第89話 母なる海の女神その1

手が見えてる。

人間の手らしき物体が地面から出てる。

けど、彫刻?

石で出来ている人間の手。

そうだ。

コノハさんの母親、サツキさんは石化しかけてたんだっけ。

“埋葬狼”に攫われたサツキさん。

普通に考えたら、もう亡くなっている。

石化しかけていたから生きている可能性が有る。

ただし完全に石化してしまっているかもしれない。

地面から手が出てるってコトはこの下に体が埋まってる。


「ええ~。

 ここから掘り出さなきゃイケナイの?

 僕が掘るの」


「お母さんっ?

 私がやります」

とコノハさんは言うけれど、まだ彼女はフラフラしてる。

かなり血が流れてたし。


「クォン。クゥォン。クークォーン」

「「大丈夫。

 オレ掘る。

 ショウマ、コノハをお願い」」


“妖狐”タマモはコノハをショウマに預けて、地面に向かう。

後ろ足で地面をガンガン蹴る。

すごい勢いで土が後方に跳ね飛んでく。

地面は見る間に掘られていく。


「大丈夫。

 お母さんも蹴っちゃわない?

 石化してるから平気かな」


地面の中から女性らしき像が現れてくる。

石で出来た像。

石化したコノハさんの母親であろう、小柄な女性。


「お母さん!

 お母さんです」


コノハさんがフラフラしながらも言う。

目には涙が溜まってる。


タマモが掘り進めて、女性の全身が出てくる。

土の下から引っ張り上げて横に寝かせる。

全身石になってるだけで、他に外傷は無さそう。

最悪の場合、石化してない箇所を“埋葬狼”に食べられてると言う可能性も有ったのだ。


「お母さん、

 良かった…」


それだけ言ってコノハさんは気を失ってしまった。

安心した顔で石像に抱き着いて寝ている。


「コノハ…」

「大丈夫?コノハさん」


「大丈夫だ。

 コノハ、サツキがいなくなってずっと気が張り詰めてたんだ。

 今は安心した臭いをさせてる」


そうか。

コノハさんはそこまで不安な様子を表に出して無かった。

でも内面では気が気じゃなかったんだろう。

母親の石像に抱き着いてるコノハさんは今まで見たより子供っぽい顔になってる。

タマモはコノハを見ながら自分も嬉しそうな顔になっている。 



イタチは走って逃げている。

頭の中では色々な事が回っている。

先程“妖狐”が人間の姿になった。

やはりそうだったのだ。

魔獣が人間の姿になる。

そういう事が有るのだ。

いや。

それは分かっていた筈の事だ。

今はそれを考える時ではない。

逃げよう。

店の男が捕まってしまった。

イタチが亜人の女性を売りとばしていた店の男。

ヤツから今までのイタチの悪事がバレる。

村にはもう戻れない。

いいさ。

元々今回の仕事が終わったら出るつもりだったのだ。

最後に稼ぎ損ねたのはムカツクが手持ちの金でも十分遊んで暮らせる。

もう一人攫った少女をイタチは隠し持ってる。

これを金に換えるのもいい。

しかし女を売れるツテを無くしてしまった。

亜人の女とはいえ、売り買いするのは危険な商売だ。

簡単に売れる相手は見つからない。

そろそろ女も起きてきてしまうかもしれない。


一端イタチは立ち止まる。

先程の場所からは大分離れた。

これ以上下手に移動すると“双頭熊”のナワバリに入りかねない。

そんなマネをしたら命が幾つあっても足りない。

チッ。

あの聖者という男にやられた。

何かお返しをしてやりたいところだ。

この少女。

少女を殺して村の前に放り投げておくか。

狼の牙でズタズタにしてやる。

いや、そんなものでは足りない。

犯すか。

明らかに犯されたと分かる後を残して死体を転がしておく。

聖者、ショウマという名前だったか。

ショウマが悔しがる顔が目に浮かぶ。

育っていない少女は犯すのはイタチの好みでは無いが。

嫌がる顔だけでも楽しめそうだ。

クククク。

破壊の衝動がイタチの全身を駆けめぐる。

少女を取り出す。

『収納』で仕舞っていた少女。

それを森の中に出したのだ。

しかし今イタチが取り出したモノ。

それは少女では無い。

これはなんだ。

何時の間に収納に入っていた。

箱。

イタチの目の前に有るモノ、

それは四角い木の箱だった。



さて。

じゃあやってみるかな。


ショウマが使ってない海属性の魔法は後二つ。

『回復の湖』

『母なる海の女神』

おそらく『母なる海の女神』がランク5。

石化が治るのかまだ分からない。

順番に試していこう。

「ランク5の魔法や。

 使って―な」

うるさいな。

まずランク3『治癒の滝』からね。


『治癒の滝』


ショウマは唱える。

コノハさんの母親、石化したサツキに変化は無い。


「どうだ、ご主人。

 やっぱりダメか」


「うん。

 最初から『治癒の滝』じゃダメだろうと分かってた。

 次行くよ」


「そうなのか」

「そうや、『治癒の滝』じゃムリや。

 ここは『母なる海の女神』を使う場面やで

 頼むわ。

 使えるの、ニィさんしかおらんのや」


うるさいってば。


『回復の湖』


これが多分ランク4の魔法。

でも多分ダメだろうな。

これはおそらく範囲魔法。

ランク3『治癒の滝』の複数相手に効くバージョン。

攻撃魔法のパターンでいくとそうなのだ。

ランク1が単騎攻撃、ランク2はその複数攻撃版

ランク3が単騎攻撃の上位版、ランク4はその複数攻撃。

今まで使ったカンジだいたいそうなのだ。


石像と化したサツキさんに変わった様子は無い。

でも何となく石の色に明るみが増したような…

ショウマの気のせいか?。


「タマモ、少し色が明るくなった気がしない?」

「そうか?

