第22話 オスであるわたし

 数日経ち、わたしと常田くんとの間になにか溝みたいなのができた気がする。行きも帰りも一緒だけど……あまり会話がない。

 いつもこういう空気になっても盛り上げてくれる彼も黙ってる。

 わたしからも話せない。


 彼は後先を考えないのよ。大丈夫なんていうから、簡単に。……でもわたしは言いすぎた。だからそのせいかギクシャクしている。


 今日も常田くんを駅まで送って行き、少しキスして彼を見送った後に家に帰る。


 ネネが居間に居た。各自の部屋以外は共同スペース。互いに仕事が忙しいし休みもほとんど合わないし家事も掃除も分担している。

 わたしが常田くんと付き合ってからさらにただのルームシェアになった。


 会った頃は友達のように楽しくキャッキャしてたのにあっちが彼氏できたとか言い出してから尚更。


 周りからしたら女の子と中身は男の女の子との同棲なんていい印象なんてない。でも全くやましい関係はないから成り立つ訳であって。


「ただいま」

「おかえり……」

 元気がない。ここにいるネネは久しぶりだ。それに今日休みだった気がする。壁掛けカレンダーを見る。見事に私たちの休みが被ってない。


 !!!

 後ろからネネが抱きついてきた。


「ね、ネネ? どうしたの? 仕事は……」

「休んだ。仕事してられないし、こんな調子だから帰れって店長に言われてさ」

「体調悪いの?」

 何も返さずにネネはぎゅーっと抱きついてくる。しかも胸を押し付けてくる。わたしにはない、この胸。


「……彼氏にふられた」

「えっ、それで休んだの? まさか」

「バカでしょ。いい年してさ、フラれたから休むって」

「年とか関係ないけど、どうしたのよ。何かあったの?」

 さらにぎゅーっとしてきた。ダメだ、私の中のオスという機能がこんなときに働くなんてっ。しかもネネのわたしにしがみつく腕が下におりてきた。わたしは反射的にその手を掴んで彼女と向かい合った。


「ちょ、ネネ。冷静になって。まずお話聞かせて。愚痴だったら聞くって」

 ネネは首を横に振る。泣きじゃくってる。相当ショックだったのかな。ひどい男もいるものね。


「梛、あんた馬鹿?」

「……えっ」

 ドン!


 壁ドン? ネネはすごく至近距離でわたしを見つめる。かと思ったらキス!


「私、下心無しであなたと暮らしてるって思ってた?」

 ……それは服の売り上げとか家賃の折半とか。私も服安く買えたし、家賃も安く済んだし。


「オスとメスだよ。私たちは! そりゃ私には彼氏いたけど……最後の恋だと思ってたのに若い子と浮気されて捨てられた。もうこれから恋をするのは無理……」

「そ、そんなことはないよ。わたしだって35で彼氏出来たし……ネネ可愛いじゃん」

 ……ネネ……正気を戻して。


「可愛いって思ってくれてるの?」 

 わっ、やばっ……。

「もう他にはいない。ずっとそばにいてくれた梛なら私と幸せになれる!」

 ネネがマジな顔してる。そんなつもりで言った訳じゃないの。

「だってあなたの恋人、男でしょ? 幸せそうだから言わなかったけど。男同士じゃ結婚できない、セックスもできない、子供もできない、幸せになれ……」


 パシッ


「痛い……」

「ごめん、ネネ」

 しまった、つい手が出てしまった。


「多分ネネとわたし結婚しても幸せになれない」

「……」

 ネネは俯いている。わたしをオスとして見てたのか。そのままオスとメスとして結婚してセックスして子供を産んだら幸せ人生、そんなテンプレな人生……ネネはそれでいいのだろうか。


 わたしは幸せに感じない。うちの親もデキ婚で。わたしが生まれてからすぐ離婚。お母さんはまた別の男見つけて。お父さんは蒸発。長い間今は亡きおじいちゃんおばあちゃんに育てられた。

 たまにお母さんはわたしに会いにきてはお父さんと会う前はいろんな人に言い寄られてた、他に好きな人いたけどたまたま恋に落ちたお父さんとの間にわたしが出来てしょうがなく結婚して産んだって。

 来るたび来るたび違う男の車でわたしに会いに来てたの知ってる。おばぁちゃんはわたしのお母さんに向かって帰ったら塩撒いていたけど、おばあちゃんも二度離婚をしていた。色恋沙汰による理由で。


 あー、わたしの惚れやすい性格ってお母さんとおばあちゃんから来てたのっ? あああ。


 って、その話を話したことあったけどネネには響かなかったようね。


「ネネ、ごめん。無理。でもね、恋は年齢も性別も関係ない。諦めないで。たしかにこの先全く見えない。でもわたしは少しずつでも解決していこうともがきながらも進んでいるわ」

 ……そのおかげで常田くんとはギクシャクしてるけど。


「遥か先、未来、どうなってるかわからないけどわたしはあなたとは一緒にいる未来は見えない……」

「梛……」

 ……。もう部屋に戻ろう。でもこれだけは伝えよう。


「……男同士でもセックスできるんだから」

 ネネはエッで顔をした。……実際はまだしてませんけどね。


 数日後、仕事から帰ってきたらネネの荷物ごとごっそりなくなっていた。お店もやめていた。連絡もつかない。


 それまた後日、浮気された彼氏の家に押し掛けたというのは聞いたけどどうかあなたなりの幸せを見つけて、それしか言えない。

 数年仲良くしてたのにこんなふうに友情も崩れる、残酷なものね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る