第131話 歩く『野獣の森』その2

エリカとミチザネは呆然と眺める。

森が『野獣の森』が移動していく。

木々がいきなり高く積み上がったと思ったら。

更にその木のカタマリの様なナニカが移動していくのだ。


「何よ、何よアレ。

 森が移動していくじゃない」

「ふーむ。

 まるで歩いているようですな」


「ミチザネ、気は確か?

 森が歩くワケ無いじゃない」

「ですから、エリカ様。

 森が纏まって移動する訳も有りませんぞ」


いつも通りのやり取り。

いつも通りの言い合いで二人とも少し落ち着いた。


「どこへ行くのかしら?」

「あれは湖を越えますな。

 街道を越えれば、あの辺りは荒野が広がってます」


「何も無い場所へ向かってるってコト?」

「このまま、進めばですが。

 そうですね。

 湖と街道を越えてしまえば帝国領からも出る。

 誰の物でも無い、開拓もされてない場所です。

 あれに圧し潰されるような被害も無いでしょう」


エリカはナニカの移動を見物。

木々が森が集まった何か。

確かにミチザネの言った通り、二本の足の様なモノが有る。

上の部分も腕っぽい場所が有る。



「女神様」

「あれは女神様だわ」


「“森の精霊”フンババ様」

「森の女神様」


気が付くと周りの亜人の女性達が言っている。

女性達は移動していくナニカを見ている。

拝むような女性もいる。


女神様。

女神サマねぇ。

うーん。

木々が集まったナニカ。

人型っぽくは見えるけど女神サマ?

ああ、でも確かに頭部らしい場所には髪の毛に見えない事もないモノが靡いてる。

女神サマはともかく、何かトンデモナイ事が起きてるのは確か。



帝国軍の中。

ムラード大佐は輿の中にいる。


「まだ魔獣どもは片付かんのか」


魔獣が『野獣の森』から溢れて来た。

しかしムラードの周りは歴戦の兵士で固めている。

魔獣位でやられはせん筈だ。


ムラードは輿に乗っている。

人力車。

馬車を走らせるには道が悪い。

少し改造した兵士達が押して移動する車。

中からは外はあまり見えない。

外が見えるようにすれば、当然外からも中が見える。

弓矢で狙われる危険が有る。

用心の為である。


辺りからは叫び声が聞こえる。

魔獣と戦う音では無い。


「何だあれは!」

「近づいてくる」


「逃げる、俺は逃げるぞ」

「しかし…」


「あんなもの、俺達でどうにか出来るモノか」


輿から出て見れば兵士達は逃げようとしている。


「キサマラ!

