107. 準備
グラリ。と一瞬だけ小さな揺れが起こる。
ユアンとメアリーの結婚式から数か月、ふとした時感じるか感じないかの小さな揺れが起きるようになっていた、ただあまりに数は少なく、揺れも小さいので、その揺れを気にしている国民はほとんどいないだろう。そうここに集まっているメンバーを除いては。
小さな揺れが収まるとレイモンドは改めて今日集まったメンバーの顔を見渡したあとユアンに向けて声をかけた。
「最近小さな揺れが多いのも、やはり前兆なのかな」
別に疑っていたわけではない、ただローズマリーたちほどユアンと親しいわけではないレイモンドは、初めてローズマリーからユアンの語る未来の災害のことを聞いた時にはさすがにすぐに信じることは出来なかった。
それでもユアンのおかげで、黒魔術師を捕まえローズマリーを救ってもらった恩もあったし、この先自然災害の備えをするのは国としても必要なことだったので、ローズマリーが公約で街の整備をしたいと言い出した時も口を挟むことはしなかった。
ローズマリーやアレクから聞かされているユアンの人柄やレイモンドが見てきたユアンという人物を見る限り、そんな嘘をつくような男ではなかったし、何か陰謀的なことが絡んでいるとも思えなかったのもその理由だ。
それでもレイモンドは王太子である。他のメンバーのように全面的に一人の人物を信じて、協力をすることはできない。いままで特に疑ったりせず信じた振りをしていたのは、国にとってユアンたちがしていることは不利益をだすものでなかったから、それだけだった。
「ユアン君、資金面のほうは本当に大丈夫なのか?」
「はい、なんの問題もありません」
レイモンドがなんとも言えない複雑な顔で頷く。
しかしここにきてレイモンドもただ見守るだけとはいかなくなってきていた。
この間の話し合いで資金面はなんとかなると自信ありげに言いきったユアンは、言葉の通り利益を上げていった。
(未来を知っていなければこれだけ多くの商品の中から流行り物を見極め業績を伸ばすことは不可能だろう、そしてその利益はほぼ全て国のために寄付している、それだけの熱意を注げるのも最悪な未来を知っているからなのか)
未来を知っている。今その言葉をレイモンドも疑いようがなかった。それは同時に、ユアンが語った未来が本当に起こるということも認めることになる。
あるかもしれないための準備だけではすまない。魔具研のメンバーはできることはやってくれているが、もし本当にそんな未来が来るのなら、王太子としてもっと積極的に手を打たなくてはならないのではないか。
王子であるから動かせるものがあるのではないか。
「幸運なことに私たちは未来に起こることを知っている、だからこそきたる未来に向けて対策を練ることができる。街の整備の強化、魔法石の開発」
ローズマリーは結婚式で公約として街の整備を掲げ、その計画案をもとにいま少しづつ工事が行われ出したところだった。
狭い道は最低荷馬車が通れる道幅にしたり、暗い道には街灯を設置したりする予定だ。また井戸とは別に誰でも使える水の魔法石の開発も進めている。
「しかしどんなに万全に準備しても絶対ということはない」
どこまで被害が防げるかなど誰にもわからない。
「いっそ、全国民避難させるか?」
冗談交じりにアスタがそう言った。
事前にそれが出来れば一番いいのだが、魔具研のメンバーたちのように、無条件にユアンの話を信じる国民などいないだろう、多少の交流があったレイモンドさえ、周りのユアンに向ける絶対的信頼と、ユアンのいままでの行動をつぶさに観察して今ようやく信じる気になったぐらいだ。
そんなことを考えレイモンドが首を振る。
「それは無理だろう。私たちが何をいったところで、呆れられるか、下手をしたら国をパニックに陥れようとする者と疑われ、再び第二王子派につけいる隙を作ってしまうだけだ」
今はそんなことに構っている暇はない。
それに仮にみんなが信じたとして、無事災害を乗り切ったとしても、その後ユアンは二度と静かな生活は送れなくなるだろう。
そんなことはユアンの仲間は誰も望んでいないはずだ。
だから災害が起きた時に、最小限に事態を収拾することが大切であり、そのための対策を議論しているのだ。
「ユアン君の記憶では、震災が起こる日は、ちょうど収穫祭祭りの当日だったな」
だからより深く状況を知り、些細なことも見逃さないように対策をしなければならない。
☆──☆
~回想~
祭りにはしゃいで遊び疲れ眠ってしまったルナの息子のクレセントを、父親であるクリスに受け渡すと、ユアンは大きく腕を伸ばした。
屋台の立ち並ぶ港から、そんな距離はなかったがずっと抱きかかえて教会まで歩いて来たので、腕が悲鳴をあげていた。
