29. 変わらない思い
「君が笑っているなら、それで僕は構わない」
もう何度目だろう、口に出して反復するが、その体は小刻みに震えている。
「やっぱり嫌だー!」
あれから数日ユアンは耐えた。がしかし、やはり自分の心を偽るのはもう限界だった。
「君が笑っている隣には僕がいたい!」
寮の部屋でユアンは顔を枕に押し付けながら絶叫する。
「はじめての出会いは最悪だった!お団子はもらえなかった!猫だってキールとローズマリーの手柄だ!」
二度目の人生に目覚めてからのいままでのメアリーとの思い出が次々と蘇る。
「クッキーだって、僕とメアリーだけの秘密だったのに!」
その上来年は学部さえ変わってしまうなんて、同じクラスになってテスト前の勉強会をしたり一緒に街に美味しいものを食べに行ったり、
「全て叶わないなんて。もうおしまいだ!!」
絶望しながらベッドの上で駄々っ子のように手足をばたつかせる。
「なんのために僕はこの世界をやり直してるんだよ」
不満と不安がここにきて爆発する。
「でも同じクラブには入れた」
それでもどうにか良い思考に持っていこうと、良かったことを口に出してはみたが
「なんであのクラブには美女と美男しかいないんだよ!嫌がらせか!」
思考がまた悪い方向に飛ぶ。
一つしか変わらないというのにあの三兄弟は言うまでもなく、まだ若干幼さの残っているローズマリーもすでに美少女になる片鱗を覗かせている。キールももともと格好良かったがここにきてまた一気に背が伸び大人っぽくなった気がする。
「いくら僕が痩せて、前より気持ち背も高く不細工から脱却してもかないっこないじゃないか!」
次元が違う。
毎日のようにあんな美男美女を見ていたら、目が肥えてしまうのは間違いない。
「まぁ顔はいいが、性格がちょっとアレなあの兄弟にメアリーが傾くとは思わないが」
とりあえずそこは冷静に判断する。
「キールは危険だ!」
前の人生でデブでひねくれ者で友達もいなかったユアンの唯一の友達。
いつも明るくて人を見た目で判断せず、まっすぐで、努力家で、誰からも好かれる。将来も有望な騎士候補であり、素晴らしいギフト持ち。
見た目だって爽やかでそれでいて男らしく格好がいい。
「たとえ、キールにそんな気はなくても、メアリーが嫌いになる要素が全くない。僕を好きになる要素も思い当たらない」
前の人生でもキールとメアリーはすぐに意気投合していた。それは本当に親友の恋人、恋人の親友という理由だけだったのだろうか。
そんなことさえ考えてしまう。
「でもキールは今回はアンリ先輩一筋のはず」
ある程度暴れて少し頭が冷静さを取り戻す。
すると今度は違う疑念が頭をもたげる。
「メアリーはなぜ僕と結婚してくれたんだろう」
考えれば考えるほどわからない。今は努力すればするほど離れていくような気しかしないのに、前の人生では本当になんの障害もなく出会い、付き合い、結婚した。見た目だって今より太ってて、魔法が使えないのはそのままだが、剣術だって全然だった。今から思えばクラスメートとも自分から距離を置くような卑屈な人間だ。
いつだったかユアンが理由を聞いたとき『優しくて勇敢で……』みたいなことを言っていたことを聞いたが、その時も「勇敢って」と首を傾げたものだった。
(優しいのもメアリー限定だと思うし)
だんだん、不安になってくる。
(メアリーは本当は……)
頭を振る。これ以上考えてはいけない。そんな気がした。
「それにしても情けない、仮にも人生やり直してるというのに、僕はいつまでたっても子供のままだ、多少未来を知ってるってだけで、なんの役にも立てていない」
いかに何の苦労も努力もせず前の人生を過ごしてきたことか。十年みんなより上乗せされてるはずなのに悲しいほどプラスされたものがない。
(こんなんじゃだめだ)
メアリーが違う道を歩んでいることをうれしいと思うと同時に、引き留めたくなる。自分と二人だけだった時間に連れ戻したくなる。
でもそれは今のメアリーの幸せではない。
「メアリーが変わるなら、自分はそれ以上に変わらなくては」
違う人を選ぶんじゃないかと不安になるのではなく、自分を選んでもらえるうよう努力をしなくては。
そうしなくて、どうしてメアリーを幸せにできるというのだ。
「前の人生では、幸せにすると誓ったのに、肝心な時いつも彼女を一人にしてしまったのはどいつだ」
またメアリーのあの暗い陰りを帯びたぎこちない笑顔を見るぐらいなら、身を引いた方がメアリーのためだ。
そう思っても、それでも諦めきれない。
なら頑張るしかない。
「大人の魅力も、魔力もない。今回はどうにか、前よりかは動ける体は作れた。ならば、次はメアリーが言っていた優しくて勇敢で頼りになる男になる、そして今度こそメアリーにはずっと笑っていてもらうんだ」
「優しくて勇敢で頼りになる男……とりあえず今理想に一番近いのはやはりキールだな──」
ちょうどその時扉が開きキールが帰ってきた。
「ただいま」
「……おかえり」
「……なんだよ、なにかあったのか?」
難しい顔で自分を見つめるユアンに怪訝な顔で問いかける。
「あっ、もしかして机に置かれてたクッキー勝手に食べたからか?」
「…………」
「でもあれは俺の机の上に置いてあったから、俺にくれたものだと思うだろ」
確かにあれは、なかなかこれないキールのために、メアリーがお土産にと包んでくれたものだった。
「──別に間違ってはいないんだけど」
『これキールさんに渡して頂けますか』 にっこりと微笑んで渡してきたメアリーの顔思い出す。
「一番の
「なんの話だよ?」
キールが首をかしげながらもただならぬ雰囲気に思わず身構えたのだった。
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