第14話 笑ってごまかして

 夜、ベッドの上。ああ、仙台さんとのキスの感触……。久しぶりのキスがあんなに上手くて濃厚で、常田くんとのキスが上書きされてしまった。

 あんなに最低! って思ったのに。わたしを男と知っても翻弄するあの目つき。今でも忘れない。


 なんだかモゾモゾする。久しぶりに……ダメだわ、今日は早番で帰ってきて早めに寝ようとしたのになかなか寝付けなくて。

 身体が欲してる。身体が熱くなってきてる。息が荒くなる。


 プルルルルっ



 わたしが一人悶えてる時に電話の着信の音。常田くんからだわ。

 わたしが仙台さんとのことを考えてたときに限って。


 息を整えて電話に出る。

「常田くん……?」

『梛ぃっ、すまんかった……電話出来へんかった』

「慶一郎さんからは聞いた。今はどうなの?」

『大丈夫やー。兄ちゃんに面会終了ギリギリのところで来てもろてな、電話しとる』

 ……慶一郎さんがいるのね。思ったよりも声は明るいけど電話だけじゃわからない。


『車椅子不便やわ。ガタガタしとるでー。あ、も少し声小さく……すんませんー。今看護師さんに怒られてしもーた』

 無駄に明るい。絶対無理して明るくしてる。車椅子……貧血で目眩するって言ってたもんね。


『おかん、家出した……うけるやろ、こんな時にな』

 絶対に無理している。


『家出する前にな、僕んとこ来たんや……一人で。』

 お母様、常田くんにはちゃんと会ってから家出したのね。


『まだ両目の包帯取れてなくて暗闇の中。でもおかんの匂いと手の温かさ、声……なんとなくもう会わないって言う……最後のような感じはわかった』

 そこまでわかるのね。でもだいぶ前からふつふつとお母様は考えていたのよ。


『でも前からわかってた、僕だけは』

 ……!


『おかんはばあちゃんにひどいこと言われても、みんなの前では泣かなかった。僕が目が見えない時、見えないからって泣いとった。笑わせて平気なフリして誤魔化してたけど微かな鼻をすする音や声色で子供の頃からわかっとった……逃げようとしたおかんを僕はいかないでって子供ながらにしがみついてたから……おかんは逃げられなかった』

 辛い時に誤魔化す癖はお母様譲りだったのね。


『僕が5年前に大阪から出た時におかんは出ればよかったけどまだお金貯まっとらんかったんやろうな。必死に働いて、この5年で貯めてようやく一人で暮らせるようになったんやろな』

 常田くんの声が明るくなったり暗くなったり。やっぱり動揺している。


『おかんが言うてた。……梛さんの気持ちも大事にしろやって』

「……」

 隣で慶一郎さんの声がする。もう病室戻るぞ、と。でも常田くんはまだ話すと。


『梛な、僕のそばに居たいと言ってくれた気持ちもわかる。僕も一緒にいたい。でもな、やっぱり梛はそっちに残ってくれや……』

「なんで……」

『前も言うたやろ、あの図書館で梛は力を発揮せぇ』

「ううん、それよりも常田くんと!」

『ええから、そうしろや……僕も……しばらく数値良くならんと退院できへん。ついてきてくれって言うたのに。それについてきてくれるって決めてくれたのにすまんな』


 ……少し口調が荒くなってるよ、常田くん。わたしはあなたについていくって決めたのに……でもお母様のことと重ねたの?


『我が儘やな、ごめん……』

「……」

『それに面会も厳しくなるでなー、こっち来ても会えん』

「……」

『泣くな、梛ぃ。兄ちゃんがこの時間になるけど毎日きてくれる言うてるから電話はするで』

 慶一郎さんはびっくりしてたけど常田くんは笑った。


『夏姐さんにも言っておくわ。あ。館長にか? 梛をそっちでお願いしますって』

「もう無理よ、そんな我がままなこと。引継ぎはじめてるし、仙台さんにも今日話したし」


 するとしばらく常田くんは黙った。

「常田くん?」

『あー、忘れとったわ……梛、ちゃんと指輪はつけとるか?』

 ギクッ、実は前に付けていた指輪を落としたことがあったからつけるのをやめてたんだけど……。

『付けとらんやろ! 梛、仕事の時には絶対つけるんやぞ。左手薬指』

「わ、わかってるわよ……て、左手薬指……」

 クリスマスの夜は指輪を右手薬指にはめたけど。


『結婚指輪にしては安いけど、左手薬指にちゃんとはめといてや』

「う、うん……あのっ」

『なんや?』

「……ううん……なんでもない」

『なんでもないやろ、なんかあるやろ』

 結婚指輪……うん……。


『あと、夏に結婚式……写真だけでも撮るのも忘れてないからな』

「わかってる……」

『もう病室戻るで』

「うん……」

『梛の声聞いたら楽になったわ』

「……わたしも」


 常田くんの声を聞いてわたしは仙台さんに浮かれていたのはバカだったと思った。


 こんなに愛おしい存在があるのに浮つくわたし、いい加減に学べ、自分。


 わたしは右手薬指につけていた指輪を左手薬指に付け直した。



 数日後、館長に相談したのだがそう現実は甘くなくてやっぱりわたしは大阪の図書館に転職する方向に進むのであった。

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