第五章 アルク野獣の森

第107話 鋼鉄蛞蝓その1

キルリグルは指示を出す。

魔道具情報端末を使う。

冒険者組合にある記録端末と仕組みは一緒。

一般の人間には想像もつかないテクノロジー。

一瞬で大陸中の端末と情報を共有できる。

技術の仕組みはあの方以外には分からない。


帝国軍部が握っているのはその改造版。

情報の共有できる相手を指定できる。


「母なる海の女神教団に探りを入れるんだ。

 聖者という男に心当たりはないか。

 細身の男。

 年齢は成人したばかりくらい。

 白いローブを纏い複数の神聖魔法を使う」



キルリグルは思い出す。

先日、亜人の村へ顔を出した時の事。


「キルリグルさん?

 帝国情報部、へー」


「情報部か、

 少し訊いていい?」


「向こうに山が有ると思うんだけど。

 その付近に迷宮が有るって話聞いた事ない?」


「迷宮ですか。

 まさか、まさか。

 そんなモノが有ったら世界中に知れ渡ってますよ」


キルリグルは微笑んで見せた。

聖者と言う男は納得いかないという顔をしていた。


「聖者殿。

 いったい、どこからそのような噂話をお聞きになったのです」

「うん?

 海の女神様に教えてもらったんだよ」


男は笑って見せた。

無邪気な微笑み。

成人したばかり。

まだ子供っぽさが抜けきれない雰囲気。


しかし。

そんな見た目通りの人間の筈が無いだろう。

キルリグルの探りに対して男は華麗に躱して見せた。

あれを知っていた。

『鋼鉄の魔窟』

帝国以外の人間に知られてはいけない重要情報。


教団になにか嗅ぎつけられたのか。

そしてあの男は教団からそのような情報を引き出せる立場という事になる。

しかし良く分からない。


秘密裏にあれを探りに来たにしては男は目立つ行動をとっている。

亜人の村で無料で神聖魔法を使っている。

それも一度に複数を回復させる魔法を複数回。

噂になるに決まっている行動。


考えられるのは教団内での揉め事。

何かの勢力争い。

亜人を自勢力に引き込んだところで、帝国では何の評価もされないだろう。

しかし女神教団にとっては違うのかもしれない。

すでに村はまるごとあの男の教徒と言っていい状態。


あれを探ってるのはそのついで。

何かで耳に挟み、ついでに利用できないかと考えた。

いやあまり思い込みは良くないだろう。

あの聖者は要注意人物。

今はっきりしている事はそれのみ。

後は情報を待つ。



「何をしている?

 キルリグル少佐」

「ああ、大佐。

 情報端末をお借りしています」


キルリグルに突然呼びかけた男がいる。

いや本人は突然のつもりだったのかもしれない。

大佐は部屋に入ってきて、後ろから声をかけた。

キルリグルに気付かれないとでも思ったのだろうか。


驚くどころか、微笑みを浮かべるキルリグル。

当てが外れたのか、大佐は不機嫌な声を出す。


「…ここの情報端末は私の許可なしには使えない筈だが」

「許可は戴いていますよ、大佐」


間違いなく帝国軍の書式。

情報端末の使用申請書には大佐のサインがされている。

偽造などしていない。

どうせ秘書官が出した書類をろくに見もせずサインしたのであろう。

現在キルリグルが居るのはベオグレイド、国境の街。

その軍の駐留基地。

大佐はその司令官である。


書類をしばらく眺めた大佐はますます不機嫌な顔になる。

声をかけられた時に驚いて見せた方が良かっただろうか。

どうも人の感情の機微というものは苦手だ。


「少佐、聞いたぞ。

 闇商売を摘発した際に亜人の女を大量に保護したそうじゃないか」

「ええ。

 亜人の女性を誘拐し体を売らせていた件ですね。

 間違いなく、闇商売。

 申告の無い売上金を大量に隠し持っていました」


「金は既に徴税局に提出しましたよ。

 大佐には報告書をお回ししたと思いますが」

「金はいい。

 女だ、女がたくさんいたんだろう。

 何人か、軍の方に回したまえ。

 どんな目にあっていたのか、私が直接調べたい」


調べるような何が有る?

キルリグルは大佐の顔を見る。

感情の機微に疎い彼にでも明確に分かる。

下卑た感情。

調査にかこつけて女に手出ししたい。

そんな欲望を隠そうともしていない。


「女性なら、全て亜人の村に返しました。

 全員村から攫われてきた様子。

 元居たところに返すのが当然でしょう」

「なに!