「義兄さん、今日はルナとクレセントを祭りに連れて行ってくださり、ありがとうございました」
「本当に助かりました。私一人では手に負えなかったから。でもお兄様、メアリー姉様を一人にして本当に大丈夫でしたの?」
クリスが息子を教会の奥に寝かしつけに行ってる間、ルナが申し訳なさそうにそうたずねた。
教会の勤めで忙しいクリスに変わって、ルナとクレセントを祭りに連れていくと言ったのはユアンだった。
「あぁ。本当は気晴らしに、メアリーも一緒に来れたらよかったんだけど……」
少し疲れた顔で、でも笑顔で送り出してくれたメアリー思い浮かべながら、視線を落とす。
二度目の流産を経験したメアリー。体はもう回復はしていたが、気分転換に祭りに行こうと誘ったユアンの申し出をやんわりと断っていた。
「祭りで珍しい異国の食べ物を見つけたから、沢山お土産を買って帰るよ」
そう言って力なく笑みを浮かべると、ユアンは大きな体を揺らして、再び港へと向かった。
少しでも元気がでるように、メアリーの好きそうな小物や、初めて見る異国の食材や食べ物を買い込む。
その時十五時を知らせる教会の鐘が鳴るのを聞いた。ユアンもそれを聞いて最後に甘味でも食べて帰ろうかと、考えていたところに初めの揺れが来た。
それはいつもどおり微かな揺れではあったが、いつもより長く、まるで船に乗って揺られているような気持ち悪いものだった。
その揺れに珍しく食欲を無くしたユアンは、そのまますぐにメアリーの待つ屋敷に
帰ることにした。
市街地のはずれに待たせておいた馬車に乗り、学園よりさらに高台にある屋敷まで馬車で一時間弱。
馬車の中でメアリーに買ったお土産を整理していると、ドンと下から突き上げるような大きな衝撃に、せっかく並べたお土産が無残に馬車の中に散らばった。
その後もしばらく大きな揺れが続き、従者が馬を落ち着かせようとしているのが分かった。
時間にしたら三分も揺れなかっただろう。
しかしいままで体験したことのない大きな揺れに、ユアンは馬が落ち着くと急いで屋敷に向かうように指示を出した。
学園を通り過ぎ、ユアンの屋敷が見える手前に、街を見渡せる開けた場所があった。
馬車の中からふと街を見下ろすと、普段なら夕焼けが海に反射してキラキラと宝石のように煌めいて見える景色が今日は違っていた、街も海も全体がどんよりとした煙に包まれ、ところどころに赤やオレンジの炎がはじけて見えた。
(──ルナ!)
さっきまでルナたちと祭りを楽しんでいた街が燃えていたのだ。
ルナたちのことが頭をよぎる。でもいまからユアンが引き返したところで何ができるだろう。
「クリスは水魔法の使い手だからきっと大丈夫だ」
祈るようにそう言い聞かせる。それと同時に屋敷に一人残してきてしまったメアリーを想う。
「大丈夫だよね、メアリー」
不安を取り除くようにそう言って、メアリーのためにかったお土産を握りしめた。
☆──☆
「十五時の鐘が鳴って少ししてから、小さくて長い揺れがありました。そして次の下から突き上げるような大きな揺れは屋敷に向かう途中の開けた丘の手前だったから、たぶん三十分~四十分後ぐらいだったと思います」
多分あの大きな揺れの後、一気に街は火に包まれたのだろう。
あの日は祭りで火を使っていた屋台もたくさん出ていたし、家の前にも蝋燭を立てたランプが沢山吊るされていた。
記憶を思い出し、青ざめた顔のユアンをメアリーがその肩を抱き寄せる。
「やはり、一番大きな問題は火災だな」
レイモンドが呟く。
「あと、建物の倒壊です。僕の屋敷は崩れてこそいなかったですが、室内は物が散乱してとても歩ける状態じゃなかったです。街の建物は古くて手入れをしてないものが多いから、もっと倒壊しやすいと思います」
「そうだな、それもやはり手を加える必要があるな」
「ちょうど祭りの時だから、普段より騎士や魔法使いを多く配置しよう。それに蝋燭のランプの代わりに、魔法石の明かりを支給すれば火災はだいぶ減らせるはずだ」
アレクが言った。
「そうね、噴水や水場の整備も進んでいるし、古い建物の改修工事が難しくても、土魔法石を色々な箇所に設置しておけばいざ倒壊しても周りに被害をださずくいとめられるかもしれないわ」
ルナが提案する。
「そうだな、まだ時間はある。やれることは全てやっていこう、他にもいい案が浮かんだものはすぐに報告するように」
レイモンドはそういうと、ユアンの方に向きなおった。
「私たちは私たちができることをやるだけだ、ユアン君が責任を感じることはない、寧ろ私たちを信用して話してくれて感謝している」
そういって改めてレイモンドは頭を垂れた。
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