101. 襲撃

「メアリー」

「あっ、ユアン。あなたも散歩」


 式も終わり寝る前に酔い覚ましのつもりで庭園に出てきたユアンは、夜風にでもあたりに来たのか同じように一人で歩いていたメアリーを見つけるとそう声をかけた。

 

「アスタ先輩が目を覚まして、またさんざん飲まされそうだったから、クリスに押し付けてきた」

「大丈夫かしらクリス君」

「クリスは立派な聖職者だから、きっとアスタ先輩をうまく慰めてくれるよ」


 ユアンの言葉に憐憫の情を浮かべていたメアリーが小さく笑う。


「あと、メアリー僕たちの結婚式についてなんだけど」

「うん」


 メアリーが少し照れくさそうに頬を赤らめながらユアンを見上げる。


「次の買い入れが終わったらしばらくこっちでゆっくり出来そうなんだ、だから」

「わかったわ。お店の方ももう私が全部作らなくてもまわるぐらいにはなってるから」

「ありがとう、遅くなってごめんね」

「いいえ、私からも店が軌道に乗るまでってお願いしたのだし、ちょうどいいタイミングだわ」


 くすぐったいような温かい空気が二人を包み込む。


「メアリー」


 ユアンがメアリーの頬に手を伸ばす。


「ユアン」


 その時だった。


「ユアンちょっと待って!」


 メアリーの身についていたブレスレットが淡い光を放なった。

 それは、クリスとルナが聖水を封じ込めることに成功した魔法石でできている魔除けのお守りだった。

 それが光を放っているということは近くに、邪悪なものがいるということを示している。

 ユアンがとっさにメアリーを背中に隠すように周りをうかがう。


 その時視界の隅で何かが動いた。


「っ!」

「聖魔法”守りの盾”!」


 メアリーがクリスのくれた魔法石を突き出すと、光り輝く盾が現れた。

 それと同時に黒い影が二人に飛び掛かって来た。


「ヘビ?」


 メアリーの魔法の盾にあたったヘビらしきものが、ジュッという音とともに地面に落ちる、すかさずユアンがそのヘビのような生き物の頭を踏みつけた。


「ユアン大丈夫?」

「あぁ、メアリーが守ってくれたから」


 いつも持ち歩くようにしていた魔法石の袋を持ってこなかったことを後悔しながら、地面に転がったその亡骸を見た。

 それはヘビに姿はよく似ていたが、黒とオレンジと模様とまがまがしい魔力から、こんな人里では見ることのない魔物の一種だとわかった。


「なんでこんな人里に魔物が」


 そもそも魔物は魔力が豊富な森の奥からはめったに出てこない、そしてある程度人が住んでいる領地やまして屋敷などには魔除けの結界が張ってあるので、よほど強い魔物でなければそう容易には入ってこれないはずであった。

 この魔物はどう見ても結界を壊してまで入って来るような強い魔物ではなかった。

 ユアンたちが呆然としているなか、今度は屋敷の方から爆発音と叫び声が上がった。


「今度はなんだ?」

「ユアン、行きましょう」


 ☆──☆


 屋敷内では至る所にヘビの死骸が転がっていた。


「火魔法”火炎の舞”」

「風魔法”切り裂く刃”」

「烈風剣」


「マリー!」

「アレク先輩! キール大丈夫か!?」


 ユアンとメアリーが駆け寄る。

 辺りにはさっきユアンたちを襲ったのと同じヘビの魔物の死骸がいたるところに転がっていた。


「こっちは大丈夫だ、ユアンたちも……大丈夫そうだな」


 キールが二人の姿を見て安心したように息を吐いた。


「ルナたちは?」

「大丈夫、クリスくんがすぐに気がついて、みんなの部屋に結界を張ってくれたから部屋の中にいたものには被害はでていないはずだ」


 ユアンたちのように庭や廊下にいたものは少し怪我をしてもはいたが、命を落とした者はいなかったようだ。


「いったなんで魔物が」


 するとアレクがユアンに中身のない魔法石を放って寄こした。


「時期王太子妃を狙ったにしては、魔物が弱すぎるから街灯の発表を知った魔法使いたちの警告か──」

「警告……」


 結婚式だからこそ人の出入りがある程度自由だし、使用人も多く、魔物を閉じ込めた魔法石も設置しやすかったことだろう。

 研究ラボのメンバーが狙われたのなら、ある程度魔法で対応できる魔物だ。

 それでも結婚式で他の人達を守りながらでは大きな魔法も使えないし、酒も入っている。下手をすれば怪我だけですまなかったかもしれない。

 今回被害が最小限にすんだのはクリスがいち早く異変に気がついて、客人を廊下に出さなかったからだろう。


「アレク先輩は予想がついてたんですか?」


 そういえばアスタは再び酔いつぶれたらしくこの騒ぎの中眠ったままだというのに、アレクは全く酔っているように見えなかった。


「予想というか、一応レイモンドからマリー嬢の護衛を任されているからな」


 唯一の妹の結婚式だというのに、任務も忘れただ祝ってられないアレクに少し同情する。


「ごめんなさい、せっかくの結婚式の日に」


 ローズマリーが肩を落としながらキールに謝る。


「マリーが謝ることじゃない。もし魔法石関係だったら、アンリも狙われてるってことだから、逆にみんながいてくれて助かったよ」


 キールはそう言ったが、ローズマリーは申し訳なさそうに俯いたままだった。


「まぁ。みな大きな怪我もなくてよかったじゃないか。とりあえず、犯人捜しは明日からにして、今は怪我人がいないか見て回ろう」

「私もお手伝いします」

「ありがとう」


 アレクがポンとメアリーの頭に手を置くとそう言った。


 ☆──☆


 お昼を過ぎたあたりに、ようやく呑気な顔で起きてきたアスタに昨夜のことを話すと。


「よくも妹の結婚記念日に傷をつけてくれたな」


 と怒りをあらわにした。


「まあ魔法石を悪用しようとするやつが現れるなど想定内だから、こちらも対策済みだ」


 そしてニヤリと悪魔のような笑みを浮かべた。

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