08. 悩んだ結果トレーニングすることにしました
『飼い猫を助けようとして、私が木から落ちちゃって、それで入学式は出れなかったんだよね』
てへっ。と無邪気に笑いながらそんな話を話してくれたことを思い出す。
「言ってたなぁ。それ」
寮に戻りベッドに倒れ込むと、枕に顔をうずめる。
「どうしよう。今からお見舞いに行こうかな」
メアリーの実家は馬車を使っても二日ほどかかる辺境にある。
「いや待て、待て、メアリーは僕のことなんて覚えてないだろうし、怖すぎるだろ」
見ず知らずの同級生が、遠路遥々突然実家に押しかけるなど意味がわからない。
「いや待てよ、前の時はメアリーが僕に気がついて話しかけてくれたはず」
実はユアンが初めてメアリーを認識したのは、洗礼パーティーの時ではない。
カップケーキを半分こしたことは覚えていたが、それが誰でどんな顔の女の子だったかなど、その時は気にもしてなかったし、たぶんメアリーから声をかけてくれなければ、同じクラスになっても彼女に気付きさえしなかったことだろう。
「僕がメアリーをあの日の少女と認識したのは……」
遠い記憶がよみがえる。
「メアリーが僕に声をかけることになったきっかけは」
──お団子。
それは一本のお団子だった。
東の小さな国から初めて届いた東洋の神秘。
ユアンはもちろん学園中が朝からソワソワしていたあの日。運悪く掃除当番になるユアン。そして掃除をサボっていなくなるクラスメート。
一人で掃除を終わらせ、団子屋に着いたときには、時すでに遅し。
店じまいを始めている店の前に、がくりと膝から崩れ落ち、ポロポロと涙を流すユアン。そこに、天使が舞い降りた。
『一緒に食べませんか』
袋から差し出された、2本のお団子。
一本は彼女の口に、もう一本はユアンの顔の前に。
「どうして?」
「カップケーキ、半分くれたお礼です」
お団子の黄金色のタレよりはるかに輝く栗色の髪。にっこりとほほえみながら自分に向けられる優しい若草色の瞳を見たとき、目の前のお団子のことなどすっかり忘れ、ユアンは彼女に釘付けになった。
そのあとしっかりお団子も食べたユアンだったが、いつもなら一瞬で食べ終わるそれを、どうしてだか胸がいっぱいですごく時間をかけて食べたのだった。
(あの時の僕は、それが恋だとはまだきがつかないんだよなぁ)
思い出して思わず顔がニヤつく。
それからというもの、街でちょくちょく彼女を見かけるようになった。いやたぶんいままでもこうしてすれ違っていたのかもしれないが、いまでは自然に視線が街に溶け込む彼女をみつけてしまうのだ。
初めはただの挨拶から、それから美味しいお店の情報交換。そうやってだんだん親しくなっていった。
そこまで思い出してはっとする。
「今回カップケーキ半分こしてないじゃん!」
一気に血の気が引く。
「それどころか醜態を晒した挙句の独り占め。絶対引かれてる」
ヤバイヤバイと部屋の中をグルグル回りだす。
東の国から貿易船がやってくるのはあと一ヶ月ほど。
「こうなったら」鏡の前にたつ。
洗礼パーティーから約二ヶ月、成長期も手伝って、年相応には引き締まってきた自分を見ながら
「洗礼パーティーの時の僕はなかったことにしよう」
(自分でいうのはなんだが贅肉が落ち、平均並に背が高くなった今の僕なら、あの時の少年と同一人物だとは彼女も気づかないだろう)
「あんな一瞬あっただけの男の子の事なんか、彼女も覚えてないに違いない」
自分で言いながらちょっと傷つく。
「そう、団子屋さんで僕たちははじめて出会うんだ!」
それから勇気を奮い起こすように鏡に向かって力説する。
「泣きながらカップケーキを譲ってもらった無様なデブはもういない。キールには劣るが僕もそれなりに日々鍛えている。あと一ヵ月もあれば、今よりかもっと引き締まった体つきになるはずだ」
そうして頷く。
「前の僕より格好よくなるんだから、きっと彼女も僕を好きになってくれるに違いない」
そう思うとなんだか、自信が湧いてきた。
「よーしがんばるぞ」
そう叫ぶともうすぐ夕食の時間だということも忘れ、ランニングをするために部屋を飛び出したのだった。
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