11. 恋に悩みはつきものです

「誤解を解きたいが解き方がわからない。いや、それってもう話すしかないだろ」


 考えに考えたあげく、しかし結局1人では何も解決策が思い浮かばず、藁にもすがる思いでユアンはキールに相談してみたのだが……。


「それができないから困ってるんじゃないか」

「なんでできないんだよ」

「なんか彼女の顔見ちゃうと緊張しちゃって考えてたこと全部忘れちゃうし。彼女は彼女でなぜか僕を怖がってるようだし」

「何か怖がらせるような事したのか?」

「するわけないじゃん」


 即答する。


「前はそんなことなかったのに……」


 ボソリとつぶやいたユアンの独り言に


「昔からの知り合いなのか?」と、キールが素早く反応する。


 しかしそれにはユアンは言葉を濁す。前の人生のとは説明できない。


「……まあ、いいや。どこで知りあったかは知らないけれど、もしお前が太っている時に仲良くなったっていうんだったら」


 キールはそこで一度言葉を切り、ニヤリと口元を上げると勿体ぶるようにこういった。


「それはいわゆる、デブ専と言うやつではないか」


 キールの一言に雷に打たれたような衝撃を受ける。


「その子はユアンが太ってる時は怖がることなく仲良くしてくれたのに、痩せた今のユアンは怖くて話も聞いてくれないんだろう」

「怖がるっていうか」

「まあ、確かにちっちゃいときのあのコロコロした感じはかわいかったしな」


 ユアンを無視して懐かしむように目を細める。


「どこを触ってもぷにぷにで、ずっと触っていたいというか」

「いや彼女は外見とかそんなんで態度をかえたりするような子じゃない」

「そうか、そうだな、多少目つきが鋭くなって、可愛かった丸鼻もくっきり彫りが深くなったうえ、背も伸びてごっつくなったぐらいで、接し方は変わらないか──」


 慌ててユアンは鏡を覗き込む。確かに今までは贅肉のせいで普通にしてても微笑んでいるように見えていた細い目は、肉が落ち本来の切れ長の目をはっきりと覗かせ、鼻筋も通った気がする。だが、言うほど背は伸びてないしごっつくもなってはいない。むしろ、ようやく年相応の体型になったと言えるのでは。


(キールはぷにぷにだった時の僕をずっとみていたからそう見えるに違いない)


 ただ貴族の中でも珍しい青黒い髪が、顔にかかり暗い影をさし、そこに見え隠れしている切れ長の藍色の瞳は、確かに見ようによっては、物語にでてくる死神のような雰囲気を醸し出していることは否定はできなかった。


「コロコロの可愛い子犬が、しばらく会わないうちにドーベルマンになってたって、女の子は態度変えたりしないよな」

「うぅぅぅ──」


 しかし絶対そんなわけないとも言い切れない。もしメアリーもぷにぷに好きなら。

 そしてハッとする。


(そうだよ、むしろなんの取り柄もないうえ、あんな体型だった僕と結婚してくれたのだから、そっちの可能性のほうが高いのでは!)


「太るしかないのか」


 震える声でつぶやく。それから頭を横に振る。


(でも、メアリーは結婚してから、僕が太らないよう食事を気にしてくれていたぞ、痩せろとは言わなかったが、平均内を望んでいたのは確かだ……)


 混乱しすぎて頭を抱える。

 するとそこにキールのケタケタと笑う笑い声が聞こえた。


「大丈夫だって、ユアンが好きになった子だろ。きっとお前がいうように見た目で判断するような子じゃないんだろ」


 上辺だけの人間なんて嫌と言うほど見てきた。だから彼女が自分に向けていた信頼と愛情のこもった目は嘘じゃないといいきれる。彼女はユアンの容姿ではなく、ユアン自身を愛してくれていた。それは絶対だ。


「ならなぜ……」

「だから誤解だって自分で言ってただろ、怖がられてる原因も、その誤解からきてるんじゃないか、だからあーだ、こーだ理屈をこねてないで早く誤解をとけ」

「…………」

「あとユアンはごっつくはなってない、格好良くなったぞ」

「そんなわけない」


 からかわれていると思いキッと睨みつける。


「いやいやよく周りを見てみろよ」

「見えてないのはどちらだよ剣鬼様」

「俺はちゃんとわかっているさ。でも興味がない」


 はっきりと言いきられ、少したじろぐ。


「変な誤解するなよ。あんなギャーギャーうるさいだけのやつらを相手にしてる暇は無いと言うだけだ。俺はもっと修行して強くなりたいんだ」


 真剣な瞳が言葉に偽りがないこと証明する。


「しかしまさかユアンから恋の相談をされるとは、食い物にしか興味がないと思っていたのに」


 キールがまるで父親のような口ぶりで感慨にふける。


「鍛えてくれと言ってきた時から、何かあるんじゃないかとは思ってはいたが」


 自分を見る何とも言えない生暖かいまなざしに、ユアンは急に顔が赤くなるのがわかった。顔を見られたくなくて、ユアンは咄嗟にその場から立ち上がる。


「もういい、ちょっと走ってくる」


 よくよく考えてみればキールは確かにもてるが、彼が言うように誰かを好きになったことはないのだろう。そんな人に恋愛の相談などしたところで……。


(なんで僕はキールに……)


 そうは言ってもキール以外に悩みを相談できる友達はいない。


 まずは彼女がお団子のことを勘違いしてるんだったら早くその誤解を解くこと。怖がられてる理由は誤解がとければ自ずと一緒にとけるだろう。誤解を解くには勇気を持って話かけるしかない。


 結局どう話しかければよいかという当初の相談内容は解決してないが──。


 それでも幾分吹っ切れた清々しい気持ちで、ユアンは部屋を飛び出したのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る