第90話 母なる海の女神その2

ショウマが育った村には女神像が有った。

小さな像。

薄いヴェールのような衣を重ねて纏う、長い髪の美しい女性。

小さいからそこまで細かい細工がしてあった訳じゃない。

けどそういう事が伝わる像だった。


今空中にいる女性。

青く透ける衣を幾重にも纏う髪の長い女性。

彼女にはその像の面影が有った。

いや、本来逆なのだ。

彼女に似せてその像が作られたのだ。

母なる海の女神。

大陸でもっとも信者が多いと言う教団。

その教団が崇める女神がショウマの目の前にいた。


「あーはっはっはっは。

 やったで。

 久々に実体で参上や」


ちょっとイメージ違うかな。


「ニィさん、呼び出してくれてありがとうな。

 せやけど遅すぎるで。

 もう呼べるハズやのに、いつまで経っても呼ばん。

 そろそろ堪忍袋が切れるところやったわ」


そう言われてもなー。

ショウマは反応に困る。

目の前に女神様が浮かんでる。

関西弁で文句言われても、どう答えたもんだか。


「あ、そうや。

 呼び出されたら言おうと思ってたんや。

 ニィさんが呼びだすの遅いから忘れてたやん」


「ほな、いっくでー」


「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン」


「なーんちゃってなー。

 あっはっはっは」


………

コマルナー。


「ニィさん。

 ツッコムか受けるかしてくれんと、

 サムイやないの」


イヤ。

ホントウに。

もう充分なんで。


「えーと、

 女神様。

 女神様と呼べばいいのかな」

「そう、女神や。

 海の女神ティアマーさんや。

 『海底に眠る都』の管理者やな。

 ニィさんは?」


「僕?

 僕はショウマ」

「ショウマはんやな。

 覚えたで。

 ショウマはん。

 現代の人間にしてはえらい魔力たっかいなー。

 何年もランク5の魔法使えるヒトおらんかったんや。

 教団にウチと周波数が合う娘がいてなー。

 なんとか育てたろ思ってたん。

 相当力入れて育てた筈やってんけど、

 何時まで経っても魔力足りへんねん」


なんだか女神様はメッチャお喋り。

言葉だけ聞いてると大阪のおばちゃんみたい。

でもショウマの目の前にいるのは女神様。

宙に浮いてる。

長い髪が水の中にいるみたいに浮き上がってなびいている。

青く薄い衣、1枚しか羽織って無かったらスケスケのエロエロだろう。

数枚重ねてうっすらと下の肌色が透けて見える。 

膨らんだ胸や腰つきも見えてしまう。

ついつい見惚れてしまう位には魅力的だ。


「にしてもここは殺風景やな。

 どこや?」

「ここは迷宮『野獣の森』

 “埋葬狼”の巣らしいよ」


「ヤジュウノモリ…ヤジュウノモリ…

 ああ。

 アレやな、フンババちゃんちやな」


フンババちゃん。

ザクロさんが森の精霊、神様だと思ってる人もいると言ってた名前。

ショウマも見たのかもしれない。

ショウマ以外誰も気付かなかった不思議な女性。


「これは難儀な事になってるなー。

 フンババちゃんちとケツァルコアトルちゃんちが近すぎて、

 ぶつかってんのやな。

 これは二人とも大変やで」


ケツァルコアトルちゃんち?


「何とかしてあげたいけど、ひとんちよりまずじぶんちやな。

 『海底に眠る都』をなんとかせんと」


じぶんち?

じぶんちって自分の家のコトかな。

方言混じりで何言ってんのか良く分かんなかった。

ってことは。

フンババちゃんちもフンババさんの家。

ここは迷宮『野獣の森』。

フンババさんは森の精霊、『野獣の森』で神様と呼ばれてる。

『野獣の森』がフンババさんの家。

さらにじぶんち、自分の家、海の女神の家。

『海底に眠る都』とか言ってた。

それって?

