第84話 夕暮れの死闘その3

魔術師ミチザネは家の外で立っている。

コノハの家。

外にはユキトと亜人の男がいる。

亜人の少年ユキトは泣き止んだようだ。


「タマモ。

 俺タマモにお別れしてくる」


強い少年だ。

仲間の死に慣れているのかもしれない。

目は縁が赤くなってはいるが、真っすぐ前を見ている。


さて問題は家の中だ。

家の中からショウマさんが出てこない。

自分の神聖魔法でも“妖狐”が回復させられなかった事がショックだったのか。

先程は家の中からなにやら音がしていた。

大丈夫だろうか。

あの男は底知れないが、死に慣れてる風では無かった。

とりあえず様子を見よう。

ユキトと一緒にコノハの家に入ろうとするミチザネ。

だが一瞬先に家から飛び出てくる。

家の扉を蹴破って。

何が。

大きい動物が。

人を背に乗せて。

“妖狐”タマモが白いフードの魔術師を乗せて家を飛び出てくる。

そのまま走っていく。

タマモは猛スピード。

あっと言う間に見えなくなる。

ミチザネとユキトの視界から消えていく。

「あれ、あれはタマモ?」

「ええっ、そんな死んでいたはずでは」

「ええっ」

「ええええええ」

「ええええええええええええええっ」

「ええええええええええええええええええええええええええええっ」



従魔少女ハチ子の視界に入る弓を持った男。

狙っているのはエリカか。

マズイ。


その時。

弓士ムゲンは大きく避ける。

何かに狙われた。

自分が。

果たして。

小型のナイフのような武器。

苦無が木の幹に刺さる。

ついさっきまでムゲンのいた場所。

上手く避けたという安心感と誰が!どこから!という恐怖が体を駆け抜ける。

灰色の布装束。

手に先ほど投げた武器。

ムゲンを襲ってきたのだ。

木の上から。


刺された。

革マントの上から。

相手の武器もナイフのような小型の物。

喰らってはしまったが、重傷では無い。

ダメージはデカくない。

しかし相手は次々攻撃してくる。


木の上から襲われた。

相手は逆サマの恰好で襲って来た。

どうやっているのか枝に足を掛け、頭を下向きに刃物を繰り出してきた。

動きが読めない。

見た事が無いような攻撃方法なのだ。

小柄な人影は枝から宙返りをして見せた。

刃物を投げてくる。

ムゲンは防戦一方。

この距離で弓矢は使えない。

懐に小刀は持っている。

こういった距離に入られた時の護身用。

しかし取り出す事すらできない。


相手は続けて攻撃してくる。

刃物を投げてくる。

ムゲンは躱して見せる。

が、躱した方向に人影は現れる。

次は手に持つ刃物で攻撃してくるのだ。


既にムゲンは手傷を追っている。

重傷こそ避けているが、細かいケガは数えきれない。



「フンッ」

刀が煌めく。

槍を受け止めたのだ。

タケゾウに向かって差し出された銀の槍。

それを刀の腹で打って向きを変えた。

同時にタケゾウは女に近付く。

槍は剣よりリーチの有る武器。

距離を取って戦われるのは不利。

至近距離に飛び込み、もう一本の刀を振るう。

女は腕で受けた。

腕に金属プレートの防具。

女は全身は薄い鎧帷子。

腕のアーマー、胸当て、脛当ては厚みの有る金属鎧。

厚みのある腕アーマーで刀を防いだのだ。


「どうもいけねぇな」

剣士タケゾウはつぶやく。

殺さない程度。

大きなケガを負わせない程度に相手を倒す。

この女は高い値がつくと言われていた女。

そんな事を考えていては刀が鈍る。


女が槍を振るう。

2Mは有る金属の槍。

それなりの重量の筈だが、女は軽やかに扱う。

さっと攻撃の向きを変えタケゾウに刃を向けて来た。

タケゾウは槍を躱す。

相手の武器の方が攻撃距離が長い。

慎重にいかねぇと。

しかし。

女が他の事に気を取られてる。

タケゾウじゃない。

別の方に目を向けてるのだ。

ずいぶんバカにしてくれるじゃねぇか。

足で女を蹴る。

足払い。

女の左足を払う。


それなりに出来る様だがまだまだ甘い。

タケゾウの刀にしか注意していなかったのだろう。

蹴りが来るとは予想もしていなかった。

女はバランスを崩す。


女に大ケガをさせるのはちょいと寝覚めが悪い。

だが仕方ない。

腕の一本くらいはもらおうか。

相手だって槍でタケゾウを狙っている。

喰らえばこちらが死ぬのだ。

逆にやられて、てめぇが死ぬ。

そんな覚悟くらいは持っててもらわねぇとな。


女に向かって刀を振るう。

殺しはしない程度の斬撃。

自分に近い腕。

女の左腕くらいは切り落す。

女の腕アーマーは肘まで。

肘から肩の部分は薄い鎖帷子。

刀で切り落とせる。

そう思って刀に勢いを乗せる。


女は態勢を崩してる。

刀を受け止める事は出来ない。

一瞬後にあの女の左腕は無くなる。

腕が切られ、肘から先が地面に落ちていく。

その光景がリアルにタケゾウには思い描ける。

その瞬間。

耳が捉える。

ヒュッ!

風を切る矢音。

逃げろ!

タケゾウは人間相手に実戦を重ねてきた剣士。

その剣士のカンが囁く。

今は切る時じゃねぇ。

無理やり転ぶようにしても避ける時。



従魔少女ハチ美は樹上から弓矢を放っていた。

樹上。

太い木の枝に立っているのだ。

簡単にバランスが取れる場所ではない。

そこから弓矢で狙うなど普通は出来ない。

しかし彼女は羽根を羽ばたかせていた。

安定しない足元を羽根の浮力で支える。

高い位置から矢を放てば、攻撃力も距離も上がる。

位置エネルギーが加わるのだ。

要するに矢が重さで落っこちる力、それが攻撃力にプラスされる。


ハチ美は戦場を観察する。

敵は何人いる?

