第105話 三又根食肉植物その3

カトレアは女重戦士ビャクランの兜を戻す。

見なかったことにしよう。

あのカワイイの思い出したら憎まれ口が叩けなくなる。

獣化する亜人にはこんなのもいるんだな。

獣化と言えば『獣の住処』のツメトラ。

トラのような凶悪な見た目になって暴れまわると有名な戦士だ。

狂戦士などと呼ばれている。

今回は参加してない。

ブルーヴァイオレットさんが声はかけたハズだけど。

ただでさえ見境の無いヤツ。

混乱なんか喰らった日には。

それで王子に攻撃やらかしたら大問題になるだろう。

参加しなくて正解だ。


しかし今回分かった。

ツメトラが狂戦士ならアレも十分狂戦士だ。

ちょっと違った意味の狂い方かもしれないが。

西方神聖王国第一王子。

大声で笑いながら魔獣に突っ込んで行くバカ。

あのバカはどうしたんだ。


心の中でのレオン王子の呼び方がすでにバカになってるカトレア。

あれこそが英雄と思った時も有った気がするけど。

既にはるか遠い昔の話。

数時間前の話だけど、カトレアにとっては遠い過去なのだ。


いた。

レオン王子。

陶器製の壺から酒を飲んでる。

神酒ハマオ。

魔力が回復すると言う。

王族でも無きゃ簡単には手に入らないであろう特別品。

こいつ実はアル中なんじゃないだろうね。

というか何する気だ。


「カトレアさん。

 お聞きしたいのですが、

 『気絶の矢』の効果はどのくらいの時間ですか?」


西方神聖王国迷宮冒険者部隊ブルーヴァイオレットさんが訊いてくる。

けどカトレアはこのスキルをあまり使った事が無い。


「知らない。

 ワリィけど、

 まだほとんど使ってなくてさ」


「そうですか。

 …今ツタが動いた気がします」


何だって!

見ると確かにツタがピクピクと動き出してる。

 

