第52話 カトレアの帰郷その1

カトレアは道を歩いてる。

迷宮都市から近くの村へ向かう道。



ガンテツには言ってある。


「ちょいと里帰りしてくる」

「………」


「数日だよ。知ってるだろ。ウチの実家は隣の村さ。一日で歩いて行ける」

「分かった」


「『不思議の島』に出発するのは一週間後だろ。それまでに戻ってくる」

「そうだな」


ガンテツは言葉少なく答えた。



村が見えてくる。

カトレアが村を出て数年経ってるのに全く変わってない。

カトレアは革鎧の戦士姿。

村人じゃないのは一目で分かる。

それでも警戒されることは無いだろう。

旅人が通る事の多い村だ。

近くには迷宮都市がある。

迷宮に向かう冒険者も通る。

戦士姿の人間が通っていくのには慣れた村人達なのだ。


カトレアは街道沿いから村の奥の方へと入って行く。

カトレアの実家は猟師。

裏山に近い村の奥の方に住んでるのだ。


「あなた、どっちへ行くつもり?

 街道は向こうの方よ。

 そっちに行っても何も無いわ」


カトレアは声をかけられた。

街道から外れて、村の奥へ向かうカトレアを不審に思ったのだろう。


「ああ、気にしないでくれ。

 元地元のモンだよ」

「あなた!

 カトレアじゃない」


「ユリか!」

「久しぶりね」


「おう。しばらくだな」


ユリ。

村長の孫娘だ。

カトレアとは同い年。

気の強い女子同士、気が有った。

カトレアが村を出てからも、何度か会ってる。

ユリが迷宮都市に来て、顔を合わせたのだ。

別にカトレアに会いに来た訳では無いだろう。

村からは定期的に街に馬車を出して、作物を売っている。

逆に街でしか手に入らない物を買いだして、村に持ち帰りもする。


「なに?

 カトレアが村に来るなんて。

 何年振りよ」

「うーん。16の時村を出たんだから、6年振りかな」


「じゃあ、両親のところ行ってあげなさいよ。

 私は後でそっちの家にオジャマするわ」

「よーし。

 待ってるぜ」


カトレアの帰宅に両親は驚き、喜んだ。

6年間まったく会わなかった訳では無い。

父も母も迷宮都市にたまに訪れている。

例えば、もうしばらくすると収穫祭が有る。

村では素朴な祝い事だが迷宮都市では大型イベントだ。

両親も毎年では無いが収穫祭に参加しに迷宮都市までやってくる。

カトレアが村に来ることが無かっただけだ。


カトレアは土産に菓子や布を渡す。


「アンタがこんな気遣いできるようになったなんてねぇ」


母親は涙もろくなってるみたいだ。

まだそんな年でも無いだろうに。


なんだか小さい女の子が家を覗き込んでる。


「お前、もしかしてコギクか!

 覚えてるか?

 カトレアさんだぞー」


ダッシュで近寄ったら逃げてしまった。

コギクはお隣さんの娘だ。

コギクとは何時以来だろう。

多分コギクが5歳くらいの時に会ったのが最後、それ以来6年ぶりだ。

覚えていなくても無理は無い。


「あのあの」


逃げてしまったと思ったら、少し離れたところで隠れながらこっちを見てる。

そういやカトレアは弓戦士スタイルのままだ。

怖がらせちゃったかな。


「カトレアさん。

 お久しぶりです」


小っちゃい声だけど聞こえる。

覚えててくれたかー。

精一杯笑って見せる。

ニッコリ。

ほーら怖くないよ。


「あのあの。

 カトレアさんは迷宮都市で冒険者をしてるんですよね」


そうだよ。

なんだろう。

村ではどんなウワサになってるんだろう。

あそこの娘は家出して迷宮都市で冒険者をしてるんだって

まぁコワイ

冒険者なんてチンピラみたいなもんでしょ

あそこの娘は図体もデカくて気性も荒かったからね

いつもケンカばかり

ショウマちゃんは大人しくて勉強も出来るのにね


ムカッ

カトレアは想像に腹を立てる。

村の住人の名誉のために言っておくとカトレアの勝手な想像だ。

特に最後の一行なんて誰も言っていない。


ビクッ

カトレアの顔に気分が露骨に出てしまったらしい。

コギクが怯えた顔で後退る。


「ああ

 ゴメン、ゴメン」

ニッコリ

ほーら怖くない怖くない。

コギクは遠巻きに尋ねてくる。


「迷宮都市でショウマ兄ちゃんに会いましたか?」


ショウマ!