イタチ。

強敵と感じた男が二人、剣士と弓士。

そこまで強敵では無いと感じる男達。

盾を持つ男がリーダーだろうか。

チンピラと呼ぼう。

リーダーも含めて6人。

一人はケガをしている。

アバラ骨でもやられたのか。

腹に布を巻き着け、歩くのもやっと。

おそらくケロ子殿を攫う時、やられたのだ。

彼女達だって抵抗せずにやられる訳が無い。

怪我をしたものを人数外とすればチンピラが5人。

さらに紳士服の男。

合計9人。


エリカがチンピラを切った。

彼女はチンピラを圧倒している。

これで8人。

態度が大きいだけの事は有る。

さらにもう一人切った。

チンピラはまだ立っている

背中から血を流しているがエリカに剣を向けている。

「ハッ」

ハチ美の矢が貫いた。

これで7人。

中央に剣士が見える。

姉と戦っている。

矢を数本放つ。

姉には当たらないよう慎重に。


「助けてくれ。

 止めてくれ」

紳士服の男は足をケガしている。

自分が放った矢が当たったのだ。

情けない声を上げている。

もともと非戦闘員だ。

逃げ足を奪えば人数に数えなくていいだろう。

後は6人。

いや待て。

あの紳士服の男。

あれは一行のトップでは無いのか。

あの男を捕まえれば、状況は好転するのではないか。


ハチ美の目的は女性たちの奪還。

ケロ子とイチゴらしき人影が倒れているのが見える。

みみっくちゃん、コノハは見えない。

どこにいるのか。

それも男達から聞き出さないと。


紳士服の男はハチ美の矢で足をやられている。

逃げられない。

今なら確保できる。



女冒険者エリカは腕に痛みを感じる。

後ろから右腕を刺された。

肘の後ろ辺り。

大きなケガはしていない。

まだ手は動かせる。

剣を持つ利き手。

右手をやられたのは痛い。

調子に乗ってイタチが攻めてくる。

槍を連続でエリカに向けて突き出す。

エリカは逃げるしかない。



ムゲンは弓を切られた。

左手に持っていた弓。

相手が凶器を突き出す。

自分の身体を庇うのに使ってしまった。

弓身が切られる。

愛用の品だと言うのに。


「降参しますよ。

 私は雇われただけで大したことはしていない。

 命を懸けるような仕事じゃないんです」


ムゲンがアッサリ言った。

金は惜しい。

遠距離から女を気絶させる。

それだけの仕事だったはず。

手強い戦士達の襲撃に対応する。

そんな内容は頼まれていない。


小柄な布装束は警戒していた。

本気だと分かるとムゲンの両手を縛って去って行った。

慌てたように。

弓士ムゲン戦線離脱。

男達の残りは5人。



ハチ子は立ち上がる。

足元をすくわれたのだ。

刀を持った相手と対峙していたのに。

他の事に気を取られた。

バカか、ワタシは。

最初に役割は決めた。

ハチ子とエリカは突っ込んで戦う役回り。

支援やフォローはハチ美とコザルの役だ。

バランスを崩した自分に攻撃してくる。

そう思ったが、刀を持った男もバランスを崩している。

辺りは乱戦状態。

向こうも何かに足でも引っかけたのか。


頭の髪の毛が伝える。

後ろからハチ子に向かってくる。

舐めるなっ。

振り向きもせず、槍を後ろ手に振るう。

見なくても分かる手応え。

チンピラ冒険者が襲ってきたのを貫いた。

相手は後ろから襲ったつもり。

反撃を予想もしてなかった。

モロに喰らっただろう。

「ガッ」

呻きながら倒れる。

