28. 変わりゆく日々の中で
一年生は学術祭が終わると本格的に学部決めが始まる。
各学部塔を見学に行ったり、学科の授業を体験したり。中でも騎士学部は適正試験があり、それに合格しないと学部にいれてもらえないので、騎士を目指す生徒は、訓練のためこの時期から学科の授業に出席しない生徒も出てくるほどだ。
魔法学部と騎士学部以外はほとんどの生徒が行政学部に進む。ユアンも前と選択する学科こそ変えるつもりだが、行政に行く予定だ。行政は特に適正テストもないので、今のところ一学年の授業を受け学科見学をしたり、クラブ活動がある日はクラブに顔をだしたりして過ごしていた。
ただクラブ活動は──
「やはり、その方法は無理があると思いますわ」
「じゃあ、こっちに書いてある方法を試してみよう」
アスタとローズマリーは魔法石についての文献を読み漁り、他の人の魔力でも魔法石を使えるようにならないかの研究をしている。
「そう、ゆっくり息を吸って、体の中にある光の粒を集めて来るイメージで」
「はい」
アレクはメアリーの魔力を少しでも増やせるよう訓練の手伝いをしている。
アンリは本来なら魔法使いしか入ってはいけない魔法学部にある図書館に、アスタの振りをして本を借りに行ったりして手伝っている。
そしてユアンは、たまに、ローズマリーとアスタの実験に呼ばれるが、今のところなんの成果もなく。ほかに何か手伝えるかとアンリに話しかけようものなら、ローズマリーと話してるはずなのに、ものすごい形相でアスタに睨まれるので、結局外でトレーニングしたり、たまにアレクの戦いの練習相手になったり、その過程でできた傷をメアリーに治してもらったりそんな日々を繰り返していた。
そんな日が数週間過ぎた。
「あの、お口に合うかわかりませんが、クッキーを焼いてきたのでよろしかったらどうぞ」
懐かしい甘い香りが鼻孔をくすぐる。
「メアリーは本当にクッキーが上手なのよ」
なぜか作ってきた本人よりローズマリーが自慢げに話す。
(メアリーのクッキーだって!)
前の人生ではユアンしか食べたことのなかったクッキー。
料理を作るなんて平民のやることだとクラスの令嬢に言われ落ち込んでいたメアリーを励まし自信をつけさせたあの日の出来事。
(2人だけの思い出が!ローズマリーに取られた!)
「お口に合いませんか……」
どんな表情でクッキーと食べているのか、メアリーが不安げにユアンに声をかける。
「いや、おいしすぎて、涙がでそうです」
再びメアリーのクッキーを食べれている幸福と、思い出がまた一つ変わってしまった悲しみが胸を一杯にして、クッキーがうまく喉を通らない。
「褒め言葉もオーバーすぎるとイヤミに聞こえますわよ」
そんなユアンの心情など知りもしないローズマリーがとどめを刺しに来る。
(あーなんかまた一歩、メアリーとの結婚が遠のいた気がする)
「ユアン様は学部はもう決めましたか?」
まだ立ち直れていないユアンにメアリーが話題を切り替える。
「はい、行政学部です。まだ学科は決めてないですが」
「そうなのですね、私は鍛えてらっしゃるからてっきり」
予想外だというように大きくクリクリの目を見開く。騎士学部以外でも体力に自信のある生徒が選ぶ学部は他にもある、そのほうだと思ったのかもしれない。
「ダイエットしたり筋力をつけて鍛えていたのは、すべてあなたのためですメアリー」とは言えず「筋トレは趣味みたいなものです」とあいまいに笑う。
「ちなみにメアリーさんは……」
恐る恐る訪ねる。
「私はマリーと一緒に魔法学部に行きます」
ニコリとほほ笑みながら、ユアンの精神を一刀両断にする。
叫び出したい衝動を必死に抑えて、笑顔を返す。
魔具研に入ると言い出した時からそんな気はしていた。だがはっきりとそう言われては認めざる得ない。
(──来年同じクラスじゃあないだと!!)
クラスどころか学部まで違う。
入学式でつまずき1人になってしまったメアリー。同級生を馬鹿にして自ら1人になったユアン。そして出会った二人。二人だけの世界はユアンにとってはそれは幸せな時間だった。今回の人生でもまた同じようにメアリーと幸せになれるんだと思っていた。そのための努力もしてきた。
(でも……)
「魔法学部ですか、頑張って下さい」
「はい。魔力はまだ少ししかありませんが、毎日訓練すれば、少しづつ増えていくそうなんです」
キラキラと若草色の瞳が輝く。
「今は傷を塞ぐぐらいしかできませんが、いつか回復魔法士様みたいに人の怪我を癒せるぐらいになれたらいいいなって」
頬を薄ら染めながらそんな夢を語る。
「メアリーなら立派な回復魔法士になれますわ」
「マリー」
「魔力の量より、人を助けたいというその気持ちがなにより大切なのですわ。メアリーはすでに心は立派な回復魔法士ですわ」
二人は手を取り合いお互いに微笑み合う。前回の人生とは違う。ローズマリーと夢を語り合い、笑いながらおしゃべりをしているメアリー。クラスでも打ち解けてもう一人じゃないメアリー。もう彼女の世界は大きく広がっていっている。
そこに授業が終わったアンリ先輩たち3人も入ってくる。そしてみんなでクッキーをつまむ、訓練がなければキールもいるはずだ。
前の人生ではありえない風景。まるで違う世界に放り出されたような感覚。
(もし、この先、僕たちの人生がもう二度と交わることがなくなってしまっても)
ぐっと締め付けられる胸が苦しいが。ユアンはそれでも目の前の光景を愛おしげに見つめる。
「君が笑っているなら、それで僕は構わない」
ローズマリーたちと話をしていたメアリーが「何か言いましたか?」と首をかしげながらユアンを見かえした。
「いいえ」
そんなメアリーにユアンは静かに微笑みを返した。
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