19. 学術祭開催
魔法であがった色とりどりの煙幕を合図にこれから二日間フーブル学園学術祭が開催される。
その間は学園には生徒やその親族だけではなく、王族や騎士団の団長、近隣の貴族や地主、遠く国外からも様々な人がやってくる。中でも目玉の剣術大会と魔術大会には将来の人材を獲得すべく熱い視線が注がれる。
「じゃあキール、頑張れよちゃんと見に行くからな」
『集え未来の剣士達』は初日の午前中である。
「……あぁ」
珍しく緊張しているのだろうか、いつもだったら自信満々に優勝宣言してきてもよさそうなのところ、どうにも朝から覇気がない。
「どうした?」
まさかあの後に怪我をしてしまったのか。
心配げにキールの顔を覗き込む。
「なんだよその顔は、俺が優勝しないとでも思っているのか」
ユアンの頭をグイとつかむとワシャワシャとこねくりまわす。
(気のせいか?)
いつものキールの笑顔にホッと胸をなぜ下す。
「じゃぁ準備があるから、俺は先に行く」
元気に部屋を飛び出していく幼なじみに「がんばれよ」と背中に声をかけながら見送る。
「さて僕はどうしたものか」
今の人生ではやせたおかげで陰口も叩かれることもなかったが、特に友達を作ろうと努力をすることもしてこなかったユアンは、やはり前の人生と同じように1日目は1人で学術祭を回ることになりそうだ。
「キールが出る大会まではまだ時間もあるし」
スケジュールの書かれた学術祭のパンフレットを眺めながら試行する。
「メアリーのクラスの出し物でも見に行こうかな、今日は店番みたいだし」
──断られた理由ではあるが会わない理由にはならない。
そうと決まれば善は急げだ。ユアンもすぐに部屋を飛び出した。
いつもは学園関係者と生徒しか入れない学園内に今日は朝から王族や貴族のそして特別に市街地の平民たちも自由に出入りしていた。
緑が多く広々とした中庭も、今日は生徒たちた開いている屋台やクラブ活動の勧誘をする生徒たちであふれている。
「あっ、すみません」
パンフレットの地図を見ながら歩いていたせいで、横から飛び出してきた人物を避けきれず、ユアンはおっとと、とよろめいた。
「こちらこそすみません、大丈夫ですか?」
物腰の柔らかな声音。しかしどこか聞き覚えのあるようなないような。ユアンがそう思って相手を見上げる。
「あっ、あの時の」
サラサラの銀色の髪がキラリと光る。まごうことなき美少年。
「キールに怪我をさせかけた魔法使い」
思わず睨み付けたユアンに、魔法使いの少年の顔がすっと近づける。黒縁メガネの奥の紫色の瞳が、なにかを確認でもしているかのようによく動く。
あまりに少年が顔を近いので、思わずカッと顔が赤くなるのがわかった。
「ちょっと近いですよ」
思わずドンと突き放す。あの時は自分たちより儚く華奢な少年に見えたのだが、腕に伝わってきたのは、年相応にしっかりした厚みのある体つきだった。それになんだか今目の前に立っている彼は、あの時より少し大きく大人っぽくも見える。それは魔術学部の生徒が着る真っ黒な制服のせいなのか。その少し妖艶な光を放つ紫の瞳のせいなのか。
「あぁ、あの時一緒にいた……」
それからしばらく何か思考を巡らしたかと思うと、突然親し気にユアンの手を取る。
「その節はすまなかったね。怪我はなかったんだよね?」
慣れ慣れしいその軽い口調と、うさん臭げなニコニコ顔にユアンは掴まれた腕を引っ込めた。
「お詫びがしたいから、ぜひ研究室に遊びにきてよ」
思いっきり顔で嫌だと答える。
「まぁ、君は嫌みたいだね」
それを見てなぜか彼は小さく笑った。
「でもあの赤髪の子は俺に会いたがってるみたいだけど」
と意味深なことを言うと、ユアンに持っていたチラシを1枚押し付けた。
〜〜~~~~~~~~~~~~
<魔法道具研究同好会>
魔法道具に興味のある方!
人の役に立つ道具の開発!
魔力がない方でも大歓迎!