ケツァルコアトルちゃんち。

これもケツァルコアトルさんの家。

ケツァルコアトルさんの家が近くに有る。

いや今はそれを考えてる場合じゃない。

コノハさんの母親を治してもらわないと。

それからみみっくちゃんの居場所を探すのだ。

我に帰るショウマの目の前に女神の顔が有った。

近い。

いつの間にか女神はショウマの間近に来ていた。

ショウマを上目遣いに見ながら言う。


「なあニィさん。

 お願いがあるんや」


魅力的な女性の上目遣いである。

しかも女神は身を屈めている。

豊満な胸の谷間が見えているのだ。

男なら無限の吸引力で目が引き寄せられる。

いや、僕の方もお願いするつもりだったんだけど。

ショウマは何も言えなくなってる。

女神の顔を見て、そのまま胸元に視線が引っ張られる。

あんまり露骨に胸見ちゃマズイよね。

無理やりそっぽを向いては女神の方を見る。

また視線が胸の谷間に引き寄せられる。

ほっといたら無限ループになりそう。


女神はニンマリ笑う。

どこ見てるか分かってるんやで―。

そういう笑みだ。


「ニィさん。ちょっとばかり助けて―な。

 ニィさんだけが頼りやねん」

「た、頼り…

 えーと、何でしょう?」


「ニィさんの魔力をちょっとばかり貸して欲しいねん。

 ニィさん、ランク5の魔法使ってもまだ余裕あるやろ。

 さすがやでー。

 逞しいわ。

 その逞しい力を分けて欲しいねん」


なんか怪しいよね。

あからさまな媚、追従だ。

普通のショウマなら怪しいと言うトコロ。

でも今ショウマは女神の胸元に気持ちが行ってる。

脳の中身が90%くらい持ってかれちゃっているのだ。


「いまなぁ、ウチんちボロボロやねん。

 数百年、まともに動いてへん。

 なあニィさんもじぶんちがボロボロだったら嫌やろ。

 何とかしたいんや」

「それは分かりますけど、

 具体的には何をすればいーの。

 家の修理なんて出来ないよ」


「ちゃんとお礼はするでー」


女神は悪戯っぽく笑う。

ショウマの言う事を聞いてない。


「サービスしたるわー。

 女神のサービスやで。

 普通じゃ味わえん快楽や。

 天国にいかせたるわ」


うん?

うん?

それって。

えーと。

女神さまにあるまじき下品なコト言ってませんか?

それともショウマの考えすぎ?


「アタシもなー、人間の男とするの久々やねん。

 楽しみなんや。

 うわー、恥ずかし。

 女に何言わすの。

 イケズやわー」


考えすぎじゃ無かった。

それしか無いですね。


「ほなええな、ニィさん」


いやちょっと待って、待って。

危ないところだった。

そのまま女神の言いなりになるトコロだった。


「先に石化した人を治してあげて欲しいんだ」


コノハさんの母親のコトを忘れるトコロだったのだ。

良く考えたらコノハさんとタマモもこの場にいる。

今のショウマと女神様の言動、全て見られてたのか。


「それならもう治ってるでー」

「え?」


見ると石像だった人はもう石の色をしていない。

地面に寝かされていた石化した人間。

その肌がもう普通に人間の肌色なのだ。

胸が動いてる。

ちゃんと息もしてるみたいだ。


「長いコト石化しとったからな。

 しばらく元気には動かれへん。

 けどもうどっこも悪くない。

 じきに元気に生活できるやろ」

「良かった。

 ありがとう」


「かまへん、かまへん。

 お礼なんて、照れるやないの

 アタシとニィさんの仲やないの」


頭を下げるショウマに女神は手を振って応える。

いやまだどんな仲でもない。

ただの初対面ですけど。


コノハさんは?

母親が治ったと知ったら喜ぶはず。

でもコノハさんはなんだかぼーっとしてる。

目の焦点が合ってない。

タマモも一緒だ。

上空を見つめてぼうっとしてるのだ。


「ああ、ウチやな。

 ウチこれでも多次元高密度情報体やん。

 心の準備無しにウチを見てまうと普通の人間は処理がおっつかんのやわ」

「えーと、

 処理がおっつかない?

 動画が重すぎて動かないみたいなコト?」


「うん、まぁそんなカンジやわ」


うん。

良く分からないけど分かった。

コノハさんとタマモはメモリーが足りなくて動画が再生できない。

パソコンがフリーズしてるのだ。

もしかしてグラフィックボードが付いてないパソコンを間違えて買ったのかも。

性能がいいと思って買ったパソコンがグラフィックボードが付いてなくて、ゲームが出来ないと分かった時の悔しさと言ったら。

豪快に話が逸れてしまった。


「ニィさん、ニィさん」


女神がショウマにおいでおいでと手を振る。

蠱惑的な微笑みを浮かべてる。


えーと魔力を貸すって言われても。

具体的にどうするの?