“三又根食肉植物”(トリフィド)から伸びた細長いツタ。

どでかい植物型魔獣から無数にツタが生えているのだ。

まだ、完全に動き出した風じゃないけど。

全体の三割くらいがニョロニョロと動き出している。

なんてこった。

さっきのうちにカトレアは弓でダメージを与えておくべきだった。


『毒の矢』


カトレアは別のスキルを使う。

相手を毒状態にするワザ。

敵は植物型魔獣。

効いてるんだかどうか良く分からないが。

長期戦になればジワジワ効果を上げるハズ。


前回“三又根食肉植物”と戦った時は遠距離から魔術師が『炎の玉』を使ってくれた。

今回魔術師はいない。

近付けば混乱の花粉を喰らう。

守りを固めて遠距離からチクチク攻撃。

長期戦を覚悟しとかないと。


「あーっはっはっはっはっ」

バカが笑う。

振り回した剣から 火が飛んでいく。

そうか。

魔術師はいないけど、火魔法に近い攻撃をするバカがいた。


西方神聖王国迷宮冒険者部隊。

世界第二位の冒険者チームはダテじゃない。

リーダーはバカだけど。

ちっとは楽できそうだ。


とカトレアが希望を持ったのも束の間。


「あーっはっはっはっはっ」

レオン王子は聖剣を振り回しながら、“三又根食肉植物”に突っ込んで行く。


「あっ、バカ!」


見てなかったのか。

聞いてなかったのか。

混乱するって言ってんだろ。

オマエが混乱したらウルトラ迷惑だ。

複数の火の玉を飛ばしてくる剣士。

それが敵に回るのだ。

しかも相手は王子様。

気軽に攻撃はできない。

下手にケガさせたら、国際問題になりかねない。

王位継承権を持つ第一王子なのだ

バカだけど。


“三又根食肉植物”に火の玉がぶち当たって燃え上がる。

魔獣の体中に巻き着いたツタの動きが活性化していく。

ニョロニョロとツタが触手の様に蠢く。

三つの根がまた動き出す。

植物の上部からは花粉が撒き散らされる。


そこにバカが突っ込んで行く。

剣を振り回し、子供の様に体当たりしていくのだ。


あーあ。

花粉吸い込んだ。

こちらに笑いながら突っ込んでくるバカの姿が思い浮かぶ。

サイアクである。

国際問題とかいーや。

何も気にせず、弓で撃っちゃおうかな。

そう思うカトレア。


案の定、王子の動きがおかしい。

多分、こちらを振り返って襲ってくる。

火の玉をだけはよしてくれよ。

迷宮内でヤケドは御免だ。

警戒するカトレア。

ガンテツも立ち上がって警戒してる。


「あーっはっはっはっはっ」

王子が笑い声を上げる。

剣を大きく振り回す。

植物型魔獣を恐れげなく切り裂く。

火の玉も飛ばしてる。

複数の火魔法に似た攻撃。

全て“三又根食肉植物”に当たる。


あれ?


「あーっはっはっはっはっ。

 ぎゃーっはっはっはっはっ」

王子はさらに元気いっぱい。

その頭上からは混乱の花粉が降り注いでいる。

“三又根食肉植物”からは細長いツタが伸びてる。

無数のツタが王子を襲う。

「あーっはっはっはっはっ。

 わーっはっはっはっはっ」

端から王子はツタを切り割く。

俱利伽羅剣を振り回す。

両刃の剣。

振り回した時の斬撃能力は通常高くない。

切るなら剣先で突くべきだ。

振り回しても切れ味は良くない。

打撃力が有るだけなのだ。

しかし王子は全く気にしていない。

剣を大振りに振り回す。

火の玉も飛んでいく。

「あーっはっはっはっはっ。

 うひゃーっはっはっはっはっ」



「王子が混乱してない?」

「いや、混乱してるだろ。

 どう見てもマトモじゃねーぞ」


「そういう意味じゃなくてさ」


カトレアはガンテツに言い募る。

普通ならビャクランやジョウマ大司教と一緒。

こっちを襲ってくる場面。


「ブルーヴァイオレットさん。

 王子は混乱に耐性でも有んのかい?

 もしくはあの鎧に特殊能力が有るとか」

「いえ、そんな特技は無いと思います」


じゃあ何なんだ。


「ただ、レオン王子ですからね。

 普段から見境とか有りません。

 敵、味方とか区別してないと思います。

 状態異常になろうが、なるまいが。

 目の前にいるヤツをぶちのめして切る。

 それしか考えてません。

 混乱になってもならなくても一緒なんだと思いますよ」


「………」

「………」


普段ならおかしいだろと言うハズのカトレアとガンテツ。

でもそんな気力は無い。

死んだ魚のような目になっている。


「あーっはっはっはっはっ。

 ぐわーっはっはっはっはっ」

王子の笑い声だけが響く。




「ムンッ」


ハイキックだ。

軽戦士を尻に引いた体勢。

その姿勢から蹴りを放ってきたのだ。

イヌマルは大司教の左腕を右手で捕まえている。

武闘家イヌマルは蹴りを左腕でガードする。


人の上に馬乗りになった姿勢からの飛び蹴り。

誰にでも出来る技では無い。

さすが、大司教である。

そのまま重心を崩さず立ちあがる初老の男。


イヌマルは大司教の左腕を捕まえて放していない。

男の右拳が音を立ててイヌマルに向かう。


「せいっ」


今度はイヌマルが蹴りを放つ。

ローキック。

大司教の足を払う。

大司教は蹴りを喰らったが、バランスを崩しはしない。

武闘家イヌマルとジョウマ大司教は睨み合う。



「助かったすよ。

 これ以上殴られたら、せっかくのイケメンが台無しっす」


大司教に馬乗りでタコ殴りにされていた軽戦士が立ち上がる。


「メナンデロス様。

 回復します」

「神官ちゃん。

 頼むっすー」


「正気に戻れ。

 体も精神も鍛えている筈だ。

 魔獣にやられて混乱するとは情けないぞ」


呼びかけるイヌマル。

だが、大司教は視線が定まっていない。

明らかに会話が理解できていない。


「おのれ!

 ワシの拳を受け止めるとは。

 もう容赦はせん」


「アンタ、人の顔をボコボコにしといて。

 容赦なんて全くなかったっすよ」

メナンデロスの抗議も全く耳に入っていない。


『我が腕は激しき火山なり』


ジョウマ大司教が何か言う。

誰も理解は出来ないだろう。

大地の神は父さんだよ教団で修行を積んだ者しか知らない奥義。


『我が肉体は固き岩なり』


イヌマルも唱える。

唱えなければ一撃の拳で腕の骨が砕かれる。


ガンッ!