冒険者の週間功績順位!

1位は天翔ける馬。

「知ってます。ショウマのチームです」


チックショウ!

カトレアの顔色が変わったのが見えたのだろう。

今度は本当にコギクはいなくなってしまった。


夕食はちょっとしたパーティーのようになった。

カトレアが帰ってると聞いて近所の人が集まってきた。

せまい村だ。

ウワサ話は奥さんたちを通じてすぐに伝わる。

ユリも来た。

出来たばかりと言う葡萄酒の瓶を持ってきた。

季節は秋。

収穫のシーズン。

村人は果物や畑の収穫物を持ってくる。

父親も獲ったばかりの獲物を庭で焼いて、来た人たちに振る舞う。

早めの収穫祭のようになってしまった。


カトレアのところにドンドン挨拶に来る村人。

カトレアが覚えてないような人もたくさんいる。

カトレアは少しは名の知られた冒険者チームの一員。

村から出たスター扱いだ。


酒を勧めてくる親父達。

村では葡萄酒を作ってる。

酒には不自由しない。

最初は素直に付き合っていたカトレア。

途中からは親父達を適当にあしらう。

酒は好きだが、全部付き合ってたらぶっ倒れちまう。


逃げ出して自宅で一休みするカトレア。

なんだか色々考えたくて来たのに、考えるどころじゃなくなってしまった。


『花鳥風月』は不思議の島に行くと言う。

キョウゲツが宣言した。


「拙者は『不思議の島』に行く。

 ついてきたくない者は来なくてかまわない。

 無理に連れて行こうとは思っておらん」


一人でも行くつもりのようだ。

当然ガンテツは行くだろうと思った。

ところが。


「オレは行かないよ。

 いや、最初に『不思議の島』に移動するまでは付き合おうかと思ってる。

 キョウゲツとの付き合いだからな。

 後は戻ってきて、迷宮都市に骨を埋めるさ」


なんという晴天のヘキレキ!

カトレアは晴天の霹靂なんて言葉は知らなかった。

唖然とした顔をしてたらガンテツが教えてくれた。


「そんな、晴天の霹靂みたいな顔すんなよ」


「キョウゲツはな。

 もっと強くなりたいんだ。

 だから『不思議の島』だ」


『不思議の島』

カトレアも聞いた事がある。

『地下迷宮』よりも『野獣の森』よりも強い魔獣が出る。

最難関迷宮。

『竜の塔』や『静寂の湖』がどうかは分からないけど。

現状では最も強い魔獣と戦える場所だ。

冒険者は強い魔獣を倒せばより強くなる。

だから『不思議の島』に行ってより強くなる。


「キョウゲツは…キョウゲツさんはどうしちゃったんだ?」


「もともと戦闘の事しか頭に無いヤツだし、

 強さに執着してんのも知ってるけど

 それなりに仲間思いのトコだって有ったじゃんか」

 

キョウゲツは『花鳥風月』のメンバーより一回りは強い。

本当は地下迷宮3階の敵じゃ物足りない。

4階に、5階に行きたかったはずだ。

でも他のメンバーに併せて3階を中心に行動してた。

3階は稼ぎやすいし、植物が多くて空気も良い。

罠も無ければ、溶岩だって無い。

ヤツはチームリーダーだけど、むしろメンバーの声に従ってた。

それがついてきたく無い者は来なくてかまわない、なんて。


「アイツはなぁ、そろそろ年なんだ」

「まだ30代だ。

 そんなにジジィじゃねーだろ」


「じゃぁオレはどうだ。

 もう40代だ」

「………」


「これ以上どうあがいても、

 オレは能力が上がらないだろうよ」


冒険者の年齢。

何時が限界とは一概には言えない。

実際『花鳥風月』の斧戦士は50台だが、まだ元気に毎日迷宮探索している。

『名も無き兵団』のサラは60を超えてるハズだ。

もっともサラはリーダー役、迷宮に入る事はほぼ無い。


純粋な肉体のピークは20代だろう。

そこにLVアップが加わる。

スキルも覚える。

本人の戦闘経験や判断能力というモノもある。

しかし肉体そのものは30過ぎれば衰えてくる。


プロスポーツ選手はほとんどが40過ぎれば成績が落ちていくと言う。

フィギュアスケートの選手は極端だ。

10代がピーク。

20歳過ぎれば引退が見えてくる世界なのだ。


冒険者もそうだ。

LVアップによるステータス強化。

これが30後半になるとほとんど伸びなくなる。

40過ぎるとLVアップしてステータスダウンする事すら有ると言う。


「だから、

 アイツは焦ってるんだろうぜ。

 今動かなきゃ間に合わなくなるってな」

「ガンテツは…迷宮都市にいてどうするんだ」


「そうだな。

 似たような連中集めて日銭を稼ぐか。

 それとも、組合が人員を募集してるらしい。

 組合で事務でもやるかな」

「事務~?

