第32話 再会
仕事終わってから駆け込みで駅前のモールにある雑貨屋に行き、ボブのウイッグを買った。あまりこの店には行くことはなかったけど、昔ここで何点かロングやパーマのやつ買ったことがあったのを覚えていて、まだ扱ってたのか、というか種類も増えて質も向上している。
いろいろ試して被ったがどれも良い。
店員さんもあれもこれも進めてきて、でもすっごい顔見られて……化粧はしたけど髪型と服は男だし。女装家と思われたかしら。
ベリーショートだからどの髪型でもいいじゃん、また買いに行こう。
家に帰ると常田くんが台所で料理していた。一応帰る前には電話している。
「ただいま」
図書館ではあのあとはあまり話せなかったけど……。
「おかえり、梛」
いつもの犬歯剥き出しの可愛い笑顔で待っててくれた。匂いからしてすき焼きかな。
ルームウェアに着替えてわたしは早速買ったボブのウイッグを被って台所に向かう。
「お、梛。もう髪の毛生えたんか」
んなわけないでしょ。それぐらいナチュラルなウイッグかしら。
「もうすぐできるから卵とか用意してや」
「うん」
ぐつぐついうすき焼き鍋。と言ってもそんな高級な肉じゃないけどね。
「梛がコロボックル?」
「そうなの、コロボックルみたいな女の子って言われて……」
「確かに小さくてぴょこぴょこしとるもんなぁー梛。可愛ええもん」
と、本題を逸らした話をする。常田くんもその話に乗ってくれる。わたしになにも言ってこない。なんだろ、この余裕感、それも反対に怖い気もする。
食後はわたしが食器を洗う。常田くんは食洗機買ってあげるよと言うけど……その理由はわたしの手が荒れるとかわいそうだからだって。もぉっ、なんなの。新婚の夫かいっ。
でもお互い忙しいからあってもいいけど……2人一緒に暮らしたらなんだかんだ物が増えた気もするけどごちゃごちゃしちゃダメよね。悩む。
落語のCDを聴いて笑ってる常田くんを横目に先にお風呂に入る。ウイッグを脱ぎ洗面台でメイクを落とすとあっという間に男の東雲梛。今日はキャミワンピを着てないから尚更。
「梛、風呂入るなら僕もはい……」
「きゃっ」
「すまん、って普通に梛やん」
恥ずかしい、体隠してる自分。でも仕草と声はやっぱり女のままだ。
常田くんと湯船に浸かる。ノーメイクだから完全に男だよ。男と2人お風呂だよ。普段はタオルを巻いてたまに2人で入るけど思いっきり1人で入ろうとしてたからスッポンポン。
常田くんはそれを気にせず入ってくる。いいの?
そう広いお風呂じゃないから常田くんと寄り添って入るけどやっぱり恥ずかしいよ。
ほら、抱きついてきた。こんなわたしでも抱きつけるの?
「うなじもこんなに刈って。でもええで、これも。梛の感じやすい耳も出ててすぐ舐めることができる」
ああっ、舐めないで……。
「髪の毛をかきあげなくてもうなじにキスをできる」
もぉおおお、またキスマークつけないでっ。昨日の分も残ってるのに。
って、本当に常田くんは30年も彼女いなくて童貞だったのかってくらい日に日に変態になってるんだけどおおおお。
「ほんま梛は可愛い。しかももともと美形やから男になってもカッコええし、反対に今度は他所の女に惚れられてしもたらどうしようか心配になる……現にパートさんたちの間でも評判になっとるでぇ」
今度はそっちか! って、常田くんが変態過ぎてかっこよすぎて、恥ずかしいのも相まってのぼせそう……。
ベッドの上でも常田くんはまたしつこかった。ウイッグしたほうがいい? て聞いてもそれ無視して突っ走る。まぁ確かに付き合うまではチャラいとか思ってたけど実際はチャラいを装ってたのにここ最近はそのチャラさを上回って……。
「なぁ、梛なに考えとんのや。僕のことだけ考えろや」
ああああああっ、どうなってんの常田くんっ!
次の日は休みだったから2人でドライブ。わたしはウイッグつけて帽子かぶってチェックワンピースとコートをを着た。
そろそろ本格的な冬服を買いたい……ネネのお店で買ったのもあるけど常田くんにも買ってあげたいなと思って。久しぶりにお店に行く。ネネはもういないけどさ。
一応メンズもあるブランドで、小柄だけど首太くて胸板厚い常田くんに合うサイズあるかなぁ。レディースメインのところで少し戸惑う常田くん。こういうブランドのお店はあまり行かなくて、ファストファッションばかり。意外。でも着こなしてるからすごい。
「ええよ、普通で。でも梛の好む僕にしてもええで」
そう言われると迷っちゃう。こういう時にネネだったらすぐ決めてくれるんだけどなぁ。
「いらっしゃいませ」
あ、よかった……ネネいるじゃない……ってなんでネネがいるの!
「久しぶり、梛」
目の前には同居人だったネネが店員としていたのだ。やめたはずだったのに。
「あれから店長に説得されてもどったのよ。あ、彼氏さんだよね? はじめまして、ネネです」
「はじめまして、常田です」
なんか複雑。同居人だったと言っても女の子だし……。でもなんだかネネが前よりも穏やかになっている気もする。ふと彼女の左手を見ると薬指に指輪があった。……前の彼氏とよりを戻したのかしら。
「あ、わたし今度結婚するの。前の彼氏じゃないよ、店長……」
と彼女が指を指したほうにすらっと塔のように高いこじゃれた店長がたってた。私とタイプ全然違うんですけどぉ。元彼とも。誰とでもよかったのかしら……。
「あ、梛。彼氏さんにはそっちの方が似合うと思うから」
となんだかんだしてるうちにゆるめのトップスとボトムを選んでくれてついでにわたし好みの新作ワンピースを選んでくれて……あいもかわらずわたしはネネに買わされるのであった。
「ありがとう、また来てね」
とニッコニコ。……結婚が決まると気持ちにも余裕ができて安定するのね。
わたしはふと常田くんを見た。
「なぁ、梛。あの高台行かへん?」
「うん」
天気もいいしね。荷物は常田くん、わたしは彼の左手を握った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます