21. 三者三様

「えー、俺が1番イケてる長男アレク・オルレアン」


  3人の中で1番背の高いチラシを渡した少年が自分たちの紹介を始める。


「こいつは、頭は良いが融通がきかない次男のアスタ」


 彼はなぜか先ほどからずっとキールをにらみつけている。


「で、この1番かわいいのが、妹のアンリ」

「その節はご迷惑をおかけしました」


 ペコリと頭を下げるアンリ。街で会った時はどちらかと言うと、化けの皮がはがれたアスタのような口調だったが、どうやらこちらが本当の彼女らしい。

 銀髪に黒縁眼鏡に紫の瞳。アレクだけが他の二人に比べ少しだけ背が高い。それもこうして三人並んでいるからわかる程度の違いであって、それぞれバラバラで会ったら誰が誰だか区別をつけることは不可能だろう。


「よく、女の子だってわかったな」

「そりゃわかるさ」

「いや、普通わからないよ」


 ぼそぼそとキールとつつく。だってあの時だって服は男性用の格好だったし、髪も男の子のように短く揃えられている。今だって、誰が誰だかユアンには区別がつかない。


「そういえば制服」


 3人とも男子の制服だ。それもおかしな話なのだが、アレクとアスタは黒い魔法学部の制服を着ているのだが、アンリだけはなぜか行政学部の制服を着ているのだ。たまに魔力があるにもかかわらず、弱すぎて魔法学部に入らない生徒もいることにはいるが、街で出会ったのが本当に彼女なら、あれだけの風魔法を使える人物が魔法学部に入ってないのは、逆に監視の対象になりかねない。


「ボクに魔力はないよ」


 顔に出てしまっていたのだろう、アンリが先に答える。


「えっ、だって君」

「とりあえず立ち話もなんだ、詳しくは席についてからにしよう」


 アレクが指を鳴らすと、部屋の隅に置かれていた椅子と丸机が部屋の中央に移動してきた。


「君たちが不思議だと思うのも仕方ない」


  促されるまま席に着く。


「これはなんだか知ってるかい?」


 透き通るような透明な石。


「魔法石ですね」

「そうこれはまだ魔力が込められていない魔法石」


 そう言うとアレクがその石を両手で握りしめた。


「で、今俺がそれに風の魔法を閉じ込めました」


 そう言って見せてくれた魔法石は先ほどの無色透明から、アレクの手の中で緑色に変わっていた。


「普通魔法石に貯められた魔力は魔法使いが自分の魔法を強力にしたり補充したりするのに使ってるのは知ってるよな?」


 ユアン達は頷いてみせる。


「そしてその魔力は魔法石に魔力を込めた本人にしか反応しない」


 常識だ。


「しかし俺たちは魔力を込めた魔法使いじゃない魔法使いや、さらには魔力が無い人間が使っても、閉じ込められた魔法を使えるようする研究しているんだ」


「「──なんだって!?」」


 ユアンとキールが同時に驚きの声を上げる。


「なら僕たちが見たのは」

「ただまだこれは研究段階、というか夢物語」


 アレクがニコニコと続ける。


(それはどういうことだろう、現にアンリは魔法を使っていたじゃないか)


 しかしユアンの質問より先にアレクが話題を変えた。


「しかし本当に君がアンリを女だとわかっていたとは」


 驚いたというか困ったというか、なんとも微妙な表情を浮かべる。


「気づかなければ、街で魔法を使ったのは俺かアスタというだけの話ですんだんだけど」


 アレクが困ったようなに肩をすくめてみせた。


「男装で口調も変えたのに、本当になんでわかったんだよ」

「そんなこと言われても、俺には最初から女の子にしか見えませんでしたから」


 アスタの睨みにものともせずに、キールはあっけらかんと答える。それがさらにアスタの気に障ったらしく、さらに鬼の形相になる。


「……まぁ。アンリは確かに可愛いからな」

 

(いや皆同じ顔にしか見えないが……)


