第102話 地底大迷宮とレオン王子その2

『地底大迷宮』の7階。

石造りの通路が複雑に絡み合ってる。

前回『花鳥風月』が来た時には奥に8階への階段らしきものを見つけた。

そこで引き返している。


7階は大した敵はいない。

元『地下迷宮』の一階に居た魔獣が出るだけ。

雑魚の“飛び廻るコイン”、“吸血蝙蝠”。

少し強めなのが“狂暴犬”。

こいつは体力が有って攻撃力も有る。

以前の『地下迷宮』1階では1頭しか襲ってこなかった。

『地底大迷宮7階』では二頭襲ってくるのだ。

あとは“毒蛙”。

こいつは毒の攻撃をしてくるし、仲間を呼んだりもする。



「あーっはっはっはっはっ!」


一行は呆れている。

混成冒険者チーム。

女弓士カトレア、重戦士ガンテツ、侍剣士キョウゲツ、女重戦士ビャクラン、武闘家イヌマル。

全員死んだサバのような目になっている。

王子の行動に慣れてる軽戦士メナンデロスだけが気にしてない。


「レオン王子、

 いつもよりノリノリっすよ」


カトレアに言ってるのか。

応答する気になれない。

カトレアの前では男が戦っている。

笑いながら。

炎をまき散らしながら。

コイツ、ホントウに王子様かな。


西方神聖王国第一王子レオンだ。

魔獣に遭遇した彼はいきなり走り出した。

剣を振りかざす。

すると剣から飛んでいくのだ。

宙に浮かぶ火の玉。

火の魔法に似た攻撃。

それだけで“飛び廻るコイン”や“狂暴鼠”は消えていった。


どんな魔獣が出ようが王子は真正面に走ってく。

そして剣を振り回すのだ。

「あーっはっはっはっはっ」

ハイテンションに笑いながらである。

相手が“毒蛙”だろうが、“吸血蝙蝠”だろうが同じである。

魔獣が一体でも五体出ようがお構いなし。

火の玉をぶっ飛ばしたあげく、自分が突っ込んで行くのだ。

「あーっはっはっはっはっ」

大笑いしながら。


最前列にいるビャクランやガンテツも一緒に魔獣に対応しようとする。

しかし王子は他の冒険者を見てない。

一人で突っ込んで行くのだ。

「あーっはっはっはっはっ」

そして火の玉をぶっ飛ばす。

一発じゃない。

3,4発の火の玉。

それが剣の一振りで飛んでいく。

王子の横に並んで戦おうなんて思ったら危なくてしゃーない。

二人の重戦士はあっという間に諦めた。

協力して戦おうと考えるのが間違ってる。


“狂暴犬”だと魔法一発じゃ倒せない。

そのまま王子は走っていくのだ。

「あーっはっはっはっはっ」

剣ごと体当たりである。

剣技もクソも無い。

突っ込んで行きぶっ刺す。

魔獣の返り血を頬に浴びてる。

血みどろで笑顔を浮かべるのだ。



やべー。

絶対こいつやべーヤツだ。

カトレアはテンションダダ下がりである。

なんだか少し前に別の意味でやべーとか思った気もする。

整った美青年が浮かべるカワイイ笑顔が心のどこかに焼き付いたような。

そんな錯覚、そんな事が遥か昔に有ったような気もする。

若き日の過ちってヤツだな。

英雄の王子様なんていなかったんだ。

