第104話 三又根食肉植物その2

「みんな、ソイツラはもうやられてる。

 切ってかまわない。

 それよりもツタの先だ。

 “三又根食肉植物”だ。

 早くそっちをやらないとヤバイ」


見えてくる。

近付いてくる。

巨大植物。

人の倍くらいは有るだろうか。

ツタが絡みついてできたような胴体。

そこから三つ又に分かれた根が地面へ続く。

三本の根が足のように歩いてくるのだ。


「何すか?、コイツは」

「“三又根食肉植物”(トリフィド)って言うらしいよ」


軽戦士メナンデロスと女冒険者カトレアだ。


「知りません。

 こんな魔獣が出るなんて聞いていませんね」


西方神聖王国迷宮冒険者部隊ブルーヴァイオレットさんも言う。


「ああ、ウチも6年間『地下迷宮』に来てて1度しか見た事無いよ。

 これで2度目だ」

「なるほど、相当なレア魔獣と言う事ですね。

 情報が無い訳です」


「どうかな。

 遭遇した冒険者がみんなやられちまった。

 だから情報が無いのかもしれないぜ」


重戦士ガンテツが暗い顔で言う。

脅かしっこなしだぜ。

普段ならそう言うカトレアだが、脅しじゃない事を知ってるのだ。


こいつは死んだ人間や動物に触手のようなツタを伸ばす。

そこから栄養を採取するのだろう。

そのついでに死んだ人間を操る。

おそらくオトリにしているのだ。

冒険者が歩いてる。

安全と思って気軽に近づく。

するとやられると言う寸法。

はたまた、冒険者を狙う魔獣を栄養にしてるのかも。

操られてる人間は複雑な行動ができる訳じゃない。

歩く程度。

手足を上げる程度。


ガンテツの言葉で操られた死人をみんな振りほどく。

死んだ人は可哀そうだが、遠慮して自分がやられるようなシロウトはいない。

レオン王子は剣で切っているし、女重戦士ビャクランは斧で叩き切る。


“三又根食肉植物”から細いツタが伸びてくる。

矢が飛んでくるような速さで冒険者達を襲う。


「ハァッ」

侍剣士キョウゲツがツタを切り割く。

刀を鞘に入れたまま。

鞘から斬撃が風のように放たれるのだ。


『疾風居合』


近付くツタが切り割かれる。

カトレア達に近付いていた無数のツタ。

その先端が全て切り落される。

さすが、キョウゲツ。


ジョウマ大司教とビャクランが植物型魔獣へ攻撃を仕掛ける。

あっ、バカ。

やめろ。

二人が“三又根食肉植物”に突っ込んで行くのだ。


「せいっ」

斧を振り下ろすビャクラン。

「あいやー」

跳び蹴りしようとしているジョウマ大司教。

斧がピタリと止まる。

跳び蹴りを止めた初老の男がこちらを睨みつける。


「うぬ!」

何故か大司教はメナンデロスに向かって蹴りつける。


「うひゃぁ。

 何しやがるっすか、このジジィ」

軽戦士は腕に着けたバックラーで受け止めて見せた。

けどその程度で筋肉ジジィの勢いは止まらない。

メナンデロスは大司教に押し倒されてる。


「ムキー」

ビャクランがこちらを向いて、バカデカイ斧を振り上げる。

待った、待った。

重戦士ガンテツが慌てて、斧の柄の部分を掴んで止めに入る。

あの斧を勢い付けて振り回されたらシャレにならない。


「これは状態異常!