「まぁ仮に君が俺らのことを女だと勘違いしているだけだった。ってオチも考えてはいたんだけど、本当に君には俺たち三人の区別がついてるようだな」


 キールが頷く。


「お前が魔法学部まで来て、アンリのことを探そうとするから、僕はあらぬ誤解を受けたんだぞ」


(だからアスタあんなにもキールに怒っているのか?いや絶対それだけじゃないな)


 強力な風魔法の使い手で、銀色短髪、黒縁眼鏡、妖艶な紫の瞳。そして誰もが振り返らずにはいられない整った容姿の人物。そんな人物を聞かれたら魔法学部の生徒なら誰もがアレク、アスタ兄弟を思い浮かべる。しかしそこに女がつくとおかしなことになる、唯一の女であるアンリは三つ子なのに魔力がなく行政学部に入っていることを皆知っているからだ、そうすると、アレクかアスタを女の子だと勘違いしたという話になる。

 しかしそんな勘違い男も、今までにも何人もいたし、下手をしたら男だとわかっていて告白してくる強者も後をたたない。

 同級生たちには別によくある話でいつもなら終わる話だった。


 しかし今回はただの勘違い男だというだけで話はすまなかった。なぜならその勘違い男があの噂の<剣鬼>だったのだから。

 入学時から数々の女生徒から告白を受けたにもかかわらず、見向きもしなかった剣鬼が、一学年では理由もなく近寄ることすら許されない魔法学部に、わざわざ女子生徒を探しに現れた。その話はあっという間に魔法学部の生徒たちの間で噂の種となった。


「あの剣鬼がとうとう恋に落ちた」

「しかし相手を女だと勘違いしてるらしい」

「いやいや、いままで浮いた話もなかったのは、実は……」


 噂が噂を呼び、しまいには先生たちの耳にもその噂が届くことになる。


「魔法学部のみんなは、魔力のない妹が魔法を使ったと思わないから、君が探しているのはアスタか俺だと思っている。だけど俺たちの研究を知っている一部の教授たちはそう思ってはくれないかもしれない」


(そうか。お礼がしたいなど口実でこれは口止めだったんだ)


 もしキールが勘違いしてるならアスタが男だと名乗ることで、この話は終わり。しかしキールが本当に魔法を使ったのが女の子、アンリだと言い切ってしつこく魔法学部に探しに来るような場合、真実はどうあれ、教授たちに研究のことを話さなくてはならなくなるはずだ。だが、アレクはそれをしたくないみたいだ。だからなるべく早く、キールを黙らす必要があるとアレクは考えたに違いない。


「まあ、色々察しはついてくれたみたいだね。そういうわけで、もう魔法学部にアンリを探しに来るのはやめて欲しい」

「まぁ、見つかったからそれは大丈夫です」


 とりあえずアレクがニコリとほほ笑んだ。


「で、今更なんだけど、なんで赤髪くんはアンリを探してたんだ?」


 ニコニコした顔とは裏腹に、ゾクリと背筋に冷たいものが走る。


「危ない目に合わされたから文句でも言おうってもんなら」


 アスタがニヤリと笑う。


(返り討ちにでもしてやろう。と思ってるに違いない)


「なんでだろう……。俺もよくわからないんです。でもなんだかもう一度ちゃんと会わなきゃいけない気がしたんです」


 キールが自分でもわからないというように首を振る。


「こいつ!」


 何が気に障ったのか、いや全てが気に入らないのだろう。

 アレクはそんなアスタを無視して、うーんと何かを考えながらキールの顔を覗き込む。


「そんなわけない!」


 刹那。今まで黙っていたアンリが突然バンと両手で机を叩くと、真っ赤な顔で立ち上がった。


「だから違う!」


 アンリはキッとアレクの顔を睨みつけるとそのまま部屋を飛び出していった。

 突然のことに呆気に取られるユアンとキール。


「とりあえず今日はもうお引き取りください。そしてくれぐれも街で見たことはご内密に。それでも誰かに聞かれたら、あれはアスタだったといっていただけたらありがたいです」


 丁寧なお願いの言葉だったが、脅迫に近い圧を感じる。

 そうしてユアン達は釈然としないまま、小屋を追い出されたのだった。

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