのいいつけ。


「しかし、このクソ長い迷宮を突破するには我らの力が必要」

「この果てしない迷宮を突破するには我らとこの男の力が必須です」


聖戦士のトライフォーメーション。

聖戦士・剣、槍、弓がチームに揃うことで解放されるスキル。

単純な物理攻撃にも関わらず、複数の魔獣に範囲攻撃として効果が現れる。

スキルとしての魔力も消費しない。


永遠に続くかと思われる『最も深く暗き迷宮』に誂えたようなスキル。

確かにこの迷宮を踏破しようと思ったら必要だ。

しかし。


「我らはあのハコに攫われた方、王を取り戻す。

 力を貸せ、ケロ子殿」

「一刻も早くハコに囚われたショウマ王を自由にしたいのです。

 力を貸してください、ケロ子殿」


「うーんっ」

「うるせーな、しつこいぞ。

 ケロちゃんは嫌がってんだろうがよ。

 弟の不始末はウチらが付ける。

 オメーラこそ引っ込んでろよ」


「むっ、なんだと、貴様」

「ハチコ姉様、ショウマ王の御姉様です。

 乱暴はなりません」


「やっぱり、あたしはカトレアさんやエンジュちゃんと行くよっ。

 ハチ子ちゃん、ハチ美ちゃんも頑張ってねっ」


ショウマさまはいなくなった。

『最も深く暗き迷宮』

その最奥にショウマさまは居る。

ハチ子ちゃんも、ハチ美ちゃんも。

ショウマさまは攫われた、囚われている。

そう思っている。


「おいおい、あのハチコ様やハチミ様と対等に言い合ってるヤツらは一体?」

「後ろに引き連れてるのは、母なる海の女神教団の戦士みたいだが」


「バカバカ、お前ら声が大きい」

「不敬だって殴られても仕方ないぜ」


「あの服と首飾り見て分かんないのか」

「聖女様、聖女エンジュ様だ」


「その隣は弓聖カトレア」

「カトレア、『不思議の島』制覇メンバーの一員じゃないか」


「その横は武道家にして修行僧ケロコ」

「ケロコだって」


「大地の神は父さんだよ教団で行われた武道会の優勝者じゃないか」

「知らないのか、武道家ケロコは最近ずっと聖女エンジュと行動を共にしてる」


「エンジュ様とケロコ様で『海底に眠る都』を制覇したんだ」

「大地の神は父さんだよ教団と母なる海の女神教団の代表者って訳だ」


「エンジュ様、既に母なる海の女神教団の女教皇になられたって言うな」

「ああ、聖者サマが行方不明の今、人類の最大の希望だ」


「それだ、多分その聖者サマの探索に来られたんだ」

「それしか考えられない」


「ならばやはりこの『最も深く暗き迷宮』に聖者サマはいるのか」

「ウワサでは最奥に存在するアレに囚われているって言うぜ」


「アレか」

「そうだ」


「“パンドーラの函”」


“パンドーラの函”

災いを生み続けると言われる箱。

果てしなく現れる魔獣はこの箱から現れてくるのだと。


それに聖者サマは捕らわれている。

そう言われている。

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