金髪碧眼、美青年にして王子、もしかしたら世界一強い冒険者。

そんなモノ物語だけの存在だったんだ。

フッ、分かっていたことさ。

そんなの絵物語にしかいないってね。

心の中でハスに構えてみるカトレアである。



「大丈夫っすよ。

 今ご機嫌すけど、疲れて来れば収まるっす」

「暴れるだけ暴れて帰るってコトかい」


王子様が帰るんならウチも。

もう帰るんでもいーや。

そう思ってるカトレアだ。


「いやー、そろそろ魔力切れ近付くっすよ。

 そしたら大人しく後列で見学モードに入るっすよ」


なんだそれは。

暴れるだけ暴れて後は他に任せて見学。

ブルーヴァオレットさんも大変だって言ってたっけ。

確かにデタラメなワガママ王子だ。


「ブルーヴァイオレットさん。

 これは大変だね」


王子の親衛隊隊長ブルーヴァイオレットさんは後ろからオブザーバーとしてついて来ている。

分かっていただけますかという風情で微笑んだ。


彼女はチームメンバーとしては登録してない。

だからオブザーバー。

近くに居ても、魔獣を倒した経験値はチームメンバーにしか入らない。

冒険者チームが運び人を雇ったり、見習いを連れて行く時にそういうスタイルを取る。


「ブルーヴァイオレットさんは戦わないのかな?」


確か彼女も冒険者部隊の一員の筈だ。


「ブルーさんはあまり戦闘好きじゃないっすね。

 チームに参加するときは戦うっすよ」



王子の暴れっぷりであっという間に7階の奥まで辿り着いた。

一行は8階への階段前にいる。


「自分達はまだ8階に降りたコトは有りません」

ガンテツが言う。

前回、階段の場所だけ確認して引き上げたのだ。


「アタシ達は階段降りた」

『誇り高き熊』のリーダー、ビャクランだ。


「そうなのか?

 で8階はどうだったんだよ」

カトレアが訊く。


「知らないよ。

 同じような石造りの通路だった。

 それだけ確認して引き上げたんだ」

「なんだよ。

 なにも分かってないんじゃないか。

 降りたって言えるか、バーカ」


「降りたものは降りたんだ。

 だから降りたって言っただけ。 

 ウソは言ってない」


「カトレア、ケンカ腰になるな。

 いつものメンツじゃないんだぞ」


ガンテツに注意されてしまった。

確かに相手は『花鳥風月』の一員じゃない。

別の冒険者チーム『誇り高き熊』のリーダー。

周りにいるのもいつもの仲間じゃない。

あの王子はともかく、女神官もいるしブルーヴァイオレットさんも後ろにはいる。


「チッ。

 ワリィね。

 イライラした」

「いやいい。

 ビャクランも悪かった」


多分、ビャクランもイライラしてる。

顔も表情も全く見えない鉄鎧に身を包んだ女戦士。

それでもカトレアには分かる。

鎧に力が感じられない。

気合が入ってない。

伝わってくるのだ。

夢を壊された女の悲哀が。

コイツの方がカトレアより王子様に夢を抱いてたハズ。

今夜はビャクランの奴と一緒に呑むか。

 