 何をしている。

 魔獣などに後れを取るとは。

 それでも帝国軍の精鋭か!」


「大佐!」

「伏せてください」


「何だと」


その瞬間。

大佐の頭上が暗くなる。

日の光を遮るナニカ。

巨大な物。


それはムラードの頭上を乗り越えて行った。

自分より遥かに巨大なナニカ。


あれはいったい。

ナニカが頭上を通り過ぎ、去って行く。

歩いていくかのように二本の突起物が動きナニカごと移動していく。


今、俺はあの巨大なナニカに踏みつぶされるところだったのかもしれない。

ようやっと実感がわく。

ムラードは地面にへたり込む。

巨大なナニカは去って行く。

それを呆然と見送るしか出来ない。



「ありゃ一体何だったんだ」


タケゾウは呟く。

隣に有った木々。

『野獣の森』がいきなり見えなくなった。

替わりに現れたのは。

木々が集まった様なナニカ。

ナニカが動いていく。

自分の目で見たのでは無く、誰がそんな内容の事を言い出したならば。

「何、寝ぼけたコト言ってやがる」

そう言って一蹴するトコロだ。

自分が夢見てる訳じゃない。

なんせ、チェレビーやムゲンも見ている。

信じられないモノを見た。

全員そんな表情を浮かべてるのだ。


「うりゃっ」


タケゾウは刀を振るう。

“土蜘蛛”。

ムゲンも弓矢から矢を放つ。

“鎌鼬”。

これで付近にいた魔獣は片付いた。


「どうする、一度村に戻るか?」


帝国軍は総崩れ。

溢れて来た魔獣に対応できていない。

死体と化した兵士、傷ついた兵士が道には多数転がっている。

これ以上亜人の村にかまっている余裕は無いだろう。


魔獣は多数いた。

ベオグレイド方向に大多数は行った。

が、亜人の村にも行ったかもしれない。


キバトラが応える。


「いや、俺はあの女神の後を追う」

「女神~?」


なんのこっちゃ。


「アレです。

 あの森だったナニカのコトを言ってるようですよ」


ムゲンが言う。

指差してるナニカを見てみる。


「まあよ、確かに人の形に見えなくはないぜ。

 それも女っぽい体形だと思えばそうかもしれんが…

 しかし女神か…」


「そういや、ムゲン。

 女神に愛されてる。

 だから奇跡が起きるみたいなコトを言って無かったか。

 アレがお前の予想してた奇跡ってヤツか」


「いやいやいや。

 あんなもの予想もしてませんでしたよ」


止めてくださいよと言わんばかりの風情でムゲンが言う。


亜人の戦士達はみんな巨大なナニカを見つめてる。


「森だ、森が歩いていく」

「フンババ様だ」


「“森の精霊”フンババ様。

 俺は彼女に助けられた事が有るんだ。

 間違いない、フンババ様だ」


一人の戦士が言えば、他のモノも言い出す。


「俺もだ。

 若い頃、『野獣の森』でもうダメだと思った時、

 フンババ様に助けられたんだ」

「そうだ、あれはフンババ様。

 女神様だ」


「女神、フンババ様」

「我らの為に姿を現してくれたんだ」


「女神様」

「女神様だ」


タケゾウには良く分からないが。

亜人の戦士達には本気であのナニカが女神に映るらしい。

まあ確かに。

女神じゃなくて何なんだ?

そう言われればタケゾウだって答えられない。


別の答えを出せる人物がいるとしたらただ一人。

異世界から転生して来た少年。

彼ならこう答えるだろう。


「美少女だよ、美少女。

 だって僕のスキルだもの。

 美少女になるに決まってるんだよ」



さてその少年は。

何となく夢心地。

心地よい振動で揺さぶられてるのだ。

子供の頃、本当に小さい頃を思い出す。

母の胸に抱かれて移動した。

安心しきって身を委ねる。

柔らかいモノに包まれているのだ。

そんな気分。


その少し前。


「従魔にするって言っても。

 どうしたらいいの」


“森の精霊”フワワさんが迫ってくる。

確かにフワワさんは弱った様子。

ショウマは瀕死の魔獣を従魔にする事が出来る従魔師。

だけどフワワさん、魔獣なの?

ああっそうだ。

思い出してしまった。

ショウマのステータス。

組合で確認した時、もう疲れててあまり気にしてられなかった。

でも従魔術のスキルに増えていたのだ。

神霊従術 ランク1 。

うわー。

ホントウにフワワさんを従魔に出来ちゃうのかも。


でもショウマは何となく言葉が出ない。

今までみんなを従魔にする時。

心に言葉が浮かんだ。

タマモなら『我に従え 獣よ』。

ハチ子ハチ美なら『我に従え 虫よ』。

そんな言葉が浮かばない。


フワワさんが耳元に囁く。


「私の言った通りに言って。

 お願いよ、私のご主人様」


いやまだ、ご主人様じゃないよ。

そう思うけど。

まあいいや。

言う通りにしよう。

女性の言う事には素直なショウマだ。


気を落ち着ける。

さあ本当に出来るの。

目の前の女性は人間。

ホントウに人間なのか良く分からないけど人間風。

それを従魔にする?

まあいいか。

今までも弱った魔獣を従魔にして人間型にしてきた。

従魔を美少女にしてきたのだ。

フワワさんなら美少女にする手間が省ける。

おっけーじゃん。

その位に思ってみよう。

フワワさんに教えられた言葉。

ホントウにそれでいいの?

まあいい。

言われた通り。


ショウマは唱える。

その言葉は。


『我に従え 森よ』


その直後。

ショウマが居た空間。

見ている風景が高くなっていく。

ショウマの周りにナニカ集まって来る。

広がって存在していたモノが一つに集まって来る。


「すごいすごい。

 本当に森がまた復活した。

 わたしの管理下に有る。

 わたしの自由に動く。

 これなら…」


「ありがとう。

 ありがとう、ご主人様」


“森の精霊”フワワさんがショウマに抱き着いてくる。

咳込んで弱っていた女性。

健康になったみたい?。


「よーし。

 このまま移動するわ」


移動?