 混乱ですか」


そう。

ブルーヴァイオレットさん正解。


この“三又根食肉植物”は樹上から花粉みたいなのを振り撒いてる。

この花粉を吸いこんだ冒険者は混乱して敵味方の区別なく襲いかかるのだ。


この魔獣に遭遇した『花鳥風月』はエライ目に有った。

正面で戦ってたガンテツと斧戦士がいきなりこちらに襲い掛かって来たのだ。

何が起きてるのか分からなかった。

状況が分かっても相手はチームメンバー。

襲ってくるからと言って簡単に切る訳にもいかない。


今も同じコトだ。

斧をこちらに叩き込もうとしてくるビャクラン。

ガンテツが無理やり抑えてはいるが、抑えつけるだけ。

反撃は出来ない。


「混乱は治るのですか」

「10分くらいで正気に戻るけど、

 また花粉を喰らったら、混乱に逆戻りさ」


「ちょっと、分かったからこっちも助けてくださいっすよ」

筋肉ジジィに押し倒されたままのメナンデロスが助けを求める。


「相手はジジィだよ。

 頑張りな」


軽戦士をほっといてカトレアは“三又根食肉植物”に弓矢を放つ。

近付いたらマズイ魔獣なのだ。

遠距離から攻撃するしかない。

カトレアが今やるべきなのは、“三又根食肉植物”にダメージを与えるコト。


「ほあたー」

ジョウマ大司教がメナンデロスに拳を振るう。

相手は初老だが、ムキムキ筋肉ダルマ。

メナンデロスは抑えきれない。

マウントポジションを取られ、上からタコ殴りにされるのだ。


「うひゃぁ、カンベンっすよ。

 ブルー、ブルー様助けてくださいっす」


「いえ、私オブザーバーですから」

ブルーヴァイオレットは容赦がない。

大司教を止めようと思ったら、直接触れて抑えつけなきゃイケナイ。

こんな筋肉ジジィに触れたい人間がいるものか。

女神官も同じだ。

「メナンデロスさん、お可哀そう」

そう言ってはいるが、助けに入ろうとは一切しない。

軽戦士はボコボコに殴られてる。


そうだ、今回は神官がいる。


「神官ちゃん。

 神聖魔法で状態異常は何とかなんないのかい?」


カトレアは弓を放ちながら訊いてみる。


「私はランク2『休息の泉』まで使えます。

 ケガや状態異常のマヒなら治るんですが、

 毒は治せません。

 混乱に関しては試した事ないです」


効果が無いとは限らないってコトか。


「じゃあ、試してみてよ」

「分かりました。

 やってみます」


女神官は素直に言う。


『休息の泉』


辺りにフワッと柔らかい空気が流れた気がする。

ボコボコに殴られてたメナンデロスの顔の腫れた部分が引いていく。

カトレアも疲れてたのが少し回復した気がする。


しかし、ビャクランもジョウマ大司教も正気に戻らない。

ビャクランはガンテツと斧を奪い合ってる。

筋肉ジジィはメナンデロスの回復した顔をまたボコボコと殴りつけていく。


「ダメみたいです」

「うーん。

 しょうがないね。

 神官ちゃんは頑張ったよ」


「はいっ、ありがとうございます」


カトレアと女神官は和やかに会話する。

メナンデロスは横でボコボコにされてる。


「ちょっ、マジでいい加減助けてくださいよー」


メナンデロスは音を上げる。

このジジィ、本気でパワーだけはハンパじゃない。

鉄拳が降ってくるのだ。

並の拳では無い。

大地の神は父さんだよ教団で鍛えた拳。

魔獣を素手で殴りつけて成仏させる凶器。

拳の振られる方向にタイミングを合わせて動かす。

喰らうダメージを最小限に殺す技術。

打点をズラして急所には喰らわないようにする。

メナンデロスならではの芸当。

そんな芸当もそろそろ限界。

下から腹筋で跳ね上げ、なんとか態勢を変えようとする。

しかし筋肉ジジィはビクともしないのだ。

やばい。

モロに喰らったらあの拳はメナンデロスの骨くらいは叩き折るだろう。

ジジィが拳を振りあげる。


誰かが拳を受け止めていた。

「うぬ」

筋肉ジジィが振りほどこうとする。

メリメリッと上腕二頭筋が音を立てて盛り上がる。

並の人間の太腿を越える太さの腕。

しかし腕は動かない。

「むう」

大司教と受け止めた男は睨み合う。

受けて止めた人物は。

その男も鍛えられた肉体をしている。

武道家イヌマルであった。


「ジョウマ大司教!

 大司教ともあろうものが情けないですぞ」


 

キョウゲツはツタを全て切り払っている。


「キリが無いでござる」


いくらツタを切り落としても、またツタが向かってくる。

“三又根食肉植物”から伸びてくるのだ。


「本体を何とかしないと終わらないでござる」

「やめろ、キョウゲツ!

