18. 学術祭デートに誘え

 学園は学術祭が近づくにつれ、皆浮き足始める。キールへの心配事が消えたユアンももちろんその1人である。

 猫の一見以来、挨拶や立ち話ぐらいはするようになったとはいえ、まだまだ顔見知りレベル。


「前はたまたま会ってそのまま自然に一緒に見て回るぐらいに親しくなっていたのに……」


 今回それは期待できない。


(フットワークは軽くなったのに、なんて恋のフットワークは重たいのだろう)


「今回は初めからちゃんと誘わなければ」


 ユアンがそんな闘志を燃やしていると。


「なぁユアン」

 

 部屋に戻ってきたキールが神妙な面持ちで声をかけてきた。


「ごめんキール、僕は今からいかなければならないところがある、話は後で聞く」


 しかし、闘志に燃えているユアンの目には、そんなキールの変化に気が付く余地はなかった。

 残念そうなキールを残し、ユアンはメアリーをデートに誘うべく部屋を飛び出していった。


──女子寮横の雑木林。


「メアリーさん、学園祭僕と一緒に回ってくれませんか」

「……」


 昼休みに放課後ここに来てくれるようメアリーを呼び出していたのだ。


「……あの、」

「キールが『集え未来の剣士達』に出場するんです」


 沈黙が怖くて思わずキールの話題をだしてしまう。まあ、はじめからそこは応援に行くつもりだったし。と自分にいいわけをして。


「あっ、それ。すみません。私、チェスター様が剣鬼様だったって知らなくて、クラスメートに初日剣鬼様を見たいから当番代わって頼まれちゃったんです」


 メアリーが申し訳なさそうにそういった。


「本当にごめんなさい、チェスター様にも応援に行けなくてすみませんとお伝えください」

「そうなんですね、じゃあ2日目は」


 学術祭は2日間開催される。


「えーと、ローズマリー様と約束してしまってて……」


 メアリーが気まずそうに笑みを浮かべる。


「フローレス嬢と──」


 最近メアリーとローズマリーが仲良くなっていたのは知っていたが、まさか学園祭を一緒に回るほどとは。

 前の人生では接点もないし、ユアンが苦手にしていたのでメアリーも進んでローズマリーに関わることはなかったのだが、まさかの伏兵である。


「あ、でもユアン様なら、きっとローズマリー様も一緒に回っても良いと言ってくださると思います。前にいただいたアドバイスのおかげで今回のクラスの話し合いがスムーズにできたとおっしゃられていましたし」


 そうユアンは彼女を誤解していたことに対し少しでも罪滅ぼしにと彼女に1つのアドバイスを与えていたのだ。


「それはよかった、少しでも彼女の良さがみんなに伝わったなら、僕もうれしいです」

「私もローズマリー様の、素晴らしさがみなさんに伝わればと思います」


 もともと根がよい人なので、あの言葉選びさえ間違わなければ、すぐにカリスマ性を備えた人気者になれるはずだった。

 案の定、前の人生では彼女の独断でやらされている感があったクラスの出し物も、今回同じ演目の劇なのに、みんなで一致団結した盛り上がりを見せている。

 この調子ならこの先のトラブルに巻き込まれる事はないだろう。


 そこまで考えてユアンは答えを出した。


「やはりいいです。遠慮します」

「なんでですか?」

「確か彼女は婚約者がいる身ですよね、そんな人が学園祭を僕みたいな男と回っていたなどと悪い噂がたったら申し訳ないので」


 せっかくトラブルを回避できるかもしれないのに、違うトラブルを起こすのはユアンの求めるところではない。


「すみません、そうですね」


 メアリーもはっとして目を伏せる。


「一応確認ですが、後夜祭……」

「…………」


 その顔を見れば、もう聞かなくてもわかる。ローズマリーは婚約者と行く可能性が高い、そこまでの読みは合っていたようだが……。


「クラスメートと一緒に……」


 どうやらメアリーは前とは違って、今回はクラスメートと約束をするほど、打ち解けているみたいだ。


「……そうなんですね」


 それはとても喜ばしいことなのに。


 ユアンは折れかけている心を、必死に立て直すと、最後の力で振り絞るように言葉を吐き出す。


「あの、その、良かったら。今度ケーキバイキングに一緒に行っていただけないですか?」


 これを断られたら、きっとこの場で泣き崩れるかもしれない。


「ケーキバイキングですか?」


 しかしキラリと彼女の目が光ったのをユアンは見逃さなかった。それは希望の光のようにユアンの心にも明かりを灯す。


「実は僕、甘いものが大好きなんです」

「──そう、なんですね」


 メアリーが一瞬言葉に詰まりながらそれを誤魔化すように微笑む。


「でもキールはそんなものに付き合ってくれないし、男1人でケーキバイキングなんてちょっと恥ずかしくて、できたら一緒についてきてくれませんか?」


 本当は恥ずかしくもなんともない、前の人生では1人で事あるごとにケーキバイキングに行っていたものだ。

 そこで同じように1人で来ていたメアリーともよく鉢合わせもしていた。だからメアリーがどこのケーキバイキングが好きなのかもよく知っている。


「わかりました。ご一緒させていただきます」


 キラキラと若草色の瞳を輝かせながら彼女が元気よくそう答えた。


「ありがとうございます」


 思わすガッツポーズをとる。

 学園祭を一緒に回れないのは残念だが、デートの約束はもらえた。今回はこれで満足しよう。

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