 そう言われればそうかな」


「うーん、厳しいな。

 あのなぁランク4はランク3の範囲版だとニィさん思うてるようやけど、そうでもない。

 『回復の湖』は確かに複数相手に効果あるヤツやけど、

 効果は『治癒の滝』より上や。

 効果上限が高く設定されとるわ」


「そうなの。

 効果上限て何?」


「魔法には効果の上限が設定されとる。

 魔法の効果は魔法と魔法攻撃力で効力が変わる。

 そうすると同じ『炎の玉』でも、

 魔法攻撃力10の人間が使うより、

 魔法攻撃力100の人間が使ったら、

 10倍威力が有るという事になるやろ」


「うん。

 そうだね。

 そうじゃないの?」


「残念ながらそうはならへん。

 『炎の玉』の攻撃力にこれ以上攻撃力が上がらないという、

 上限が設定されてるんや。

 だから攻撃力はその上限まで。

 10倍にはならんのや。

 回復でも同じや。

 ニィさん、魔法能力高いやろ。

 『治癒の滝』の上限に引っかかる。

 『回復の湖』の方が上限高いねん。

 せやから『回復の湖』の方が効く。

 そうゆう訳や」


「そうなんだ。

 初めて知った」


「せやろ。

 だからここは

 『母なる海の女神』使っといて」


「『回復の湖』じゃ石化は治せない?

 『母なる海の女神』なら治せるの」


「それなー。

 実は『回復の湖』でも石化しかけなら治るねん。

 そこの人も100%石化してる訳やない。

 99%ってとこや。

 だから何度も『回復の湖』使えばいけるかもしれん。

 けど『母なる海の女神』なら一発で治る。

 あじけない石像から人間の女の肌へ。

 一発変換や。

 な、ここは『母なる海の女神』やで」


「ご主人、誰かと話してるのか?」


タマモがショウマに問いかける。

首を傾げてハテナ顔だ。


しまった。

やっちゃった。

幻聴と話し込んでしまった。

ヤバイヤバイ。

さっきのイタチを笑えない。


僕にしか聞こえない声が語り掛けてくるんだ。

魔法を使え。

お前にしか出来ない事だ。

そう語り掛けてくる。


客観的に見てどう考えてもイタイ妄想だ。

中二病。

それも末期症状だよ。

まさか相手と話し込むところまで進行してるなんて。


「違う、違う。

 妄想やあらへんて」

「タマモ何でもないよ」


首をナナメ45度にしてるタマモに言う。


「もう一個魔法を使う。

 その準備なんだ。

 少し離れてて、強力なの使うから。

 回復魔法だから危険は無いと思うけど、

 初めて使うからどんな影響が有るか分からない」


妄想はともかく。

残り一個しか試せる魔法は無いのだ。

コノハさんの母親を石化したまま放っておく訳にいかない。

やってみるしか無いのである。

ショウマは唱える。



『母なる海の女神』 



何が起きているのか。

空気が濃くなった気がする。

周囲はもう暗い。

森の中は既に深い闇。

それが染められていく。

青い色に。

水の色に。

ショウマが手を伸ばす。

その手から気泡が立ち昇る。

まるで水の中にいるみたい。

光る動くものが見える。

あれは魚か。

海藻も見える。

甲殻類らしき生物もいれば、サンゴ礁も、貝もいる。

プランクトンもいるだろう。

微生物も。

そう全ての生命は海から生まれたのだ。

そして何かが海の中から産まれようとしている。

海の中から巨大な気泡が沸きあがる。

姿を現そうとしている。

ショウマに見えていた海の幻影。

それが一面の泡になる。

泡が沸きあがる上空を見上げるショウマ。

そこには人影が有った。


「あーはっはっはっは。

 やったで。

 久々の現世に実体で参上や」


高らかに笑う女性。

海の女神が空中に立っていた。



【次回予告】

ショウマの知覚が限りなく上へ横へ広がっていくのだ。辺りの空気の構成物質さえ見える。窒素が78%、酸素が21%、その他アルゴンと二酸化炭素が少量。『野獣の森』の全貌が見える。ベオグレイドの街が見える。これだ。『野獣の森』は迷宮。外の世界とは違う世界を成してる。それが分かる。

「ティアマー。奇麗だよ。まるで夜空の星を全て集めて作ったみたいだ」

次回、ショウマは女神の事しか考えられない。 

(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください)

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