と思いつつ、女神に歩み寄るショウマ。


「女神様、どうしたらいいの?」


「ショウマはん。

 今はティアマーって呼んで」

「ティアマーさん…」


「さんも無しや。

 ショウマ…」

「ティアマー…」


海の女神、ティアマーに歩み寄るショウマ。

ショウマにティアマーの顔が近付く。

二人の唇が重なる。


ショウマは女神にキスされていた。

ティアマーの体が宙に浮く。

女神と抱き合ったショウマの体も宙に浮く。

ショウマはまだキスをしたまま。

ショウマの視界が限りなく広がる。

辺りは夜、真っ暗なはずなのに光に包まれてるような気がする。

全てがクッキリ見えてる。

今までショウマが見えていた世界がVHSで録画した画像だったとしたら、

今ショウマに見えている世界はブルーレイで録画した4K画像。

そのくらい全てが見える。

コノハさんが見える。

タマモが見える。

まだ二人ともぼーっとしている。

横にはサツキさん。

こうして見るとやはりコノハさんに似ている。

その光景が遠くなる。

ショウマの知覚が限りなく上へ横へ広がっていくのだ。

辺りの空気の構成物質さえ見える気がする。

窒素が78%、酸素が21%、その他アルゴンと二酸化炭素が少量。

ショウマの中で何かが解析した答えを教えてくれる。

『野獣の森』の全貌が見える。

ベオグレイドの街が見える。

これだ。

『野獣の森』は迷宮。

外の世界とは違う世界を成してる。

それが分かる。

今のショウマには知覚できる。

ケツアルコアトルさんち。

もう一つの迷宮。

もう一つ迷宮が有るのだ。

野獣の森は湖から山へと続く。

その山の中にもう一つの迷宮が有るのだ。

山から地下へと続く迷宮。

重なっている。

干渉しあってる。

もう一つの迷宮も上手く作動できていないし『野獣の森』も影響を受けている。

これか。

タマモは『野獣の森』が弱ってると言ってた。

これだったんだ。

「フフフ、ショウマ。

 アタシを見て。他に気を散らしすぎよ。失礼だわ」

ティアマーが言う。

ピッタリショウマにくっついた女性。

まだキスをしてる。

唇は離れてないのに言葉が伝わってくる。

「うん。ゴメンよ。

 ティアマー」

ショウマも唇を離さず伝える。

女神は凄く奇麗だ。

人間じゃない。

人間の肉体だけで構成されていない。

全てが見える、そんな今のショウマにもまだ分からないような物質で構成されてる。

どう表現したらいいのか。

光、魔力、星の力、カルマ値、エーテル、天使、風、高次元存在、海の水、神。

そんな言葉が次々現れて消えていく。

「ティアマー。

 奇麗だよ。まるで夜空の星を全て集めて作ったみたいだ」


うわー。

なんだ、なんだ。

ショウマがそんな言葉を口に出したのか。

ウソだろ。

僕どうしちゃったの。

これ恥ずかしいヤツ。

明日の夜思い出したら身悶えして眠れないくらい恥ずかしいヤツ。

そんな意識がショウマの精神の何処かでわめいてる。

でも今は封印。

口に出してはいないからいいんだよ。


そうだ今の僕なら、みみっくちゃんが何処にいるか分かるかも。

ほんの少し意識を向ける。

ティアマーに気付かれないようそっと。

あの男イタチは何処にいる?

まだそんなにコノハさん達から離れていないはず。

居た、見つけた。

イタチ、亜人の村の男。

今のショウマには分かる。

やはり亜人だ。

そしてその近くに小柄な少女。

みみっくちゃん。

良かった。

無事だった。

みみっくちゃん?

みみっくちゃんなのか。

ショウマの従魔少女。

謎だらけの少女。

物知りで、ちょっぴり小生意気。

ショウマに皮肉も言ってくるけどショウマのためを思ってる。

そんな少女。

そこにいるのはホントウにみみっくちゃんか。


「ショウマ」

ティアマーがショウマに身を寄せてくる。

二人の体が重なり合う。

ショウマの意識は強引に呼び戻される。

ティアマーしか見えない。

女神様の事しか考えられなくなる。



【次回予告】

ケツァルコアトル。

アステカ神話における蛇の神。ゲームなんかでモンスターに使われる回数はフンババよりは多いのかな。その名前を取って、ケツァルコアトルス・ノルトロピなんぞと言う翼竜の学名に使われてたりもする。『ゴ〇ラSP』に出てたね。悪神テスカトリポカと争い焼き払われ、金星に姿を変え逃れたと言われたり、悪の敵は正義みたいな扱われ方したり。人間に文明をもたらした文化神とも言われたり。大活躍だなおい。

「ワタシだ。ワタシが魔獣だ。ワタシこそが魔獣」

次回、イタチは何処にいるのか。 

(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る