10. 何のためのトレーニングか

「あと10回」


 ヘロヘロになりながら腕立て伏せをしているユアンを尻目に、まるで鬼教官のように木刀を構えたキールが笑いながら恐ろしい数を提示する。


(死ぬ、このままでは本当に死んでしまう)


 だいぶ体もスリムになったし、体力もついたと言うことで、最近ではランニングだけでなく騎士たちがやるような軽い筋トレも追加されるようになっていた。


 自分から頼んだとは言えちょっともう辞めたい。


 毎回そんなことを考えながらもどうにかこうにかノルマをこなす。


「終ったー」


 そのまま倒れ込むように地面に突っ伏す。


「よくがんばったな、ちょっと俺トイレ行ってくるから、お前そのまま休んどきな」


 ユアンの顔のすぐ近くに飲み物を置くと、そう言って立ち去った。

  置いていった飲み物に手を伸ばそうとしたが動かす力もでない。しばらくそうして飲み物を見つめているとその視界の先に、門の方へ歩いていくメアリーの姿が映った。


(メアリーも授業が終わったんだ)


 あの日から、なんだか怖くて、メアリーに話しかけることができていない。

ようやくまた出会えたというのに。

  あの日見てしまったメアリーの目。いきなり見ず知らずの男子に名前を呼ばれたのだから当たり前なのかもしれないが、同じ制服を着ている学生を見る感じとも違う、瞳の奥に怯えにも似た色を見た。


 それともう一つわからないのは最後にメアリーが見せたあの顔。

 いつもは新緑の葉のように澄んでみえる若草色の瞳が、微笑むために細められたせいか暗い深緑色に鈍く光ってみえることがある。しかしユアンは知っている。だいたいそんな笑顔を向ける時は……


「本当に怒っているときの顔だった」


 だめだと言われているにもかかわらずこっそりと夜中にカロリーの高いお菓子を食べてたのが見つかった時。

 メアリーが健康を考えて作ってくれたお弁当だけではもの足りず、こっそりと間食をしていたことがばれた時。


「確かに呼び止めたのにかかわらず、女生徒たちに邪魔されて、何も話せなかったが……なんで、あんな表情を……」


 刹那あの時の状況が走馬灯のように頭を駆け巡る。


「ま、まさか、メアリーは僕が団子欲しさに声をかけたと思っているのか」


 ならわからなくもない。


「カツアゲされると思ってはじめはあんな怯えた目をし、他の人からもらえるとわかった僕は彼女を無視してほったらかしに、それで──」


 妄想がどんどん膨らむ。


「違うそんなわけないじゃないか、僕はただ君とまた昔のように仲良くなりたかっただけなんだ」


 まるでユアンの叫びが聞こえたかのように門に消えかけていた彼女が立ち止まる。ゆっくりとあたりを見渡す、だが遠くで寝そべったままのユアンには気が付かなかったようだ。


「……」


 このままでは何も進展しないまま前期が終わってしまう。

 それどころか今のところ彼女に悪い印象しか与えていない。


「このままではまずい本当にまずい」


 少しだけ力の戻った手で飲み物を掴むと、口に運ぶのではなくそのまま頭から被る。


「どうにかしなければ」


 消えてしまった彼女の先に赤く染まっていく空を見ながらユアンはつぶやいた。

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