第9話 泣かないで

 次郎さんとは駅前で別れて駅前駐車場から車を走らせて病院まで行く。

 常田くん……どうしたのよ。あんなに怒って拗ねて一人で病院に行くとか言ったくせに帰りは迎えに来い? だけど泣いてるような感じだったし。

 せっかく次郎さんと楽しくデートしてたのに、ってデートというのか?


 なんだかんだ言いつつも迎えにいくわたしもわたしなんだけどね!


 そして目の前にある喫茶店に行くと窓際の席に座っている常田くんがいた。

 慌てて入るとドアのベルがかなり大きく鳴り、中にいたお客さんがわたしを見るという……焦りすぎだったわ。


 常田くんもわたしを見てる。

「ちょっと、どうしたの」

「……来てくれた」

 少し元気がなさそうだ。病院で何かあったのかしら。わたしは席に来た店員さんにお冷をもらった。さっきまでご飯食べてたし。常田くんはサンドイッチ。


「……梛、ごめんなさい。やっぱりお前がそばにおらんとダメや」

「……」

 勝手すぎるわ。ほんと。

「手術な、早まった。年明け早々に」

「……」

 鼻水をすする音。それで泣いてたの?


「明々後日、手術の同意書とか書いたり転院の説明でおとんと兄ちゃん来るって」

 ちょっとそれは早いよ……心の準備がっ! それに、今の状態……わたしは納得いかないからあと4日もしないうちに仲直りの気持ちに戻れるのかな。


「やっぱりこないだの転んだ時の……」

 なぜ手術が早まったのかは気になる。


「そのことをな、笑いながら話してたんよ。急に真っ暗になってなーそれでベッドから落ちてしもうたって。そしたら先生がな電話かけよって、誰かに。……昔大阪に通院してた時の先生やったわ。んでな険しい顔して、大阪に転院して手術やって……言わんきゃよかったわ」

 大阪……?! そんなに深刻な……。

「大阪の時の先生は眼科の中でも日本でトップの人やったんやけど僕が引っ越す言うたらあんましええ顔してくれんかったんや。でもなんとか先生の信頼のおける先生がたまたまこっちにおって通院してたんやけどやっぱり大阪に戻りなさいって」

 いつもなら辛い治療もヘラヘラ笑いながら笑いに持ってって話してくれてるのに、今日は全く笑わない彼。


 するとわたしの左手を握ってきた。冷たく、震えてる。

「梛ぃっ……怖い、怖い」

 こんな弱音なんて吐かなかったのに。ねぇ、常田くん。涙も溢れてる。両目から……。

 わたしは彼の手をがっしりと掴んだ。

「大丈夫よ、常田くん。いつものあなたらしくない。大阪に行けばあなたの家族もいるし、なんならわたしもついていく」

 常田くんは首を振る。


「おとん呼んで説明なんて……相当なことや」

 人目を憚らず泣き続ける常田くん。わたしは背中をさすってあげる。それしかできない。


「梛には心配かけんようにって黙っとったけども、今回の手術も完全にようなるわけとはちゃうんや。せっかく、梛と付き合ったばかりなのに……」

「常田くん……!」

 わたしは強く握った、彼の手を。わたしはどうすればいいの?


「お客様、よかったらこちらをお使いください」

 店員さんがティッシュを持ってきてくれた。わたしは彼の涙を拭ってやった。また背中をさすると少しずつ落ち着いてきた。


 サンドイッチは途中だけど、包んでもらって帰ることにした。店員さんの心遣いも良かった。きっとこのお店、病院の前にあるし、きっとこんな場面たくさん見ていたのだろう。いろんな場面の患者さん、その家族を。


 車の中。

「梛。ごめんな」

 何度も謝らなくてもいいのよ。わたしは頭を撫でてあげた。よかった、少しは落ち着いたかな。


「いいのよ、常田くん……」


 すると彼がニカーッといつもの笑い方をした。

「ようやく許してくれたぁ」

 は? どういうこと?


「梛がずっと怒ってるかなって。謝って、ええよーっていうまでさ待っとったん。よかったわー」

 なによっ、こっちは心配して!


「ほんま嫉妬はあかんよな、梛が可愛いのは間違いないし。そんなにしとったら疲れるだけや……梛は他の男に言い寄られても僕しか見てない、そやろ?」

 そやろ? って言われても……そ、そんな顔で言われても。いつもの笑顔の常田くん。さっきまで泣いてたくせに。でも無理してる感じもする。

 もしかしていつも笑ってたりする裏にはネガティブな感情を押し殺してたりしてないよね?


「もちろん、常田くんしか見てないよ」

 なんてベタな返し。あなたが笑ってくれればそれでいいのだ。

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