ハチ子は振り向いて確認したりしない。

刀を持った男から目を離さない。

この男の方が危険。


ザコ男一人重傷、戦線離脱。

男達の残りは4人。



イタチはニヤニヤ笑う。

あざけるような笑み。

完全に自分が有利。

相手の女戦士は利き腕を傷つけた。

剣を持ってはいるが、操る腕に先ほどまでのスピードは無い。

自分は金持ちだと見せびらかすような鎧。

鎧の下は赤い布の服。

鎧の隙を縫って槍の先端で攻撃した。

女は傷を幾つも追っている筈。

エリカと名乗っていたか。

生意気そうな顔が苦し気に喘いでいる。

このままジワジワと甚振ってやりたい。

しかしそうもいかない。

周りはまだ戦闘音がしている。

スポンサーの男も矢傷を折った筈だ。

手当してやらないと。

死なれでもしたら、ここまでの苦労が水の泡だ。

まだ金を貰っていないのだ。


「おい、降参しなよ。

 これ以上続けてもお前に勝ち目は無いぜ」



エリカの目の前の男が馬鹿にしたような笑いを浮かべる。

降参しろだと。

こんな卑劣漢に。


「誰が、アンタなんかに負けるってのよ」

エリカは言ったモノの腕は思ったように動かない。

手足にも腹にも傷を負っている。

深手では無いけれど、ジワジワ体力が奪われている。

でもまだ反撃のチャンスが無いワケじゃない。

コイツはアタシを殺そうとはしていない。

相手は槍だが、短槍。

そこまでリーチの差は無い。


一端エリカは距離を置く。

後ろに下がってタイミングを待つ。


「分かってるだろ。

 自分が不利だって事くらい。

 これ以上続けたら、殺しちまうぜ」

「フン、卑怯者。

 アンタこそ、コノハさん達を返して逃げ出しなさい

 女の人を全員返せば見逃してあげない事も無いわよ」


エリカは絶対降参したりしない。

女を攫うような連中に屈するものか。


イタチが槍を突き出してくる。

柄の下の方を握って距離を取った攻撃。

これを待っていた。


『武器砕き』


剣戦士のスキルを使うのだ。

相手の武器を砕く。

成功するかどうかは相手の武器の頑丈さにもよるけれど。

こんな普通の木の柄に刃先を付けた槍くらいなら。

と思ったのに。

アレ。


エリカの目の前からイタチが消える。

いや。

視界の風景が変わっている。

これは何度か経験した事がある。


『変わり身』


コザルの忍者スキル。

どういう仕組みか。

コザルとエリカのいた場所が入れ替わるのだ。

不思議な技。


多分、エリカがやられそうになってるのを見てコザルが使った。

余計だわよ。

これから逆転するところだったの。

でもさすがね、コザル。

信頼度抜群のチームメンバーに心の中で語り掛ける。

エリカは全身傷だらけ。

正直立ち回りはシンドかったのだ。


エリカのいた場所は、先ほどまでより少し離れた場所。

さっきまで対峙していたイタチが見える。

亜人の村の卑劣な男。

槍を突き出した先にいるのは小柄な人影。

布装束の忍者。


そこまでは予測した通りの光景。

そこまでは分かっていたのだけど。

これは予測していない。

イタチの槍は布装束に刺さっている。

かすめたどころではない。

コザルの体の中心部に深々と刺さっているのだ。



戦場のど真ん中。

ハチ美は倒れている紳士服の男を踏みつける。

足に刺さった矢を抜こうと悪戦苦闘していた男。


「ウンバラゲクッ。

 な、何をする!」

腹を踏みつけられた男は意味不明な叫び声を上げる。

弦を引いた弓矢を突き付ける。