ズガッ!


ジョウマとイヌマルの素手の攻防が繰り広げられる。

しかし衝撃音が今までと違う。

人と人が殴り合って発生するような音では無いのだ。

巨大な岩同士が崖崩れでぶつかったような。

台風で巨木が倒れ大地を打ったような。

そんな音が鳴り響く。


「ハァッ」

震脚。

ジョウマ大司教が大地を踏み込む。

足元の地面が大きく割れる。

司教の身体に大地の気が横溢する。


「させぬ」

イヌマルが肩から大司教に零距離攻撃。

貼山靠。

鉄山靠とも呼ばれる。

3D格闘ゲームの先駆けで有名になったワザ。


重心の取り合い。

からの打撃。

拳が、肘が、掌底が互いを襲う。

連撃。

上半身から下半身へ

蹴りが、踵が、膝が互いの隙を狙う。


「大司教。

 止めてください」

「大司教。

 落ち着いてください」

叫んでいるのは大地の神は父さんだよ教団の男達。

二人の付き人は迷宮まで付いてきた。


ジョウマ大司教が一般人相手にタワゴトを言ってるうちはいい。

しかし、西方神聖王国第一王子と一緒に迷宮へ行くと言うのだ。

同じ調子で“迷う霊魂”を倒したのはワシだなどとデタラメを言ってしまうだろう。

王子を騙しているコトになる。

マジ、ヤベーのである。

二人が何を言っても大司教は止まらない。

ブルーヴァイオレットに頼み込んでここまで付いてきた二人だ。


これ以上騒ぎが大きくなる前に。

大司教を取り押さえようとする二人。


「フンッ」

大司教の掌底である。


SMAAAAAASSH!

OOOOOOOOUCH!


アメコミ風な表現で吹っ飛ばされる二人だ。


「むう、大司教ともあろう方が。

 まだ正気を取り戻せないのか」


「この筋肉ジジィ。

 迷惑のカタマリっすね」


嘆息するイヌマルの横にいきなり軽戦士が現れる。

ぽいっ。

そんな風に何かを投げる。

ジョウマ大司教に向かって。

なんだ?

武器では無さそうだが。


「うむ?」


大司教は投げられたモノを拳で打つ。


「ゲホンッ ゲホンッ。ゲフッ、

 グハッ!?

 グワァーーーーーー」


COUGH!COUGH!

ATCHOO!ATCHOO! 


英語では咳やクシャミはこう表現する。

又は。

KOFF!KOFF!

とか。

KLATTER!KLATTER

こんな表現をする事も。


「コショウ玉っすね。

 トウガラシも入れてあるんで。

 目にも効くっすよ」


大司教は涙を流している。

咳こみながらクシャミもして目も開けられないというアリサマ。


「わざわざ迷宮に持ってきてるのか?」

「あー、王子が暴走した時用っすね。

 たまにこっちが止めても止まらない人なんで。

 オレが考えたんじゃないっすよ。

 こんなの思いつくのはブルーさんに決まってるっす」


「さて、そんじゃ」


軽戦士は大司教の後ろから近づく。

何をするのかと見ていれば。

布を大司教の顔にかぶせる。

くたっと大司教は倒れた。


「ぐがー、ぐぎゅー、

 すぴー、ぐがー」

耳障りな音。

これはいびき?


「薬か?」

「正解。

 眠り薬っす。

 これもブルーさんが用意したんすよ。

 オレはこんなの使わないっす。

 女の子に悪用とか絶対してないっすよ」


誰も悪用してるなどと言っていないのに。

ワザワザ否定するのがアヤシイ。

しかしまあ助かった。


ちなみにいびきは

Z-Z-Z。

もしくは。

SNORE SNORE。

らしい。



【次回予告】

「まあ収穫はあったよ。侍剣士キョウゲツの剣技も見れたし。重戦士ガンテツ、ビャクランの攻撃力も。武闘家イヌマルの力も、弓士カトレアの技の冴えも。始めて見る“三又根食肉植物”とも戦えた」

次回、カトレアは若干フに落ちない。 

(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください)

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