 事務ってツラかよ。

 警備員だろ」


「何だと。

 オレの頭脳を知らねーのか。

 こう見えても計算も出来るし、迷宮都市の法律にだって詳しいんだぜ」


ああ。

知ってる。

ホントは知ってるよ。

お陰で助かってた。 

 


「カトレア、どうしたの?

 シケタ顔してる」


カトレアは回想から呼び戻される。

見るとユリだった。

葡萄酒をグラスに入れて渡してくる。


「ほら。

 今年の新酒よ」

「アンタの酒じゃ断れないね」


何も変わらない村だけど、ユリは頑張ってる。

今年取れたばかりの葡萄から作った新酒。

これを瓶に入れてキレイなラベルを貼って売り出したのはユリだ。

カトレアも何度か買ってる。

街で扱ってる店が増えてる。

徐々に評判が上がってる証拠だ。


「ウマイ。

 さすが未来の村長の作った酒だ」

「なによ、それ」


「ヒッヒッヒー。

 聞いたぜ。そろそろ村長になりそうだってな」

「まあね。

 他にやれるヤツがいないわ」


村長の息子はユリの親父。

だけどコイツは出来が悪くて有名。

人妻や、後家さん、未成年の女にまで手を出すロクデナシだ。

ユリの祖父はコイツにだけは村長の座を譲る気は無い。


ユリの方は鳶が鷹を産んだ、出来る女で有名。

ただ、どうしても若い女だとナメられる。

そろそろ年齢も上がって来た。

新商品、新酒を売り出して成功した実績もある。

そろそろ村長もその座をユリに譲るだろうともっぱらの噂なのだ。


「アタシが村長にって話が進んだのは、

 カトレアが有名になったからってのも有るのよ」

「なんだそりゃ?」


「アタシとカトレアが仲良かったのは村の人間みんな知ってるわ。

 女が村長だと~なんて文句をつけてくるチンピラが出なかったのは、

 ユリに手を出したら冒険者カトレアが黙ってない。

 そんな噂があったからよ」

「ヘー。

 初めて聞いたよ」


「フフフ。

 どうしたの?」

「うん?」


「元気ないじゃない。

 カトレア、有名な冒険者になって見せるって言ってた。

 冒険者になって見返してやるってね。

 実際になったじゃない。

 『花鳥風月』の一員になって、村のスター。

 夢を叶えたんじゃない。

 その割にシケた顔してるわ」

「ああ。

 何かとユリにはグチばっかり言ってたね」


なんでウチは落ち込んでるんだろう。


「あのね、

 ショウマが…」


ショウマが何だろう。

冒険者チーム順位1位。

どう聞いても冗談だ。


「ああ。

 やっぱりショウマが何かやらかしたのね。

 迷宮都市に行って冒険者になるなんて言うから、

 カトレアと鉢合わせするんじゃないかと心配してたのよ」


「何だよ。

 ショウマが冒険者になった事知ってんのかよ」

「ええ、村を出るとき居合わせたわ」


「何だよ。じゃ止めろよ。

 アイツが冒険者なんて出来るワケないだろ」


そう出来るワケない。

冒険者は命懸け。

なのに。

チーム順位1位は天翔ける馬。

ショウマのチーム。


「うん。

 でもショウマも子供の頃から冒険者になるって言ってたわ。

 あんなヤツでもそれなりの考えは有ったんでしょう。

 どうなの?

 そろそろ10日。

 戻ってこないってコトは

 アイツ、なんとかやってるの」

「ああ

 なんとかやってるどころか」


なんとかやってるどころかウチより上だよ。

チクショウ。

どいつもこいつもショウマか。



【次回予告】

カトレアは遠距離からドンドン弓矢を撃つ。相手は頭数がいる。とりあえず減らさないと。カトレアの矢が野犬の胴体に刺さる。野犬は面白いほどアッサリ倒れる。魔獣“狂暴犬”だったらこうはいかない。動きが素早く簡単には当たらない。当てても一撃では倒れてくれない。

「神官~、宗教関係はイヤだな。役人かメンドクサイな。だいたい僕は冒険者になるんだよ」

次回、コギクがバラす。 

(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください) 

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