閑話 幼き日の出来事

<外伝> 騎士の誓い1

「ユアン、遊ぼ!」


 窓の外から聞こえてくる幼馴染のキールの声に、部屋の中で寛いでいたユアンはまたかという顔で、同世代の子供よりやや横に幅のある体を揺らしながら面倒くさそうに窓を開けた。そしてそういう挨拶なんじゃないかと思うほど繰り返してきた言葉を口にする。


「キール、来るときは窓からじゃなくて玄関からにしてくれよ」


 呆れながらそういうユアンだったが、それでも一度として窓を開けずに追い返すような真似はしたことがなかった。


 キールは慣れた手つきで庭の木からユアンの部屋の中に飛び込む。その身のこなしはまるで小猿のようだ。こんな礼儀作法のレの字も知らないような少年だが、代々王宮に仕える騎士を選出しているチェスター伯爵家の四男である。

 まえに違う家で同じことをやったらその家の家族に見つかり、「うちの子にこんな野蛮な子供を近づけないで頂戴」とばかりにその子の母親に家に怒鳴り込まれたことがあった。しかしこのユアン・ハーリングの父親は、木を登ってユアンの窓を叩いているキールを見た時、「まったく父親そっくりだな」とそう言うと怒るどころか大笑いしながら去っていった。

 それからキールにとってこの家が一番のお気に入りになった。


「うわ、寒っ。今日は外はいかないからな」


 窓からキールと共に入ってきた冷気にユアンがブルリと身震いをするとそう宣言する。


「いいのかそんなこといって」


 しかしキールはニヤリと微笑を浮かべると後悔するぞとばかりにもったいぶった態度をとる。


「なんだよ」


 興味を引かれ我慢できずに訊ねる。


「今日は川にササケラが大量に上がってきているらしいぞ」

 

 ササケラとは普段は海にいる魚なのだが産卵の時だけ生まれた川を登ってくる魚だ。


「ササケラだって」


 案の定それを聞いたユアンは、ササケラの塩焼きでも思い浮かべているのだろう、じゅるりとよだれでも垂らしそうな顔をする。


「まあ、キールがそこまでいうなら」


 さっきまでの態度とは一転、口ではめんどくさそうなことをいいながらクローゼットの中から釣り竿と網を引っ張り出している。


「ユアンお兄様」


 その時扉を開けてひょこり顔を覗かせる者がいた。ユアンの一つ下の妹のルナだった。


「よう、ルナ」

「あっ、キール様こんにちは」


 ようやく肩に届きそうな短い髪を二つに分けて結んだルナがペコリと挨拶をする。


「ユアンお兄様どこかにいくのですか?」

「ちょっと川まで」

「ルナも行きたいです」

「だめだよ、ルナはまだ六歳になってないだろ。それに川まではとても遠いんだぞ、疲れたっておんぶなんてしてあげないんだぞ」


 この国では六歳になっていない子供は大人と一緒じゃないと外出をしてはいけない決まりがある。


「もうほぼルナも六歳です」


 同じ学年の子はほとんど一人で外で遊んでいるというのに、生まれた月のせいでルナはまだ保護者同伴じゃないと遊べないことに、日々不満を募らせていた。


「ルナも連れて行ってください」

「ダメだ」

「じゃあ、ユアンお兄様が昨夜こっそりクッキーを食べていたことをお母さまにいいつけます」


 ギクリとユアンの贅肉が揺れる。その姿にルナがフフンと意地悪気に鼻を鳴らした。


「僕が良くても、なぁキール」


 引きつった笑みを浮かべたまま、キールに助けを求めるが──


「別にいいんじゃねぇ、俺は五歳の時には家の中になんていなかったからな」


 爽やかにとんでもないことを口にする。そんなことバレたら怒られるだけでなく、チェスター家に罰金が言い渡されるぞ。


「キール、そのことはもう誰にも話すなよ」


 頭を抱えながらユアンが忠告する。キールは首をかしげながら、なぜそんなことを言うのか。わからないという表情をしながらとりあえず頷く。


「それに危なくなったら俺が助けてやるよ二人とも」


 本当は兄たちが持っているような騎士の剣を要求したのだが、それはまだ早いと六歳の誕生日に代わりにもらったサバイバルナイフを触りながらキールが自信たっぷりにそう言う。


「さすがキール様、ユアンお兄様とは違いますわ」


 裏切り者を見るような目でユアンが睨みつけているが、キールは素知らぬ顔でルナとハイタッチを交わしている。

 

「わかったよ。そのかわりクッキーのことも、今日のことも絶対に内緒だぞ」

「はーい」


 ルナが返事だけは可愛らしく答えた。

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