13. 猫は運命を招きよせる

 とっさに鳴き声のする方に歩みを向ける。


 突然の乱入者に驚いたのかカラスがバタバタと飛び立っていく、ユアンはさらに先ほどまでカラスがいたあたりに駆け寄ると、今までカラスが突いていたその小さな生き物をそっと両手で抱き上げた。


「子猫か、まだ小さいな」


 ユアンに抱えられたその小さな子猫は体の全身の毛を逆立たせ、精一杯威嚇の牙を向け立ち上がろうとする。

 しかし、あちこち突かれたのだろう、傷だらけの体はすぐにぐったりと力をなくし、ユアンの手の中に倒れ込む。それでもシャーシャーとか細い吐息のような声で威嚇だけは続けている。


「どうしよう早く治療してあげないと」


 今にも生きたえそうな子猫をどうしていいかわからずあたふたとしていると、


「みーちゃん、ご飯だよー、でておいで」


 馴染みのある声音がユアンの耳に届いた。


「メアリー、さん!」


 突然の名前を呼ばれメアリーがびっくりとその場に立ち止まる。


「あっ、こんばんは。えーと、ハーリング様ですよね」


 驚きと疑惑、色々な感情がその瞳に浮かぶ。

 夕食前の夕暮れ時、それも女子寮の裏にある人が滅多に入り込まない雑木林。


(完全に不審人物だよなぁ)


 しかし今はそんなことで落ち込んでいる場合ではない、両手に抱えた子猫をメアリーの前に突き出してみせる。


「みーちゃん!」


 手の上でぐったりとしている子猫を見てメアリーが駆け寄ってくる。


「カラスに襲われてて」


 ユアンは慌てて説明をする。 説明してる間もメアリーは動きを止めることなく肩に下げていたカバンから、バスタオルを取り出すと、そっと子猫を僕の手からバスタオルのほうに移す。

 子猫はバスタオルの上でヒクヒクと鼻を動かすと、かすかに目を開け、メアリーがわかったのかニャーと一声鳴いた。

 猫に優しく声をかけながらメアリーは両手を子猫に向ける。


 淡い白い光が子猫を包む。


「回復魔法……」


 メアリーが魔力持ちなのは知っていたが、発動することもままならない微弱な魔力しかないというので、見せてもらった事は1度もなかった。


「がんばれ!」


 少しづつではあるが、確実に子猫から流れる血の量が減り、かさぶたになっていく。その様子を横で固唾を飲んで見守る。


「とりあえず出血は止まりました。でも私ができるのはここまでです」


 もっと強い魔力を持っている魔法使いなら、かさぶたにするのではなく、傷跡も痛みも残さず完全に治してしまえるだろうが、魔力の弱いメアリーは肌の表面をギリギリ塞いだだけで、完全に傷を塞ぐ事はできない。それでも流れてる出血はすべて止めることができた。


「いや十分すごいよ!!」


 初めて回復魔法を見たユアンは、少し興奮気味に心からそう言った。

 魔力を使い切ったメアリーはその場にしゃがみこみながら、「そんな、本当の回復魔法はもっと凄いんです」とかえす。しかし否定しながらもその耳がほんのり赤く染まっているのがわかった。

 さっきまで目をつぶり、息も絶え絶えだった子猫もゴロゴロと喉を鳴らしながら顔を擦り寄せている。


「ちゃんとした治療はまた後で誰かにやってもらわないと、今のままじゃちょっとした衝撃でまた出血してしまいます」


 そう言葉を続けながら、メアリーはカバンからミルクをとりだす。

 スポイトのようなものでミルク吸い上げると、手慣れた手つきで子猫の口に流し込む。子猫はそれを飲み終えると。ニャーともう大丈夫だよと言うように小さく甘えた声で鳴いた。


「この子猫はメ……、ベーカーさんの飼い猫?」

「もうメアリーでいいです。あと、私の飼い猫ではありません」


 今までも何度か、そしてさっきは慌てて呼び捨てにしてしまったことを彼女も気づいているのだろうか、ベーカーさんと言い直したユアンにメアリーはしょうがないなと言うようにそう言った。


「僕の事はユアンと呼んで」


 嬉しさのあまり声が裏返りそうになる。今回の人生で初めて彼女とちゃんと会話ができてる気がする。


「じゃあこの子猫は?」


 メアリーの説明では、昨日寮に着いてから子猫の声が聞こえていたので気になっていたということ、今朝も鳴き声がやむ事はなく、親猫が迎えに来る様子もなかったということ、事情を話し、寮長に今朝からここで餌を与えてるということ。


「寮長が猫アレルギーだから、寮には連れて行けなくて……」


 少し元気になった子猫を撫でながら、「里親が見つかるまでここで餌をあげる分には構わないと言われたんですが、まさかカラスに襲われるなんて」


 申し訳なさそうに、子猫を見詰める。


 そういえば昔、餌をあげていた子猫がある時から姿を見せなくなってしまったと。『母猫が迎えにきたか、優しい人に拾われていたらよいのだけど』と少し悲しそうに話してくれたことがあった。

 きっとユアンがたまたま通りかかっていなければこの小さな子猫はあのカラスたちに連れ去られていたのかもしれない。


「メアリーさん、僕にも里親探すの一緒に手伝わせてくれませんか」


 若草色の瞳が、ユアンの目を覗き込む。


「里親見つかるまで男子寮においてもらえるか聞いてみます、なんなら見つかるまで僕の実家にでも」


 そこで自分の父親が動物嫌いだったことをふと思い出す。しかし僕は頭を振ると、どっか空いてる別荘にしばらく置いてもらうと言う位なら許してもらえるだろうと考え直す。


「ありがとうございます。実は私色々あってまだ学園に相談できるような友達がいなくて本当に困っていたんです」


(知っている)


「私実家では猫を飼っているので、世話は得意なんですけど」


(それも知っている)


「任せてください、またさっきみたいなカラスに襲われる危険性があるので、今日は僕が連れて帰ります」


 そう言いながら内心自分にも友達と呼べる人なんて、過去にも未来にもキールぐらいしかいないんだったと考える。


(まあ、そのキールに頼のめば、どうにかなるだろ)


 キールは友達も多いし、動物の扱いにも慣れている。

 それよりも、今回の人生で初めてメアリーから、困惑や怯えではない、キラキラした瞳を向けられ、ユアンは今までに感じたこともないような高揚感で今にも舞い上がりそうだった。


「メアリーさんも、もう安心してください」


 声がひっくり返らないように紳士的にそういったつもりだったが、自分の耳に届いた声はやはり少し裏返っていた。

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