メンバー募集中
~~~~~~~~~~~~~~
勧誘用紙だ。
「いりません」
「赤髪君に渡しといて」
「なんでそんなことっ!」
チラシをつき返そうとしたが、どんな魔法を使ったのか、すでに彼は遠く人ごみの中に消えていた。
「なんて強引な人なんだ、あんな人だと思わなかった」
初めて会った時と印象が違いすぎて、軽い頭痛を感じた。でもあの髪と瞳、この世に二つとないだろう美しい容姿は記憶の中の彼そのままだ。
「なんなんだよ。それよりももう試合の席を取りにいかないと」
すっかり時間を無駄にしてしまった。
入場が始まった合図である花火の音を聞いてユアンは受け取ったチラシを無造作にポケットに突っ込んだ。
『集え未来の剣士達!』
どこかの国の闘牛場をまねて作ったといわれる会場は、まだ午前中だというのにほぼ満席状態だった。まあ午後から行われる騎士学部の剣術大会の席を今のうちから確保するという目的の人が大半を占めてはいるのだろうが、中には噂の<剣鬼>を見に来ている観客も決して少なくはなかった。
そんな観客たちの期待に応えるように、キールは順調に勝ち上がっていった。
(やはり怪我さえしてなければ、キールなら楽勝だな)
決勝戦最後の相手はキールと同じ来年騎士学部を希望している生徒だった。 希望しているだけであって剣術のほうもいいものを持っていた。それでもずっと近くでキールを見ていたユアンには、キールがまだ本気を出していないとわかる程度の相手だった。
「勝ったなこれは」
そう確信した時だった。明らかにキールが戦い相手とは別の何かに気をとられたのがわかった。その一瞬の隙を相手も見逃さなかった。
キールの持っていた剣が相手の剣さばきによってはじかれくるりと空中を舞う。
それで勝負がついた。
表彰式が終わり、優勝した選手以外が会場からでてくる。
「一体何に気をとられたんだよ」
出口で待ち構えていたユアンはキールが出てくるなりそう詰め寄った。
「あぁ、ちょっと……」
「ありえないだろ。ここで勝てたら騎士学部の試合に出れたんだぞ」
うまくすれば来年特待生として学部に入ることだってできたかもしれない。そんな大事な試合に──。
こっちはメアリーに割きたかった時間を削ってまでキールが怪我をしないように見守ってきたというのに。それもこれもこの試合に勝てれば、キールが夢により一層近づくと思ったからなのに。
自分がかってにやってたことなのに、キールに八つ当たりまがいに毒を吐く。
「午後にやることなくなったし、なにか食べようぜ」
「食べ物で釣ろうとするな」
めずらしくいつも勝ち気でキリリとしている眉を、ㇵの字にしながらキールが申し訳なさそうな表情を浮かべる。
まあ怒ったところでどうしようもないし、一番悔しいのはキールのはずだ。だが当のキールは試合に負けたことを悔しがっているというより何か違うことに思いをはせている感じである。
力不足で負けたなら、『次こそ勝つ』と学術祭そっちのけで訓練に走っていくだろうし、今回のように自分の不注意で負けたなら『俺にはまだ修行が足りない!』とばかりにやはり武者修行の旅にでもでそうなものだが。
(そういえばここ最近なにか様子がおかしかったような)
朝もやはり緊張してたわけではなかったのかもしれない。
「なぁキール、どうしたんだよ、なんか悩みでもあるのか?」
「何か落ちたぞ」
言いかけたユアンのポケットから、先ほど無造作に突っ込んだチラシが落ちる。それをキールが拾い上げる。
「なんだ、こんなのに興味があるのか?」
「いやそれ無理やり渡されたんだよ」
一瞬言おうか言わないか迷う。しかし、あの意味深な顔が脳裏にちらつく、もしかしてキールがおかしいのも何か彼と関係あるのかもしれない。
「ほら、こないだ街であった銀髪の……」
もしキールがこれでなんにも反応を示さなかったら。話は終わりだ、そう思いたかったのだが、 いうが早いか、ガッと肩をつかまれる。
「あいつに会ったのか!」
あまりの剣幕にびっくりして言葉もなくコクコクと肯く。
「どこで!」
「試合の前にたまたま」
「っ!」
「探してたのか?」
キールが自分を探してると言っていた彼の言葉が蘇る。
「いきなり殴ったりしないよな」
そうなら、キールはこんなふうには探さない。でも他に理由が思いう浮かばない。みたこともない幼馴染の表情にユアンは次にかけるべき言葉が思い浮かばなかった。
「……わからない。でももう一度会って確認したいことがある」
しばらくしてぼそりと独りごとのようにキールがそう言った。その手に握られていたチラシがクシャリと音を立てた気がした。
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