第5話 次郎の恋

 いつもどおり受付業務をこなす。

「お願いします。返却を」

 この声は……。


 次郎さんだった。わたしをじっと見てる。目を合わすとそらされた。男になったわたしを見て以来よね。あれからわたしはボブのウイッグを付けてたけど。


 わたしは彼が出した本を受け取る。返却作業に何食わぬ顔で始める。平常心、平常心……。

 彼の借りている本は恋愛系の本ばかりじゃない。人に気持ちを伝える方法とか、恋をしたときに読む本とか……借りる本は本人の関心を投影する、本当にわかりやすい。あら、一冊まだうちにあるようね……。

 確認すると返却されていない本は、恋愛指南の本。


「……一冊、お家にありますか?」

「は、は、はいっ。あの、なくても延長できますか」

「他の方からの予約がないので延長可能ですよ。プラス二週間」

「じゃ、じゃあ……」

 次郎さんのあたふたしてる感じがもう……。彼はわたしの正体と、今のわたしを同一人物と気付いていないのか?


「あ、あ、あ、の」

「はい」

「東雲さんにご兄弟はいらっしゃるのですか」

「え?」

「その、こないだここに東雲というあなたに似た男の方がいまして」

 ……兄弟だと思ってる! どうしよ、ここであれはわたしでしたと言うか、それともあれはわたしです、と言うのか。


 次郎さんはソワソワしてる。

「すいません。変なこと聞きましたか? その、この間の返事は」

「……お気持ちは嬉しかったのですが」

「ですよね、忘れてください」

 と、彼はとぼとぼと図書館を後にした。なんか悪いことしちゃったかな。ちゃんと返事もできなかったし。


 わたしが男ということも、彼氏がいるってことも。

 ん?

 彼が借りていた本に何か挟まってる。いつもは返却作業の時に気づくのに。ダメね、よそ事をしていると。


 何が挟まっているんだろう。……名刺?

「すいません、借りたいんですけど」

「あっ、はい」

 わたしはその名刺をズボンの中に仕舞い込んで受付作業に取り掛かった。

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