確かに8階も同じ石造りの通路だった。

遭遇する魔獣も全く同じだ。

王子は疲れたのか、笑い声を上げて突っ込むのは止めた。

ガンテツ、ビャクランの重戦士コンビが最初に魔獣に当たる。


ビャクランの武器は大きい斧。

バトルアックスだ。

左右非対称で片方は刃が広く、片方は槍のように尖っている。

重量の有る両手持ちの武器だ。

重さを乗せて攻撃すれば半端な魔獣なら一撃で叩き切るだろう。


ガンテツの武器は戦鎚。

ウォーハンマーとか、メイスとか呼ばれたりするヤツ。

片手持ちの長い柄の先に鉄の鎚。

見た目はビャクランの斧ほどデカくないが、遠心力を乗せて振るうのだ。

マトモに当たれば“狂暴犬”だって頭蓋骨が砕かれる。

それ以上に目立ってるのが大型盾。

メナンデロスが腕に括り付けているような小型のバックラーじゃない。

身長に近いサイズの大盾。

『アリの外骨殻』を材料としてる。

お陰で見た目ほど重くは無いらしい。

バカ高い値段だが、ガンテツに言わせるとそれに見合う信頼度だそうだ。


8階もどうやら7階と同じ魔獣しか出てこないらしい。

“吸血蝙蝠”が出てきたらカトレアの出番。

それ以外ならこの二人に任せてもオーケー。

そう思うカトレアだが余計なヤツがしゃしゃり出る。


ジョウマ大司教だ。


「さすが王子。

 大活躍でしたな。

 次は私の番ですな」


うえー。

何故こいつは最前列にいるのか。

カトレアにはサッパリ理解できない。

教団の大司教なんだよな。

カトレアの常識では後列で援護をする存在だ。


「あー、カトレアちゃん。

 DTKについて知らないんすね。

 あいつらHMKとは違うんすよ。

 神聖魔法なんか使わないっす。

 素手の身体だけが武器なんすよ」

「メナンデロス…

 DTK、HMKって何?」


「へっへっへー。

 DTK、大地の神は父さんだよ教団。

 全部言ったら長いじゃないすか」

「あはははは、

 メナンデロスさん、おもしろい」


てコトはHMKは母なる海の女神教団か。

何故かメナンデロスの台詞に女神官はウケてる。

どこがオモシロイんだよ?


「素手の戦闘に関しちゃ、

 スキルを使えるらしいっすからね。

 期待して見ましょうよ。

 カトレアちゃん」


誰がカトレアちゃんだ、この野郎。

 


何故だかジョウマとか言う親父は上半身を脱ぎだす。

ムキムキの筋肉を見せつけてくるのだ。

確かにジジィにしては良く鍛えてる。

でも戦闘のために鍛えた身体じゃない。

それ、筋肉を盛り上げるためだけに鍛えたヤツだろ。

カトレアだってそのくらいの事は分かるのだ。


『身体強化』


大司教は“狂暴犬”を殴りつける。

本当かよ。

“狂暴犬”はぶっ飛んでった。

もう一頭がジジィに後ろから噛みつく。


「筋肉ー。鍛えれば人間は鋼になる」

ジジィは齧られてるのを気にせず、殴り飛ばす。

オマエ大司教じゃなかったのか。

マジか。

魔獣に噛みつかれたってのにケガの跡も無い。

ぶっ飛ばされた“狂暴犬”はダメージを喰らってる。

ふらついてるのだ。

筋肉ジジィが飛び蹴りでトドメを刺した。



一行はあっという間に9階に降り立つ。

迷宮は広い。

分岐点は幾つも有り、通路は複雑に絡み合う。

8階は初めて来た場所。

迷いながら進めば、時間がかかる筈なのだ。

ところがブルーヴァイオレットさんが案内した。

分岐点で迷いもせず進んでいく。

カトレアの見るトコロ最短ルートで階段へ辿り着いたのだ。


「なんだよ。

 ブルーヴァイオレットさん。

 来た事あんのか?」

「有るワケ無いじゃないすか。

 ブルーさんの特技っすよ。

 迷路って作った人のクセがでるらしいっす。

 1フロア造りを見れば、その後のフロアの造りがだいたい予想出来るって本人は言ってるっすね」


本当かよ。

そんな言葉を言うのがもうバカバカしい。

筋肉で殴りつけるだけの大司教とか、大笑いしながら戦う王子様に比べればマトモな気がする。



【次回予告】

斧。

一般的には樹木を伐るのに使う道具だ。その中で戦闘用に特化した物を戦斧、バトルアックスと呼ぶ。片手で使える手斧も有れば、刃物部分が非常に大きいタイプや、投擲して使うフランキスカと呼ばれる物も有る。

金太郎が使う鉞(まさかり)も刃の部分が大きい斧に分類されるんだってさ。

柄の部分から片刃だけが着いている物、両刃の物もあれば、片方が刃、逆側は槍の様に尖った武器になっている物、金槌状になっている物、多種多様である。

攻撃的な武器と言うイメージだが、相手の攻撃を受け流す防御的な使い方をしても優れているらしいですぜ。ほんまかいな。

「コラ、これでもビャクランは女性。痴漢で訴えるぞ」

次回、ビャクランは抱きしめられる。 

(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください)

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