 “三又根食肉植物”に近付くんじゃねえ」


ガンテツがビャクランと揉み合いながら言う。


「そうだよ、キョウゲツ。

 アンタが混乱にやられたら、シャレになんねー」


カトレアも言う。


「ちょっと待ちな。

 ウチ、試してみる」


『気絶の矢』


相手が状態異常を使ってくるならこっちだって。

カトレアは敵を気絶させる矢を放つ。

あまり使ったコト無いスキル。

敵を動かなくはさせるがダメージを与える事は無い。

まだるっこしいのだ。

どうせ攻撃するならダメージを与える方がいい。


しかし。

“三又根食肉植物”からツタの攻撃が止む。

三又の脚に似た根で歩いて近寄ってくるのもストップ。

どうやら気絶が効いたようだ。

あまり使ったコトないスキル。

どの魔獣にどの程度効果を発揮するか分かってない。

自信は無かったカトレアなのだ。


「おーい、カトレア」


見ると呼んだのはガンテツ。

ビャクランを抑えつけてる。


「今のヤツ、

 こいつにも使ってくれ」


ツタを迎撃する必要の無くなったキョウゲツも女重戦士を抑えつけるのに協力してる。

といっても相手は敵じゃない。

混乱してるだけの女冒険者。

タコ殴りにするわけにもいかない。


ウチのスキルで気絶させるってのは確かにいい手だ。


ガンテツとキョウゲツが二人でビャクランを抑えつけてる。

ビャクランの奴は暴れてる。


ガンテツは堂々たる体格の重戦士。

レオン王子の重臣クレイトスのような見上げる大男では無いが、平均よりはゴツイ。

鍛えてることが分かるだけのパワーの持ち主。

キョウゲツの奴は男にしては細い。

下手したらカトレアより細い。

「無駄な筋肉は体が硬くなるのでござる。

 剣を自在に扱えるだけの力が有ればいい」

キョウゲツはそう言ってる。

だけど腕力が弱い訳じゃない。

腕相撲をやらせたら、ガンテツや斧戦士にも引けは取らない。

力の入れ処にコツが有るらしい。


そのガンテツとキョウゲツが二人掛かりにも関わらずビャクランを抑えきれてない。

ビャクランは大した体格じゃないのだ。

ゴテゴテしたヘビープレートアーマーを着こむのでゴッツク見える。

でも鎧を脱いでしまえばカトレアより少し小さいくらい。

多分女子の平均程度の身長、体格しか無いのだ。

そこまで力が有りそうに見えない。

ビャクランは獣系亜人。

獣化すると熊っぽくなると聞いた事が有る。

熊と言えばパワーの有る動物の代表格だろう。


鎧の中でメッチャゴツい熊女になってるのかもしれない。

鉄兜で顔の見えない女戦士の中身をカトレアは想像する。

おもしろそうだ。

兜の中を確認してやれ。


「ガンテツ、キョウゲツ。

 頭を下げてな。

 アンタ達まで気絶を喰うよ」



『気絶の矢』


カトレアは二人に注意してからスキルを使う。

狙いたがわず、暴れていた重鎧の女は動きを止める。

そのまま音を立てて崩れる。

ガンテツがホッとした顔で座り込む。


「まいった。

 大したパワーだ。

 さすが『誇り高き熊』のリーダーだな」


ヒヒヒー。

この隙に。

倒れ込んでるビャクランに近付く。

鉄兜をそっと外す。

なんだこりゃ。


ビャクランは獣化してた。

確かに熊っぽい。

情報通りだ。


でもなんか違う。


カトレアが期待してたのは狼男の熊女版。

顔中に獣毛が生え、凶悪なキバが突き出る。

バケモノちっくなヤツ。

確かに獣毛が生えてる。

モコモコとして黄色っぽい。

黒い丸っこい鼻とつぶらな瞳。

テディベアじゃん。

ぬいぐるみのクマだ。

チックショウ。

なんだ、このカワイイ生き物。

卑怯だぞ。


カトレアは鉄兜を戻す。

見なかったことにしよう。

こんなカワイイのだと思ったら憎まれ口が叩けなくなる。



【次回予告】

『毒の矢』カトレアは別のスキルを使う。相手を毒状態にするワザ。敵は植物型魔獣。効いてるんだかどうか良く分からないが。長期戦になればジワジワ効果を上げるハズ。前回“三本脚食肉植物”と戦った時は遠距離から魔術師が『炎の玉』を使ってくれた。今回魔術師はいない。近付けば混乱の花粉を喰らう。守りを固めて遠距離からチクチク攻撃。長期戦を覚悟しとかないと。

「この筋肉ジジィ。迷惑のカタマリっすね」

次回、メナンデロス、ぽいっと投げる。 

(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください)

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