「ええ、もう『鋼鉄の魔窟』近くはうんざり。

 離れるわ」


揺れる。

ショウマのいた空間が揺れる。

視界も揺れる。

見下ろせば世界は低い位置。

ショウマは今上の方から世界を見下ろしているのだ。


これはアレだな。

「はーっはっはっは。

 見ろ。

 人がゴミのようだ」

とセリフを言わなきゃイケナイ場面じゃないの。

そんなコト考えてるショウマ。

まーそれはそれとして。

 

下には帝国兵らしき黒い服装の人達。

コイツラなら踏んづけてもいーや。

もっと亜人の村寄りにはタケゾウやムゲンもいるのかも。

さっき映像でそんなシーンを見た。

そっちは本当に踏んじゃダメだよ。


ショウマは口に出してないけど。

フワワさんにはストレートに伝わってる。


「大丈夫よ、安心して。

 向かってるのは逆の方。

 湖と街道を越えるわ」


そう言えば、ショウマは馬車でここまで来た。

街道を通って、湖沿いの道。

その逆側は荒野が広がっていたと思う。


「そうね。

 湖を越えて何も無い辺り。

 その辺にしましょう。

 もう少し離れたい気もするけど。

 でもご主人様の魔力が保たないわ」


魔力?

ショウマの魔力。

今、魔力が使われてるの?

確かに少しづつ何か抜け出していくような。

少しづつ疲れて来るような。

そんなカンジがする。

ちょっとずつ頭がボーっとしてくる。



「フフフ。

 ご主人様の魔力が膨大だからよ。

 普通なら一瞬で魔力切れだと思うわ」


フワワさんはショウマに抱き着いたまま。

その胸がショウマに当たる。

揺れる空間と、温かい女性の胸。

なんか安心する。

ショウマは頭がボーッとするのを感じる。

なんかもう寝ちゃいそう。


「駄目、もう少し堪えて。

 ご主人様。

 恩返しもしたいのよ。

 出来るのは今だけ」


ショウマの腕にフワワさんは更に胸を押し当てて来る。


これは。

胸が当たってますけど。

あててんのよ。

みたいな。

そんなカンジ。

今だけって?


「そうよ。

 淋しいけどいくらご主人様でも。

 ずうっと私達を従えて置く事は不可能よ。

 一瞬でも従魔に出来た。

 それだけでもスゴイ事。

 有り得ないような想定外」


フワワさんはショウマの従魔になった。

自分のLV以上の魔獣は従魔に出来ないんだっけ。

多分、ホントウは出来ない事。

フワワさんが自分の意思で無理やり従魔になったからだろうか。

自分のランク以上の従魔を従えてしまうとそれだけで魔力を消費する。

今はそういう状態?

じゃあフワワさんとはもうお別れ?


フワワさんの顔が近付いてくる。

獅子の仮面。

その下には唇が見えてる。

蠱惑的な赤い唇。

フワワさんとショウマの唇が触れる。

温かい何かがショウマの口に入り込んでくる。

ディープキス。


「そう、一緒に居られるのは今だけかもしれない。

 わたしにご主人様を感じさせて」


うん。

フワワさん。

ショウマも腕に力を込めてフワワさんを抱く。


フワワさんの体は柔らかく温か。

何か草花に包まれているみたい。

安心する。

日の当たる草原。

柔らかい植物に寝転がる。

そんなイメージ。

ショウマはフワワと一つに溶けていく。



【CM】

くろの小説、宣伝です。

次回予告とCMはセットみたいな。

『ゾンビと魔法少女と外宇宙邪神と変身ヒーローと弩級ハッカー、あと俺。』

https://kakuyomu.jp/works/16816452221149439173

『ゾンまほ』は一話千文字程度、毎日更新に挑戦中



【次回予告】

キューピーは仕事を終えた。今日は自宅に戻る。本宅とは別。ルメイ商会の公宅は大豪邸。キューピーの親族も住む別邸と一緒の場所。そこも自分の家だが、ゆっくり出来る場所では無い。ルメイ商会の会長として暮らす場所。今から行くのはキューピー・ルメイ個人として過ごす場所。

「そうです。母なる女神教団の有名人。聖女エンジュが来ているのですよ」

次回、キルリグル微笑む。 

(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る