「な、な、なーっ?!

 や、やややっや、やややっや」

矢を向けないでと言いたいのか。

やめてくれと言いたいのか。

情けない男だが、おそらくこいつがトップ。

これで終わったかもしれない。


「キサマリャ…」

キサマラ、抵抗を止めて大人しくしろ。

そう言おうとしたハチ美。

だが後ろから彼女の顔に布が掛けられた。

声が出ない。

布を振りほどこうとする。

が腕に力が入らない。

目が明かない。

自分の身体が倒れていく。

地面へと。


「アブねぇな。

 大丈夫かよ?」

盾を持った男は、紳士服の男を助け起こす。


「助かった。

 アンタを雇っといて正解だったぜ。

 チェレビー」

「報酬にイロつけといてくれよ。

 上手い事逃げられたらな」



コザルは。

コザルは忍者。

その任務はエリカを助ける事。

槍を持った男がエリカを襲おうとしている。

エリカは傷を負ったのか。

動きが鈍い。

走りながら唱える。


『変わり身』


コザルの視界がフッと変わる。

エリカのいた場所。

コザルのいた場所。

二つが入れ替わったのだ。

コザルの目の前に槍を持つ男。

確かイタチと呼ばれていた。

通常なら避けられるレベルの槍撃。

しかし。


慣性の法則。

その古典力学の名前をコザルは知らない。

でも身体は法則に縛られる。

すべての物体は外部から力を加えられない限り等速直線運動を続ける。

先程までエリカに向かい走っていたコザル。

その身体は前へと動く。

槍の突き出される方向へ。



「コ、コザル!」

ウソでしょ。

どんな攻撃でも避けて見せたじゃない。

こんなところでモロに攻撃を喰らうなんて。

喰らってるように見せて、何かの技で避けている。

そう思いたいけれど…。

槍は布装束の中心を貫いてる。

イタチは倒れたコザルから槍を引き抜こうとしている。


エリカの体から力が抜ける。

全身に傷を負っているエリカ。

イタチと対峙している時は気合で持たせていた。

その気合が抜けてしまったのだ。

体中が痛い。

チンピラを切った時、指を切り落としてしまった。

その光景で動揺してしまった自分。

そんな自分が情けない。


「おい、嬢ちゃん。

 降参しときなよ。

 ダンナが今降参すれば、嬢ちゃんは見逃してもいいってよ」


振り向くエリカの目に入ったのは、盾を持った男。

その男に支えられた紳士服の男。


「アイツ放っとくとヤバイぜ。

 嬢ちゃんが降参すれば、オレが薬で治療してやるよ

 その剣を下に置きな」


盾を持った男がそう言う。

アイツとはコザルの事を指してるみたい。

治療。

治療しないとヤバイ。

槍は体の中心を貫いている。


「分かった」

エリカは絞り出すように言った。

剣から手を離す。

剣は刃先から落ち地面に刺さった。




【次回予告】

気を取られているハチ子に男が突っかける。槍を手にしたチンピラ冒険者。ハチ子は振り向きもせず、聖槍を振るう。「グガッ」チンピラは腹を抑えて倒れた。この程度の相手ならハチ子は目をやる必要などない。頭の毛が教えてくれるのだ。動きも距離も。

「手当をしてやれ。乙女の顔に傷が残ったらどうする」

次回、ハチ子は怒る。 

(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください) 

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