 既に全員返したのか?」


「ええ。

 返したのは情報部では有りませんよ。

 軍の行動です」

「なんだと。

 聞いておらんぞ」


キルリグルは思い出す。

店の捜査に入った兵士達の女隊長。

なかなか有能そうな人物であった。

目の前の男の欲望に晒される前に女達を亜人の村に送ったのか。


大佐はブツブツ言っていたが、軍内部の話だ。

情報部のキルリグルに言う事では無い。


「フン。あまり軍の駐留地をウロチョロせんでくれ。

 部下どもの気が散る」


捨て台詞を言って大佐は部屋を出て行った。

キルリグルが情報端末で何をしていたか。

探りすらしない。


「軍の大佐ともあろうものがあの程度とはねぇ」


彼は微笑んでいる。

幸せそうな笑みを浮かべている。

その裏で何を考えているのか。

彼の名はキルリグル。

微笑みのキルリグルと呼ばれている。




“鋼鉄蛞蝓”

見つけると即座に逃げ出す素早いヤツだ。

メタリックな輝きを帯びる肌。

体長30CMくらいの小型魔獣。


ショウマ達は『野獣の森』の中、その魔獣を探してる。

コイツは経験値マシマシ。

LVアップにもってこいのエモノなのだ。


現在ショウマ一行のLVは。

ショウマLV19

ケロ子LV16

みみっくちゃんLV15

ハチ子LV14

ハチ美LV14

タマモLV3


ハチ子、ハチ美は村の戦士達と『野獣の森』に入って積極的に戦っている。

エライ勢いでケロ子、みみっくちゃんに追いつきつつあるのだ。


タマモは“妖狐”。

コノハさんの従魔として冒険者組合で調べた時はLV10だった。

でもショウマの従魔少女になった時点でリセットされたらしい。

何かアレみたい。

ゲームで中ボスっぽいのが途中から仲間になったりする。

あんなに強かったハズなのにLV1からスタート。

雑魚キャラと大して変わらないステータスになるのだ。

ちぇっ。

LV引き継いでもいいんやでー。


『野獣の森』からは相変わらず魔獣が溢れてる。

他の従魔少女と一緒に溢れて来た魔獣を倒したのでLV3に成長してる。



『全てを閉ざす氷』


見つけた!

と思ったら逃げ出す“鋼鉄蛞蝓”。

木の幹をつたって素早く移動する。

おっと、逃がさない。

ショウマの攻撃魔法が“鋼鉄蛞蝓”を捉える。

凍り付いたナメクジは消えていく。


『LVが上がった』

『ショウマは冒険者LVがLV19からLV20になった

『ケロコは冒険者LVがLV16からLV17になった』

『ミミックチャンは冒険者LVがLV15からLV16になった 

『ハチコは冒険者LVがLV14からLV15になった』 

『ハチミは冒険者LVがLV14からLV15になった』

『タマモは冒険者LVがLV3からLV7になった』


“鋼鉄蛞蝓”はすぐ逃げちゃう素早いヤツ。

範囲魔法を使うのがいいカンジ。

『全てを閉ざす氷』はランク4の水属性魔法。

一撃で倒せるのだ。



「よーし、次行こう」

「はい、ショウマ王。

 そこの枝にもいます」


ハチ美が指差す。

ショウマの近くの木の枝。

葉っぱに隠れて“鋼鉄蛞蝓”は見えない。


『全てを閉ざす氷』


ショウマは枝もかき分けず、魔法を使う。

“鋼鉄蛞蝓”を確認しなくてもいーや。

そんなコトしてると逃げるし。

枝ごと凍らせちゃえ。



『LVが上がった』

『ショウマは冒険者LVがLV20からLV21になった』

『ケロコは冒険者LVがLV17からLV18になった』

『ミミックチャンは冒険者LVがLV16からLV17になった』 

『ハチコは冒険者LVがLV15からLV16になった』 

『ハチミは冒険者LVがLV15からLV16になった』

『タマモは冒険者LVがLV7からLV9になった』


凍り付く“鋼鉄蛞蝓”を見てさえいないけど。

LVは上がった。

キター、キタキタ、経験値ボーナスステージ。

1日2回までとか制限は?

無いの?

ホントウに?

やったね。

LVアップし放題。

ドンドン行こう。



『LVが上がった』

『ショウマは冒険者LVがLV21からLV22になった』

『ケロコは冒険者LVがLV18からLV19になった』

『ミミックチャンは冒険者LVがLV17からLV18になった』 

『ハチコは冒険者LVがLV16からLV17になった』 

『ハチミは冒険者LVがLV16からLV17になった』

『タマモは冒険者LVがLV9からLV11になった』



ハチ美が感じ取る“鋼鉄蛞蝓”の気配にショウマは魔法を使う。

さすがに近所にいた“鋼鉄蛞蝓”はこれで打ち止め。

でも5分も歩かないうちに又発見。


うーん。

『全てを閉ざす氷』ばかりじゃ芸が無い。

従魔少女にも任せてみようか。


『ツタ縛り』


みみっくちゃんの使う木属性の魔法。

相手を植物のツタのようなモノが縛り上げ、身動き取れなくする。

“鋼鉄蛞蝓”を縛るのにも成功したみたい。


「木属性はまだランク上がらないの?」


みみっくちゃんは魔術師。

木属性 ランク1なのだ。

ここ数日ショウマは迷宮に行ってないけど。

彼女はケロ子や亜人の村の戦士達と『野獣の森』探索している。


「ご主人様、みみっくちゃん魔術師になってまだ一ヶ月も経ってません。

 そう簡単にランク上がる訳無いですよ」


「えー、一ヶ月じゃダメ?」


だってショウマは数日で火魔法ランク5までいったのだ。

ショウマの経験則で言えば、とっくにランク上がってていいハズ。


「それはご主人様が非常識だからです。魔力の数値がバグってます。ご主人様はバグキャラだと思うですよ。みみっくちゃん常識人です。一般常識に沿って成長してるです。普通の魔術師はランク1からランク2に成長するまで数年はかかるですよ」


「じゃあ“鋼鉄蛞蝓”にドンドン木魔法使おうよ。

 ランクも上がるかも」


冒険者のLVが上がる経験値のようなモノ。

魔法のランクが上がる経験値のようなモノ。

この二つが同じとは限らない。

手強い魔獣を倒せばどちらも多量に手に入る。

“鋼鉄蛞蝓”はLVが上がる経験値のようなモノがやたらたくさん手に入るヤツ。

魔法のランクも上がるのか?

試す価値は有るだろう。

 

“鋼鉄蛞蝓”は木魔法に囚われてる。

ケロ子が棒で打ってみる。

ハチ子が槍で刺してみる。

カンと固い音がして撥ね返される。



「固いですっ」

「むう、聖槍を試してみるか」


「オレもやってみる」


タマモだ。

“妖狐”から従魔になったタマモ。

何故か彼女は斧戦士になった。

亜人の村の戦士には斧使いが割と多い。

戦士達のリーダーキバトラもそう。

森の中を進んでるのだ。

木の枝を切ったりするのにも便利。

そんな戦士達を見ていたからだろうか。


タマモが戦斧を振り上げる。

柄が長めのバトルアックス。

両刃で、柄の先端が槍状に尖っている。

バトルアックスと言うよりハルバードと呼んだ方が正解かもしれない。


「えいっ」

斧を振り下ろすけど、やっぱりはじかれる。


あっ。

『ツタ縛り』の効力が切れたのか。

“鋼鉄蛞蝓”が逃げようとする。


『全てを閉ざす氷』



『LVが上がった』

『ケロコは冒険者LVがLV19からLV20になった』

『ミミックチャンは冒険者LVがLV18からLV19になった』 

『ハチコは冒険者LVがLV17からLV18になった』 

『ハチミは冒険者LVがLV17からLV18になった』

『タマモは冒険者LVがLV11からLV13になった』


ついにショウマが“鋼鉄蛞蝓”1体じゃLVアップしなくなってしまった。

もう一体倒せばイケルだろうけど。

うーん。


エリカは言っていた。

「“双頭熊”に挑むならLV30からよ」

ベオグレイド側から『野獣の森』を探索してる冒険者達。

彼等の中ではそういう事になっている様だ。

『野獣の森』亜人の村側から入った奥。

そこには“双頭熊”がウヨウヨいると言う。

ショウマが進もうと思ってるのはその場所なのだ。

LV30くらいまで上げたい。

そう思ったのだけど、経験値ボーナスの“鋼鉄蛞蝓”を倒しても割と厳しい目標なのかも。




【次回予告】

女性は改めて見ると、ヘビのお面をしている。ザクロさんがしてた獅子の仮面ともまた違う。安っちい、ヘビの絵を描いたお面。それを顔に着けてるのだ。さらに鳥のような羽根飾り。違った。羽根飾りじゃない。頭から羽が生えてる。頭の両脇、ケモ耳が生えるような位置に髪の毛から鳥の羽根が出てる。

「よし、じゃあ新築祝いしましょ。呑むわよ」

次回、ザクロさん呑む。 

(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください)

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